94 / 107
94
しおりを挟む
ゆうに半時間は待ったかというころ、足音が聞こえてきた。
全身に緊張を漲らせ、耳を澄ませる。
近づいてくる。玄関と階段は廊下を反対方向に進まなければならないから、目的地は間違いなくトイレだろう。気だるそうな足音。無警戒で、緩みきっている。己の目的地に曲者が身を潜めているなどとは夢にも思っていないようだ。
勇気が漲った。潰れんばかりに柄を握りしめる。掌に伝わった木の硬さに、いい意味で心のこわばりが緩んだ。
足音が止まり、ドアノブが掴まれた。真理愛は狂気を全身に行き渡らせ、凶器を高々と振りかざす。ドアがゆっくりと開かれる。
現れたのは、頭部。
誰の顔かを識別するよりも早く、ハンマーを頭頂部に振り下ろす。ある程度の硬度を有する、ある程度の大きさの物体の一部分が、力任せに押しつぶされた音。手応えがあった。電流のような衝撃が右腕を駆け上がる。肩が波打った。攻撃を受けた少女は、バンザイをする姿勢で俯せに床に倒れた。全身が小刻みに痙攣していて、首から上がもっとも激しい。
真理愛は肩で息をする。全身が熱いが、体の芯はむしろ冷ややかに安定している。握りしめる右手の力はそのままに、相手の出方をうかがう。
痙攣は全体的に収束していく。震えているのが首から上だけになったのを境に、被害者が顔を持ち上げはじめた。じれったいほど遅いが、真理愛の視界に入る顔の面積は着実に広がっていく。正体が明らかになる。
神宮寺玲奈だ。その顔は濃密な恐怖一色に染まっている。
記憶が逆流する。
さんざん悪口を言われたこと。休み時間に脚を引っかけられて転ばされたこと。玲奈は「偽りのトモダチ作戦」などというふざけた策を講じて真理愛を欺き、裏切った。朗らかな笑顔も、軽やかな饒舌も、ことごとく偽物だった。そして、偽りのトモダチでいた期間に得た材料を活用しての、苛烈さを増したいじめ。
それらすべてを一撃のもとに破壊せんとばかりに、二撃目を後頭部に炸裂させる。嘔吐する瞬間のような声が玲奈の喉から押し出された。さらに一撃、もう一撃と、同じ一点を狙って機械的に攻撃を反復する。腕が痛み出した。玲奈はいっさいの抵抗なく打撃を食らいつづけている。
真理愛は攻撃をやめる。
右手を下ろし、荒い呼吸をくり返す。視界の端に映る便器には広範囲に血が飛び散り、元の白さは見る影もない。
玲奈に視線を戻す。頭部の痙攣は完全に収まっている。身じろぎ一つしない。シルエットは凹んでいる。わざわざ左胸に掌を宛がってみるまでもない。脳みそをハンバーグの生地のようにこね回したいという欲望が胸に滲んだが、静かに頭を振って邪念を消し去る。
愚行を思い留まれたのは冷静さが戻ってきた証拠だ。視界に捉えているのは玲奈の死体だが、意識は未来に向いている。
――あと五人。
全身に緊張を漲らせ、耳を澄ませる。
近づいてくる。玄関と階段は廊下を反対方向に進まなければならないから、目的地は間違いなくトイレだろう。気だるそうな足音。無警戒で、緩みきっている。己の目的地に曲者が身を潜めているなどとは夢にも思っていないようだ。
勇気が漲った。潰れんばかりに柄を握りしめる。掌に伝わった木の硬さに、いい意味で心のこわばりが緩んだ。
足音が止まり、ドアノブが掴まれた。真理愛は狂気を全身に行き渡らせ、凶器を高々と振りかざす。ドアがゆっくりと開かれる。
現れたのは、頭部。
誰の顔かを識別するよりも早く、ハンマーを頭頂部に振り下ろす。ある程度の硬度を有する、ある程度の大きさの物体の一部分が、力任せに押しつぶされた音。手応えがあった。電流のような衝撃が右腕を駆け上がる。肩が波打った。攻撃を受けた少女は、バンザイをする姿勢で俯せに床に倒れた。全身が小刻みに痙攣していて、首から上がもっとも激しい。
真理愛は肩で息をする。全身が熱いが、体の芯はむしろ冷ややかに安定している。握りしめる右手の力はそのままに、相手の出方をうかがう。
痙攣は全体的に収束していく。震えているのが首から上だけになったのを境に、被害者が顔を持ち上げはじめた。じれったいほど遅いが、真理愛の視界に入る顔の面積は着実に広がっていく。正体が明らかになる。
神宮寺玲奈だ。その顔は濃密な恐怖一色に染まっている。
記憶が逆流する。
さんざん悪口を言われたこと。休み時間に脚を引っかけられて転ばされたこと。玲奈は「偽りのトモダチ作戦」などというふざけた策を講じて真理愛を欺き、裏切った。朗らかな笑顔も、軽やかな饒舌も、ことごとく偽物だった。そして、偽りのトモダチでいた期間に得た材料を活用しての、苛烈さを増したいじめ。
それらすべてを一撃のもとに破壊せんとばかりに、二撃目を後頭部に炸裂させる。嘔吐する瞬間のような声が玲奈の喉から押し出された。さらに一撃、もう一撃と、同じ一点を狙って機械的に攻撃を反復する。腕が痛み出した。玲奈はいっさいの抵抗なく打撃を食らいつづけている。
真理愛は攻撃をやめる。
右手を下ろし、荒い呼吸をくり返す。視界の端に映る便器には広範囲に血が飛び散り、元の白さは見る影もない。
玲奈に視線を戻す。頭部の痙攣は完全に収まっている。身じろぎ一つしない。シルエットは凹んでいる。わざわざ左胸に掌を宛がってみるまでもない。脳みそをハンバーグの生地のようにこね回したいという欲望が胸に滲んだが、静かに頭を振って邪念を消し去る。
愚行を思い留まれたのは冷静さが戻ってきた証拠だ。視界に捉えているのは玲奈の死体だが、意識は未来に向いている。
――あと五人。
0
あなたにおすすめの小説
終焉列島:ゾンビに沈む国
ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。
最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。
会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる