鏖の季節

阿波野治

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 真理愛にとって隼人は、多数派を占める傍観者グループの目立たない一員でしかないはずだ。
 そんな人間から「恋人になってください」と言われて、心が弾むか? 「はい」と気持ちよく返事をする気になれるか?
 喜ぶどころかむしろ、今になっていけしゃあしゃあと仲間面をしてきたことに腹を立てて、いじめっ子たちと同じような目に遭わせてやりたいと――。

 かさり、と草が鳴った。
 はっとして顔を上げた。真理愛の右手は眼球を掴んでいない。色のない瞳が見つめる対象は、隼人だ。

「森嶋くんは包丁、今も持っているんだよね。川真田さんを殺した包丁」
「うん、持ってるよ」
 ポケットから取り出し、顔の高さにかざしてみせる。「包丁がどうかしたの?」と眼差しで問うと、
「恋人って、友だちの上位互換だよね? 友だちよりも親密な関係だよね?」
 抑揚のない声、漣一つ立っていない無表情での詰問だ。毛先がちりつくような迫力に気圧されながらも「そうだね」と答えると、

「じゃあ、心中して」
 体温が急上昇し、汗が噴き出す。心臓が早鐘を打ちはじめた。
「わたし、もう死にたいの。わたしのことが好きなら、わたしと恋人になりたいんだったら、わたしの願いを叶えてよ。わたしは死にたい。ただ死ぬんじゃなくて、誰かといっしょに死にたい。それが願いなの。だから、森嶋くんが先に死んでくれない?」

 試されているのだ、と隼人は悟る。
 要求を拒めば、真理愛は隼人に失望するだろう。告白を断り、森嶋隼人という存在とは永遠に決別するに違いない。最悪この場で、自らの手で自らの喉笛を掻き切らないとも限らない。
 しかし、だからといって、隼人が自殺してしまっては元も子もない。死んでしまえば、真理愛とともに過ごす時間を体験できなくなる。後を追って死んでくれれば慰めくらいにはなるかもしれないが、希望どおり動いてくれる保障はどこにもない。

 虚ろだ、虚ろだとばかり思っていた真理愛の黒目に、芥子粒ほどの光が宿っていることに不意に気がつく。小さいが揺るぎのない、見つめれば見つめるほど引き込まれるような光だ。
 彼女は冗談などではなく、真剣に、本気で、心中してくれと願い出ている。隼人のほうが先に死んでくれと願い出ている。この二つに疑いの余地はない。
 ならば、隼人も真剣に、本気で応える必要がある。

 喉を鳴らして唾を飲み下し、隼人が出した結論は――。
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