塵埃抄

阿波野治

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落とし物

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 ある晴れた昼下がりのことです。母親と一緒に往来を歩いていた房子は、街路樹の根本に何かが落ちているのを発見しました。走り寄り、しゃがみ込んで顔を近づけてみて、何かの正体が明らかになりました。
「お母さん! ――おちんちん! こんなところに、おちんちんが落ちてる!」
 房子は町中に響き渡る大声で母親に報告しました。冗談で言ったのではありません。信じがたいことですが、おちんちん、つまり男性器が、本当に落ちていたのです。
「あら、おちんちんが落ちているわ。きっと阿部定の落とし物ね」
 房子のもとに歩み寄った母親は、落ちている物を見て、ゆったりと微笑みました。
「このおちんちん、阿部定が落としたものなの?」
「ええ、そうよ。なくしてしまって困っているかもしれないから、交番に届けましょう」
 母親は男性器を拾い上げ、畳紙に丁寧に包んで懐に忍ばせ、房子の手を引いて最寄りの交番へ向かいました。
 交番には若い男性の警官がいました。房子が落とし物を渡すと、警官は満面の笑みを浮かべました。
「落とし物をちゃんと交番まで届けるなんて、偉いねぇ、賢いねぇ。そんな偉くて賢いお嬢ちゃんには、お兄さんがご褒美をあげよう」
 警官はいきなり、自らのずぼんのふぁすなーを下ろしました。ですが、開かれた隙間から「ご褒美」が飛び出してくる気配は一向にありません。
 怪訝に思ったのでしょう、警官は自らの股間に目を落としました。その瞬間、彼は何かを思い出したような顔になり、裏返った声で叫びました。
「あっ、いっけねぇ! 俺のちんちんは阿部定に切り落とされて、もうなかったんだった!」
 狼狽する男性警官。事態が呑み込めずに困惑している房子。二人の顔を見比べながら、母親はにやにやしています。
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