鏖の季節

阿波野治

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 十四年と少しの人生を隅々まで振り返っても、今ほど惨めな帰り道は記憶にない。
 夕方に大雨が降る予報だったにもかかわらず傘を持参せず、雨具を貸してくれる友人、貸してと頼む勇気、どちらもなく、ずぶ濡れになって帰宅したいつかの夕方も、今日ほどの惨めさには襲われなかった。シャワーを浴びて新しい服に着替え、ホットミルクを飲みながら大好きな音楽を聴いているうちに、過去最低と評価を下した惨事のことなどすっかり忘れていた。
 しかし今回の悲劇は、どう足掻いても記憶から消し去れそうにない。シャワーでも、ホットミルクでも、お気に入りの楽曲でも。

 通学に使っている自転車の前輪のタイヤがパンクしていたのだ。

 登校するさいには異常はなかった。家を出るのが少し遅れたので飛ばしたが、不具合が発生するどころか違和感すら覚えなかった。
 それが放課後、さあ帰ろうと愛車を漕ぎ出したところ、車輪が上手く回らずに片足をついた。五メートルも進まなかった。ただちに降りて原因を探した。そして、前輪のタイヤから空気が抜けているのを発見した。
 原因に心当たりはなく、首を傾げた。しかし、とにもかくにも教師に事情を説明して空気入れを借り、タイヤに空気を注入した。膨らまなかった。タイヤがパンクしているのだ、と遅まきながら気がついた。

「川真田さんたちの仕業、かな」
 駐輪場に停めてあるあいだに、誰かからなにかをされたのは間違いない。被害者が湯田真理愛である以上、犯人はまず間違いなく川真田樹音とその取り巻きたちだ。

 惨めさを噛みしめながらの帰り道となった。自転車を押しているという状況、それ自体が耐えがたい。植樹帯に植わったサツキツツジの優しくも鮮やかな赤色が、心境にそぐわなくて気持ち悪かった。今が花盛りのはずだが、縁をきつね色に枯らした花もちらほら見受けられ、汚らしいと感じた。
 帰ったとしても、心躍るイベントが待ち受けているわけではない。だとしても、早く帰りたい。

 そこで、近道を使うことにした。
 短縮できる時間は約二分。急いでいないときはたかが二分だが、急いでいるときは砂漠の水にも等しい二分になる。今朝の真理愛は後者で、ためらいなくその道を利用した。
 逆にいえば、前者の場合は利用を避ける。道の両脇には人家が全くなく、広がっているのは雑草もまばらな空き地ばかり。昼間でも不安感を催すような、寂しげで薄気味悪い雰囲気が漂っているのだ。

 それだけではない。
 その道の中程の西側に、その道に建っている唯一の人家がある。といっても、人が住むには小さすぎる木製の小屋が。
 噂によると、その小屋の住人は年齢不詳の男で、一人暮らし。風変わり、怪しげ、危険そう、などと評されることが多い。
 その男にみだりに接近したら、なにか危害を加えられるのではないか――それが第二の敬遠する理由だった。
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