黒の創造召喚師

幾威空

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【黒の創造召喚師 ―Closs over the world―】

第052話 水火の相克③

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 オーガとの戦闘より数日後。一日病院にて経過観察のために入院した千陽は、さらに自宅にて療養後、無事に学院への復帰を果たした。
 数日休んだことに「心配したよ」「大丈夫?」などと声をかけてくれるクラスメイトたちに対し、千陽は「もう大丈夫だから」と笑顔を添えて対応する。

 そして復帰後初日の昼休み。教室を出た千陽は、パンを買いに購買へと向かうその道すがら、「因縁の」相手と出会ってしまう。

「――火之輪尊琉」

 歩みを止めた彼女の視線の先には、細く柔らかな栗色の髪を肩口で切り揃えた男子生徒の姿があった。
 彼こそが五家門が一つ、「火之輪」家の現当主の息子である火之輪尊琉であった。彼はゆっくりと千陽に歩み寄り、すれ違うほどの距離にまで近づくとポツリと呟く。

「魔物を倒したようだが、あまり図に乗るなよ? 他の連中は褒めてくれるだろうが、俺は違う。お前が取り逃したもう一体の魔物……ソイツは絶対に俺が仕留めてやる」
「っ――!? 待って! それは……」
 彼の口から紡がれた言葉に、思わず目を見開きながら振り向き、慌てて事の詳細を告げようと試みる。
 しかし、彼女の願いとは裏腹に、尊琉の口から出てきたのは、

「フン、たかが『水』如きが魔物を一体仕留めて偉そうに……今器用貧乏な『水』のお前にできて、五家門随一の攻撃性能を誇る俺たち『火』の使い手にできないいわれはない。せいぜい上から褒められる今を楽しんでいればいいさ。覚悟しとけよ……」

 そうした強烈な宣戦布告の言葉であった。ギロリと鋭い目で睨む尊琉の気迫に呑まれた千陽は、それ以上何も言うこはできず、ただ黙って去っていく彼の後ろ姿を見つめることしかできなかった。

(どうしよう……どうしたらいいの……?)

 千陽は内に湧くモヤモヤした思いを吐き出すように、深く息を吐いた。
 彼女は父である健介から「一体誰が仕留めたのか」と問われた際、「分からない」と回答している。おそらく、尊琉に伝わる過程で内容が変節し、「千陽が激闘の末に倒した」となってしまったのだろうと彼女は自分なりに分析した。
 しかしながら、そんな分析をしたところで事態は変わらない。今回は尊琉の完全な誤解なのだが、あのように取りつく島もない以上、いくら千陽が言っても聞く耳すら持たないのは容易に想像ができた。

 その時――

「うん? 千陽……どったの、そんな元気のない顔して。まさか、まだ何か無理してるの?」

 ふと後ろから声がかけられる。その声に千陽が振り向くと、

「あ、亞里亞アリア……」

 長い黒髪を後ろで一つに結わえたアリアが小首を傾げながら立っていた。
「う、ううん……何でもないの。まだ病み上がりだからなのかな? 身体はもう大丈夫なんだけど、気分がちょっとね……」
「そう? 気分が良くないなら、今日の部活はどうする? 剣術部、いつもの練習メニューみたいだけれど」
「あぁ、そっか。もしかして、連絡してくれたの? わざわざありがとう」
 千陽はわずかに笑みを取り戻した表情でアリアに言葉を返した。アリアと千陽は同じ部活のつながりで仲良くなった間柄だ。クラスは別々なのだが、先に入部していた千陽がその生来の面倒見の良さからアリアに部活での規則やその他細々とした世話をしたのをきっかけに話すようになり、今では時折一緒に下校することもあるほどだ。
「いや、気にしなくていいよ……うあっ! もうこんな時間! 早くツグ兄のトコに行かなきゃ」
「ツグ兄って、この前話してくれたお兄さんのこと?」
「そうそう。いつもお昼はツグ兄のトコで食べてるんだよ。みんな一緒にね。ツグ兄のクラスって普通科だからさ、ちょっと距離があって急がないとお昼食べ損ねちゃうんだよね~」
 アリアの話を聞きながら、千陽はふと最近耳にした噂を思い出す。

 ――いわく、普通科のある生徒が美少女軍団を侍らせ、同性・異性から羨望と嫉妬の視線を集めているらしい。

 ――また、かの生徒は昼休みになると特化クラスに散った美少女たちを集めて賑やかな食事をしているらしい。

 ――さらに、そうしたハーレムを築くその男子生徒に嫉妬した男共が戦いを挑むも、何故か悉く返り討ちにあうらしい。

「……もし良かったら、みんなと一緒に食べる?」
 そのアリアの申し出にハッと我を取り戻した千陽は、「いいの?」と恐る恐る訊ねる。
「別に大丈夫だと思うよ? ウチら以外にもやって来てる子がいるしね」
 アリアは最近輪の中に入った茜の顔を脳裏に描きながら答える。
「それなら……お邪魔しちゃおうかな」
 チラリと窺うような目線で申し出を受ける千陽に、アリアはパッと笑顔を咲かせて「うん!」と彼女の手を取る。
「それじゃ、行こっか。あっ、ツグ兄の作ったお弁当、摘み食いするくらいなら大丈夫だから」
「うえっ!? そ、それはさすがにマズいんじゃあ……」
「へーきへーき。ツグ兄の作るお弁当は、摘み食い程度じゃあ大して減らないくらい多いから。それに、一度食べると病みつきになるんだよ。こう言っちゃあ何だけど、ツグ兄の料理は一種の魔法だね!」
 パタパタと走りながらツグナの作る料理が如何に美味いかを力説するアリアに、思わず千陽の頬が緩まる。
「あはは。そんなに?」
 既に先ほどまで千陽が抱えていた重苦しい空気は吹き飛び、目的地である教室が視界に入った頃には、彼女の顔にはいつもの笑顔が戻っていた。

 しかし、アリアがその教室の扉を開け、千陽が既に集まっていた輪の中にいる生徒――ツグナの顔を見た瞬間、

「えっ……?」

 その顔は驚愕の表情に塗り潰された。
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