鏖の季節

阿波野治

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 真理愛のローファーが小石を蹴飛ばした。
 指頭大のそれは坂道を下へ、下へと転がっていく。
 小石は最初、追いつけそうな速度で遠ざかっていたが、次第に加速する。終点が間近に迫ったころには狂気じみた速度に達し、電信柱に衝突して止まった。

 石ころから視線を切り、歩みを再開する。頭の中で、今日自分に加えられた被害を反芻しながら。

 今日の樹音たちの行為は酷かった。頻度、量、質、どれをとっても、昨日までとは少し様子が違った。あくまでも主観的な評価ではあるが、一線を越えた感があった。
 たとえるならば坂道を転がる小石のようなもの。一度加速したらもう止められない。このあたりでなにか行動を起こさないと、本当にまずいことになる。
 なにより、私物を壊したのが許せない。癪に障る、憎らしい、恨めしい。

 なぜこうも腹立たしいのか、真理愛は自分でもわからなかった。クマのぬいぐるみは、亡くなった家族の形見の品でも、恋人から贈られた思い出の品でもない。子ども時代に買ってもらって惰性で鞄につけつづけていただけの、取るに足らない土産物でしかないのに。

 もしもリスクなしで達成可能な妙案があるなら、川真田樹音たちの存在を抹消することで復讐を遂げたい――。
 そんな荒々しい欲求さえ胸の内側で渦巻いている。

 これ以上加害行為がエスカレートすれば、取り返しがつかなくなるから、早めに対処しておきたい。
 そんな悲痛な願いが作用した結果の憎悪、その究極系としての殺意、というのは理解できる。しかし、それを差し引いても、殺したいと思うくらいに膨らんだというのはなにか不自然だ。
 違和感を抱きながらも黒い感情に向き合っているうちに、真理愛は次第にそれに絡めとられていった。理性が徐々に磨滅していき、いつしか憎しみと復讐の問題しか考えられなくなっていた。

 復讐。
 どうせなら過激にやりたい。こちらに手を出す意欲を永遠に奪うような、とびきり暴力的な復讐がいい。

 真理愛はこれまで、獣じみた行為とは無縁に生きてきた。荒々しい衝動が湧き起こることもたまにあったが、そのたびに理性を動員して自制し、暴力を振るうなんて野蛮で浅ましいことだと自戒してきた。
 それなのに、今日はなぜか歯止めがきかない。暴力的な手段で川真田樹音に復讐するという考えから逃れられない。クマのぬいぐるみのことなんて、いつの間にかすっかりどうでもよくなっている。

 パンクはしていないにもかかわらず、真理愛は自転車を押しながら帰宅している。昨日は印象的だった赤色のサツキツツジの花は、今は単なる風景の一部に成り下がっている。歩みは下手な芝居でもしているかのように遅い。暴力的な思考を弄びつづけたい。日常に復帰したくない。そんな欲求の表れらしい。
 ごっこ遊びでも構わない。
 復讐心を満足させたい。

「……さて」
 どうやって川真田たちを料理しよう?
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