鏖の季節

阿波野治

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「……やれやれ」
 ため息をつき、机の上を片づけはじめる。
 手持無沙汰なとき、作業に取り組む集中力を取り戻したいとき、まとまらない考えを少しでも整理したいとき。あらゆる場面で己を救済するために、隼人は机上の混沌に手をつける。そのためだけに、わざと散らかしっぱなしにしているといっても過言ではない。

 転校生は女子と聞いて、美貌の少女を前のめりに期待したが、裏切られて落胆した。それは今でも覚えている。
 真理愛という名前は、外国人っぽくてきれいだなと思った。ただ、美人ではないので、名前負けしているなという感想も持った。
 美人ではないが好みの顔、というわけではない。器量がよくないからこそ惹かれたわけでもない。思春期の男子なら、誰だって美人の女子のほうがいいに決まっている。

 考えれば考えるほど、なぜ魅了されたのか、首が傾く角度は大きくなる。

 森嶋隼人は無自覚なサディストで、だからこそ樹音たちからいじめられる姿に興奮し、真理愛に惹かれた?
 我ながら興味深い説ではあったが、すぐさま頭を振る。その説が正しいならば、昨日真理愛がプリントを撒き散らしてしまったとき、拾うのを手伝うのではなく、踏みにじり、蹴飛ばしていたはずだ。

 プリントを拾うなどというちっぽけな善行ではなくて、樹音たちの加害行為にストップをかけたい。湯田真理愛を救済したい。

 ただ、川真田樹音が立ちはだかる。実践してみる前から、要請は聞き入れられないだろうと想像がつく。実際に要請したとすれば、素直にやめるどころか、隼人を新たなるいじめの対象に加えるのは目に見えている。
 あの精根が捻じ曲がった獰悪な少女は、「敵の味方は敵」方式で、攻撃と排斥の対象を際限なく拡大していく傾向にある。小学六年生の一年間、クラスをともにした限りではそうだったし、それは今も不変だろう。今年度いっぱい樹音たちから虐待される覚悟を背負ってまで真理愛に接近する勇気は、残念ながら彼にはない。

 川真田樹音グループの一員である神宮寺玲奈は、隼人の幼馴染だ。玲奈に要請し、樹音に働きかけてもらうという手がないでもないが、彼と玲奈の仲は以前のように親密ではない。

 手詰まりだった。
 物理的に圧迫してくるような閉塞感に、片づけに励む手が止まる。自然とため息がこぼれる。
「まったく……」
 俺はどうして、湯田さんを好きになったんだ? よりによって、クラス一の権力者からいじめの対象にされている女の子なんかを。好きになったのが湯田さん以外の女子だったら、毎日こんなにも苦しくてもどかしい思いはしなくても済んだのに。
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