秘密

阿波野治

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 そんなやりとりがあった二・三日前から、由佳の態度に変化が現れはじめていた。
 正確にはもっと前、おそらくは図書館での一件を報告した夜から、変わりはじめていたのだと思う。変化の度合いが小さすぎて、僕が気づかなかっただけで。

 まず、住友さんの人格を攻撃するようになった。
 そして、僕が由佳と会話する時間を充分にとらないことを非難するようになった。

 前者に関していえば、住友さんの容姿は自分のそれよりも劣っている、という発言は今までもたびたびしていた。だけど、あくまでも冗談めかした口調で、過剰なまでに自分を持ち上げることで相対的に相手を低く評価する、という形だった。しかし最近では、声に黒い感情がこもっているし、相手をストレートに罵倒する。笑えなくて、ただただ不愉快で、あらゆる意味で由佳らしくない。

 後者に関していえば、ゲームやマンガに費やしていた時間の一部を、住友さんと交流する時間に差し替える、という対応を僕はとっている。だから、由佳と過ごす時間は現状維持。会話時間が減ったという指摘は間違っている。

 そのことを説明して、由佳をないがしろにしているわけではないと強く主張すると、その場では納得してくれた。機嫌も直ったみたいだった。
 だけど日付が変わると、昨日も聞いたような汚い言葉の数々を、いら立ちを隠さない声で吐き捨てた。
 説明責任を果たしたのに執拗に責められるから、僕としてもいらいらしてしまう。

 このままではよくない。

 危機感を覚えはじめて間もなく、量が減ったのではなくて質が低下したのかもしれない、という疑いを僕は抱いた。自分ではそのつもりはなくても、実際には由佳との会話がなおざりになっているのではないか、と。
 僕は住友さんの悩みを解決するという任務を請け負っている。難問であるがゆえに、住友さんにとって重要な課題であるがゆえに、僕がその問題について考えている時間はとても長い。常に頭のどこかにその問題のことがある、といっても過言ではない。

 だからといって、そのことにばかり思い悩んでいたくはない。
 だから、授業中なら授業に、ゲームで遊んでいるのならゲームに、誰かと話しているときには会話に、それぞれ集中するように心がけている。

 ただ、試みを完璧には成功させられていない。これまでに少なくとも二回、失敗している。授業中に、先生から。夕食のさいに、母親から。どちらも相手が話をしているときで、「ぼーっとしていないで、ちゃんと話を聞け」という意味の注意をされた。きつい口調だった。

 そう、きつい口調。自分がしている話をうわの空で聞かれると、癪に障るから。
 それはもちろん、由佳も例外ではないはずだ。
 僕と由佳の相性は怖いくらいにいい。口論じみた言葉の応酬を冗談半分にくり広げることはあっても、本気で喧嘩をしたことは一度もない。だからこそ、今の状態は居心地が悪い。これがいつまで続くのだろうと考えると、怖くなってくる。
 
 情状酌量の余地があるとはいえ、非は僕にあるのだから、僕のほうから行動を起こすべきだ。
 由佳の怒りと不満を根っこから解消するためには、事情を包み隠さずに打ち明けるしかないように思う。
 事情さえわかってもらえれば、由佳の性格だから、今までの振る舞いも理解してくれて、怒りを鞘に納めてくれるはずだ。のみならず、僕が頼みさえすれば、住友さんの悩みを解決する手助けをしてくれる可能性が高い。そうなった場合、解決にぐっと近づくのでは、という期待感がある。知恵を絞る人間が一人よりも二人のほうが効率がいい、という意味でも。由佳は問題解決能力が高い人だ、という意味でも。

 ただ、「悩みを抱えていることは秘密にしてほしい」と住友さんから頼まれている。

 住友さんとの約束を破って、由佳に真実を打ち明けるか。
 由佳には我慢してもらって、住友さんとの約束を守り抜くか。
 その葛藤に決着をつけるだけではなくて、住友さんが抱える悩みを解決に導かなければならない。
 つらくて、しんどい日々が続きそうな予感がした。
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