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4巻
4-1
しおりを挟む第1話 魔族の真実
――魔族中心の国として有名な、メフィストバル帝国。
この国はイグリア大陸の南西部に位置し、ユスティリア王国、レバンティリア神聖国と並ぶ、大陸における三大国家の一つに数えられる。
中枢都市は「ライラック」と呼ばれる巨大な都市。国民の具体的な種族構成比は、魔族が八に対して人族を含む他種族が二と、極端に偏りがあった。
さて、この国を構成する民の八割――魔族とは一体どんな種族なのか?
それに対する答えはひとえに、「圧倒的な魔力量を保有する種族」のひと言に尽きた。この特徴は生まれたばかりの頃から顕著に表れる。その時点で、最低1000もの魔力を保有するのだ。成人し、第一線で活躍する者ともなれば、軽く10000を超える。加えて、扱える系統も多く、一般的な魔族でも押しなべて「二系統」以上、上位ともなれば「四系統」や「五系統」の素質を持つ者も存在した。
人族ならば、「超人」と判断されるレベル100の時点で、魔力が5000もあれば雷名が轟き、系統も「三系統」で優秀と認知される。魔力量の桁が一つ、扱える系統の種類も一つ上なのだから、人族からすればもはや笑って現実逃避したくなる話だ。
また、魔族の特徴を語る上で欠かせないもう一つの点が、その外見。紫色の肌に緑色の目、コウモリにも似た黒い翼と、同じく黒く艶のある尻尾を持つのだ。
そんな彼らの国では街の入り口に水晶球が設置され、訪れた者は必ずこれに触れて自らの適性を見せなければ中に入ることができないのが慣習であった。
その際、通行を許可された証として、扱える魔法の系統の数と種類を明示したプレートが配布される。例えば扱える系統が「火」「水」の二系統である場合、プレートには赤と青が半々に色付けされている、といった具合である。
これは街の中にいる間は携帯が義務づけられ、わざわざ首から下げられるように加工されている。決して差別的な意味合いはなく、個人の適性を調べておくことで、魔法を使用した騒動が起きた際に犯人を特定し易くする――との理由付けは、この制度を運用する上での建前でしかなかった。また、魔族は軒並み「魔法」に関する競争意識が高く、ある種のエリート意識が強い。つまり実質的には、他種族に彼ら自身の力を見せつけて優位性を主張する為のものである。
では、「適性無し」のツグナがそんな国を訪れた場合、どうなるかといえば――
「帰れ! お前のようなヤツが泊まる部屋は無ぇ!」
「うわっ!?」
飛んでくる物をひょいひょいと回避しながら、ツグナは逃げるように表に出た。通りにいた人から「どうしたどうした?」と声が上がるが、ツグナの首に下げられたプレートを見るなり、「あぁ、コイツになら当然の反応か」とさっさとその場から去っていく。
(ったく、ホントに聞きしに勝る「魔法実力主義」だな!)
思わず舌打ちしたくなる思いを押し殺し、ツグナは「参ったもんだ」と息を吐いた。思い返せばこの街――フロレラリアに着いて早々から散々だった。
門番の兵士には「なんでこんなところにやってきたんだ?」と呆れられ、宿ではプレートを見せた途端に態度が豹変し、外に追い出される。装備品を購入しようと店に入れば「お呼びでない」と品を見せてさえもらえない始末である。
しかもこれがツグナへの対応に限定され、獣人の少女ソアラや妖精族のキリアは普通に客としてもてなされていたため、輪をかけて悲しさを誘った。
本来ならば即座に店を出て他を探すのだが、いかんせんどの店も軒並み同じ反応だし、不足した回復薬などの装備はどうしても整えなくてはならない。
なぜなら当初は真っ直ぐ迷宮へと赴くところを、ソアラたちの「装備を整えたい」という意見をツグナが了承してこの街にやってきたのだ。自分たちが言い出した手前、買わないことはむしろツグナに対して悪い気がし、結局はツグナを店外で待たせて目的の物を手に入れる他なかった。
「なんなのよこの仕打ちは!?」
「酷くない? ツグナだって本当は――」
「よせっ!」
「……っ! で、でも~」
他ならぬツグナ自身に強く口止めされたのが納得いかないのか、ソアラはムスッとした顔で「言ってやったっていいじゃん」と不満を訴える。その隣ではキリアもわずかに頬をひくつかせつつ、どうにか怒りを鎮めている状態であった。
「ここで騒いでも事態が悪化するだけだ。余計に目を付けられてなんのかんの言われたら、それもまた癪に障る。ここは黙って受け入れるしかない」
カリカリと頭を掻きながらそう言って、ツグナは二人を宥める。かつて「忌み子」として周囲から除け者扱いされていた彼だから、こういったやり取りは経験済みだ。反発すると却って余計な面倒を招くことも覚えている。二人が怒ってくれるのは嬉しかったが、状況が状況なだけにこう言い聞かすしかなかった。
「それもそうだけどさぁ……」
「当の本人がそう言うのならしょうがない……けど、やっぱり気に食わないわね」
説得に一応の理解を示し、ため息を吐きながらソアラとキリアが交互に呟く。そんな二人の表情に安堵するツグナだったが、泊まる場所を確保できていないという致命的かつ喫緊の問題は依然解決しない。
「どーすっかなぁ……」と三人が歩いていくと、ふと明かりの灯る一軒の宿が目に付いた。
「へぇ……こんなところにも宿があるんだな」
ツグナは、その建物を前にしてぽつりと呟いた。
既に時刻は西の空がオレンジ色に染まる頃合。街の喧騒から逃げるように中心部から外れて立つ、こぢんまりとしたその宿は、どこか寂しささえ感じさせる。しかし建物の周囲は綺麗に清掃され、訪れた人を不快にさせない配慮がなされていた。
そんな呟きを耳にしたソアラが、首を傾げながら疑問を漏らす。
「ここって街の端よね?」
「そうだよね? 普通、大通りとか街の中央区域にあるもんだと思ってたけど……」
「ま、言ってても始まらないな。あそこで断られたら野宿決定だ」
軽く笑うツグナに「それだけは勘弁願いたい」と表情で語るソアラとキリア。ため息を吐く少女たちを置いて、ツグナは「夕凪の弥鍵宿」と書かれた扉を開けた。
「い、いらっしゃいませ……」
三人を迎えたのは、ツグナよりも幼い女の子だった。金髪のショートカットにくりっとした緑色の目。そして、病的なまでに白い肌と、ぴょこぴょこ小刻みに動く小さな黒い翼と尻尾が特徴的である。
(あれっ? 肌が……白い?)
街中で見かけた魔族とは一線を画すその容姿に、思わず首を捻りたくなったツグナだったが「今は宿の確保が先だ」とその思考を頭の片隅に追いやり、話しかける。
「えっと、一人部屋を三つほど頼みたいんだけど……」
「えっ、あっ! はい、料金は素泊まりで一泊半銀貨三枚です。食事付きなら半銀貨五枚、です。しょ、食事は朝と夕方の二食、です……」
「りょーかい。んじゃ、食事付きの方で」
ツグナは軽く頷いて了承すると、スキルの一つである「アイテムボックス」を呼び出して、そこから指定の額を引き出す。そうして鍵をもらい、無事に宿が確保できたことにほっとひと息ついた。
だが、そのやりとりを眺めていたソアラが横から口を出した。
「そう言えば、ウチらのプレートを確認しなくてもいいの? 今まで追い返された宿屋だと必ず提示を求められていたけど」
「ふぇっ!? あ、あのぅ……そのぅ……」
「あっ! バカ。余計なことを……」
黙っていれば泊まれたのに……と若干睨みつけてやりたくなったツグナだったが、今さら何を言おうが既に後の祭りである。「どうせ追い返されるだろうなぁ」と観念しながら、胸元からプレートを取り出そうとした時――
「あぁ。ここではそんなモノはいらないんですよ」
くすくすと笑いながら、一人の魔族が姿を現した。金色の長い髪を揺らし、緑色の目を細めて笑う、紫色の肌の若い女性だった。すらりと伸びる足の隙間からは尻尾が覗いている。「アンタ誰だよ」と訊ねようとしたツグナだったが、その耳に店番をしていた少女の喜々とした声が届く。
「お母さんっ! 店番を放り出してどこ行っていたの!? お、お客さんだよっ!」
「「「はぁ!?」」」
少女の口から発せられた、この女性にはあまりに不釣り合いな肩書きに、思わず呆ける三人だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
現れた魔族の女性、シュティルフィに促されて、ツグナたちは近くのテーブルについた。
彼女は魔族には珍しく、人族の男性と結婚したのだという。偶然この街にやってきた男性にひと目惚れし、種族間の差を乗り越えて結ばれたらしい。とはいえ、そんな二人に対する扱いは冷たく、こうして街の中心部から離れた場所で細々とした生活を送っているのだと話した。
つまりこの宿は、女将である彼女と人族の夫、その間に生まれた娘の三人で切り盛りしているらしい。
「だからこの子――アイベルは魔族と人族とのハーフなのよ」
隣に座った娘の頭をそっと撫でながら、シュティルフィはそう呟いた。
当のアイベルは、ツグナの連れてきた白竜のスバルに興味津々らしく、指先で顔を突いては「クァ」という鳴き声の反応を無邪気に楽しんでいる。そんな我が子の様子を優しげに見守る母親の表情には、どこか暗いものが混じっていた。
「なるほどね……それで?」
じゃれ合うアイベルとスバルを眺めつつ、ツグナは彼女の肌が白いことに合点がいったと頷き、話の続きを促す。
「ハーフの魔族は、純粋な魔族と比べて扱える魔法の幅が狭いの。例えば、私は水・風・雷の『三系統』だけれど、この子は雷系統しか持っていない『一系統』。で、貴方も知っているとは思うけれど……この国は『魔法実力主義』ということが問題なのよ」
彼女の口ぶりには、どこか苦いものが感じられた。言葉の端々にこの国の「魔法実力主義」に対して懐疑的な印象が表れている。
「あぁ。それは嫌ってほどに身に染みて分かっているよ。でも、よく分からないんだよなぁ……」
そこまで言いかけたツグナは、どこか腑に落ちないという態度で眉間に皺を寄せた。シュティルフィが「どうして?」と訊ねると、彼はこう続けた。
「確かに個人の実力を測る上では大事な要素になるだろうけど、かといってどうして『系統の数』がそのまま『実力』として認識されるんだ?」
ツグナはこの街を訪れてから、そのことがずっと頭に引っかかっていた。なぜ扱える系統の数でこんなにも扱いが違うのか、と。
たとえ扱える系統が複数あったとしても、熟練度が低ければ低級の魔法しか発動させることができず、威力も低い。逆に「一系統」であっても熟練度合いが高ければ強力な上級魔法を扱える。突出した魔法こそが戦局を大きく左右することは多い。両者を比べれば、ここぞという時の信頼感も段違いだ。
扱える系統の数だけによって優秀かどうかを画一的に判断することなんてできない、というのがツグナの主張であった。シュティルフィはそれに一応の理解を示しつつも、言葉を重ねた。
「そう思うのは当然のことだわ。けれども、事実として『扱える系統が多いほど優秀だ』という認識は広く知れ渡っている。なぜなら――それは一番分かり易く、魔族という種族の拠り所になるからね」
「分かり易い?」
告げられた答えにツグナは思わず首を捻る。
オウム返しに投げかけたツグナの問いに、シュティルフィは諦めが漂う表情で淡々と話を続けた。
「そう。その人間が扱える魔法の系統数というのは、水晶球に手を当てれば判別できるでしょう? いわゆる『魔法適性』ね。そして複数の系統を扱えるということは、それだけ魔法に対する資質が高いということになるの……言ったでしょう? この国は魔法実力主義だと。魔法の資質が高ければ、それは将来的な伸びしろが期待できると考えられる。加えて、多くの系統を扱えるほど多くの場面に対応できるとも判断できるし、様々な局面に対処できる人物こそ有能と言える。魔法に対する資質、将来性。それを分かりやすくしたのがそのプレートというわけなのよ」
「けれど、それは何もこの国に限ったことじゃないし、何だってここではそんなにハッキリしてるんだ?」
ツグナは理解を示しつつも新たな疑問を口にした。魔法は何も魔族だけが使える技能ではない。人族でも同様に魔法の才の有無は有能さを判断する材料になっている。
事実、過去に「適性無し」と判断されて苦労したツグナだからこそ浮かんだ疑問であった。
シュティルフィは彼の言葉に頷きつつ、さらに言葉を重ねていく。
「そう。貴方の言ったように、何もここに限ったものではないわ。けれどね、魔法という力に対する執着は、人族よりも魔族の方が強いと断言できるわ」
「なぜ?」
「それは、魔族という種族の特性と関係しているの。貴方たちも知っていると思うけど、魔族が保有できる魔力量が人族とは桁違いに多い」
「それはそうだな」
「だね、私も聞いたことがあるよ」
「そうね」
三人の反応を確かめたシュティルフィは話を進めていく。
「保有できる魔力量が多いという事実は、やがて『魔族は最も魔法技能に適した種族だ』という意識を生んだ。総人口が他種族よりは少ないこともあってか、力の拠り所として魔法に対する執着心はどんどん強くなっていったのよ」
「なるほど……つまり、魔族にとって魔法とは一種の象徴であり、アイデンティティでもあるわけか」
ツグナは頷きつつ、首から下がるプレートを指で撫でた。それだけの拘りがあるからこそかと、魔法適性が無い自分への扱いにも納得できた。
人族ならば、魔法以外にも武術や所有するスキルなど様々な見地から総合的に評価を下す。魔法への資質が高く、扱える系統数が多ければそれは一つの加点要素となる。しかしそれはただの一側面でしかない。体力や状況判断力が低ければ、総合評価は低くならざるを得ないだろう。
他方、魔族は人族とスペックがそもそも異なる。幼くして魔力保有量が四桁を超えるのだから、他の要素は後から鍛えればどうとでもなるというスタンスなのだ。
「でもそんなのに納得できるの? それってつまり差別があるってことでしょ?」
話に口を挟んだのはソアラだった。ここに来るまでにツグナが受けた所業への怒りが燻っていたのか、どこか不満そうな表情でそんな言葉を呟いた。
「確かにある種の差別意識があるのは否めないわ。けれど、それがこの国の常識なの。その人個人の『魔法』と『実力』。この二つが唯一の価値基準なのよ」
「で、でもっ!」
「よしなさい、ソアラ。国が違えば当然そこに住む人たちの価値観は異なるものよ。それ以上は、あなたの意見を押しつけることでしかないわよ?」
なおも食い下がろうとするソアラにキリアの忠告が飛んだ。その言い分が正しいと理解しているからか、ソアラも続けようとした言葉を切って押し黙った。
「貴方の言いたいことも分かるわよ。私も旦那にボッコボコにされてそれに気付いたわ」
当時を思い返しているのか、うっとりと目を細めてそんな惚気話を語るシュティルフィに、ツグナは思わず苦笑した。つい「アンタの旦那、どんだけ強いんだよ」と突っ込んだが、それはツグナたち三人の共通の疑問だったことは本人に伝わっただろうか。
「一系統の魔法適性しか持たないこの子がいる以上、我が家まるごとが弱者と認識されるの。反面、そんな実情があるからこそ私たちは魔法適性だけで人を判断したりはしないわ」
シュティルフィはにっこりと笑うと「だから安心して泊まっていってね」と優しく告げて、席を立った。最後に「もちろん料金はキッチリもらうけれどね」という言葉も添えて。
「……ちなみに、訊きたいんだけれど」
奥に戻る前にシュティルフィは立ち止まり、にやにやとどこか悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、ツグナに問いかけた。
「なに?」
突如話を振られて、何事かとツグナが先を促す。
「どんなプレートを見せれば店から追い出されたりするの? 宿も確保できず、品物も売ってもらえないって、余程のことだとは思うけれど……」
先ほど入口で行われたアイベルとのやり取りを聞いていたのか、興味深げにそう訊ねるシュティルフィに、ツグナは首から下げていたプレートを見せながら、諦めたように答えた。
「どんなって……だって俺、魔法適性ゼロだからな。火の玉一個、電撃の一発すら放つことができないんだよ」
そう言いながらすっと掲げられた無色透明のプレート。それは、紛れもなく魔法適性が無いことを証明している。
「お兄ちゃん、魔法の適性無いの……?」
アイベルは「そんなプレートは初めて見た」と目を大きく開き、呆気に取られたように呟く。その彼女に対し、ツグナは諦めと皮肉さを織り交ぜた表情で小さく呟いた。
「そうだ。俺には魔法の適性がこれっぽっちも無いんだ。そう考えると、俺はアイベルよりも下、ってことになるんだな」
アイベルであれば口にするのを恥ずかしいと感じる言葉を、ツグナは軽く笑いながら堂々と口に出す。「それがどうした?」と告げるかのように。そんな彼を、アイベルはどこか不思議そうに眺めていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
街の中心にほど近い、ある屋敷の一室。日が沈み、蝋燭の明かりが灯るその部屋には、二人の男の影が伸びていた。
「……何だと? それは本当か?」
「えぇ。魔法の適性も無いガキが、この街に入り込んでいるようですな? ガヴァット男爵殿」
赤茶けた色のローブを纏った男が、目の前の椅子に座る魔族の男性にそっと話しかける。男はどこか愉快そうに笑っていて、その口調は驚くほど滑らかだ。頭を覆うフードのせいで表情を窺うことは叶わないが、男が抱く感情がどういったものかは口ぶりから容易に想像できた。
話を振られた方はどうかと言えば、眉間に皺を寄せてため息を吐いているのみだ。
「ふむ……」
高級そうな肘掛け椅子にどっかりと腰を下ろしている魔族――フェライ=ガヴァットは、このフロレラリアの街を警護する騎士隊の隊長という肩書を持つ人物であった。爵位持ちで、代々街の治安維持を任されてきた由緒ある家の出身だが、何かと黒い噂が絶えない。
常識的に考えればすぐさま後任に椅子を明け渡すよう命じられているところだが、彼の持つ権力と実力がそれを困難なものにさせていた。
フェライ=ガヴァットの肩書きは決して名ばかりではなく、この街の者ならば誰でも彼の魔法と剣技を使用する戦闘スタイルを知っているほどの実力者だった。彼に喧嘩を吹っかけた冒険者が返り討ちにあった例は数多い。
火・水・土の「三系統」持ちであり、攻撃と防御のバランスに定評がある。また剣技も魔法に引けを取らず、巨大な愛剣は彼の実力を示すのに一役買っていた。
渋面を見せるガヴァットに、ローブ姿の男が軽やかに言葉を紡いでいく。
「魔法適性が無い者を野放しにしておくことは、この街の、ひいてはこの帝国の将来を左右しかねない問題と思いますがね?」
問いかけに対し、ガヴァットの鋭い眼差しがフードの奥へと注がれる。
フードの男とは初めて会ったわけではない。彼の欲望を満たすために様々な情報を与えてくれている、情報屋の一人である。
贔屓にしているこの男から情報を買い、裏から手を回すのがガヴァットの常套手段だ。男から仕入れた情報によって、彼はこれまでに数々の悪事に手を染めていた。例えばライバルとなるであろう者の台頭を事前に阻止したり、気に入らない者を罪に陥れて公の場で処罰したりと。
「……無力なヤツらがつけ上がる原因になる、とでも言いたいのか?」
そんなことはさせん、とガヴァットは視線にわずかに怒気を混ぜる。
魔族といっても実力はピンキリだ。
魔法実力主義を体現するように、国の頂点に立つ皇帝をはじめ、その側近たちは「化け物」と評される折り紙付きの実力者である。
しかし、そのような強者が憧憬と尊崇を集める反面、帝国内には「力のある者」と「力のない者」がハッキリと別れる構造が横たわっていた。
魔法適性が一つしかない者や、複数の系統が扱えても初級程度の魔法しか発現できない者は、あからさまに蔑視される。治外法権となっているスラム街で社会から孤立し、細々と生きている姿は、そうした弱者たちの成れの果てであった。
ガヴァットの発言の真意は、そうした底辺の者共がツグナに触発され、面倒な流れを生むのではないか、との懸念だ。もしそうなれば、確かに街の秩序を預かる身としては到底看過できない事態となる。
だが、ローブの男は向けられた怒気をしなやかに回避するように、小さく肩を竦ませる仕草を取っただけであった。
「そこまでは言ってはおりません。ただし、この国は魔法発祥の地であり、個人の実力が正当に評価される地でもあります。それだけに、あの魔法適性がゼロという小僧がのうのうと街の中を闊歩しているという今の状況に、私はどうにも我慢できないものがあるのですよ。奴にとってはこの街は少々歩きづらいかもしれませんが、所詮はその程度。過去にも同じような経験をしたであろう小僧は、さしたる痛痒も感じてはいないでしょうな。街の秩序を維持するためにも、そのような異分子はさっさと駆除してしまう方がよろしいかと。私はこの地に住む者の一人として、何かお手伝いができれば……と愚考したに過ぎませぬ」
「ハッ、えらく安い正義感だな」
相手がどのような性格かを知った上で、ガヴァットは鼻で笑いつつ、そんな言葉を吐いた。しかしその顔には、黒く濁った笑みが浮かんでいる。
「だが……お前の言い分にも一理あることは確かだな」
「では――」
「あぁ。好きにするがいい」
この言葉を受け、より一層凶悪な笑みを浮かべたローブの男は「では早速仕込みを行いますので……」とだけ言い残して、部屋を辞去した。
「魔法適性ゼロだと……? 舐めるのも大概にしろよ」
小さく吐き出されたガヴァットの言葉は、誰にも聞かれることなく部屋の中を駆け回って消えていった。
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