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本編
Module_049
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レイナの悲鳴が場に響くなか、漆黒の闇から姿を現したのは、イルネたちを拉致したサイラスだった。闇に溶け込むようにあつらえられた漆黒のスーツに、その両手に握られた刃渡り20セトルほどの血塗れの短刀が彼の内に秘める狂気を体現するかのように輝く。
その顔は穏やかな笑みが浮かんでいたものの、放たれた圧力と殺気により、セロは場の温度が幾分下がったかのような錯覚に陥った。
「貴方たちこそ、あまり私たちを見くびってもらっては困りますねぇ……」
血の付着したナイフの刃を軽く振って落としたセイラスは、蛇蝎の如き執拗な目でセロたちを睨む。一方、対するセロは物怖じせず問いかけた。
「なぁ……一つ聞きたいんだが。お前があの子の母親を刺し、彼女たちの仲間を殺したのか?」
その目をチラリと最後尾にいた母娘に向けつつ訊ねたセロに対し、同じく二人の姿を捉えたセイラスは「あぁ……」と短い言葉を漏らした後、恍惚の表情を浮かべながら肯定する。
「えぇ……えぇ、そうですとも。あの時は……あぁ、実に愉しかったですねぇ……最初は威勢のいい言葉を並べて叫んでいた者が、与えられた苦痛と絶望を前に『もういっそ殺してくれ』と哀願する姿を見るのは」
肩を軽く上下させつつ、上機嫌で口を滑らせるセイラスに、イルネやユーリアは「この外道が……」と小さく呟きながら顔を顰めたのに対し、イルゼヴィルとセロは冷たい目を向けたまま口を噤んで話を聞いていた。
「へぇ……そうかいそうかい。そいつは良かったな。だが、本当に殺しても良かったのか? あの母娘の仲間ってことは、この商会に必要な『駒』なんだろ? もしくは、ここで働く機巧師の『枷』とか。そんな商会の要を担うような人間を、こうも易々と切り捨てられるのがにわかには信じられないんだが?」
切り返すように放たれたセロの質問に対し、今度はセイラスの傍から静かに姿を見せた男――デラキオ自らその口を開いて答えた。
「ふん、何かと思えばそんなくだらん話か」
「あ゛ぁ? ……くだらない、だと?」
デラキオの放った言葉に、セロはわずかに眉を上げて反応する。
「あぁそうだ。『機巧師』とは手先が器用な、単なる技術屋と呼ぶに過ぎん輩だろう。確かにお前の言う通り、この商会では機巧師の存在は大きい。だがな……それだけでは商売は上手くいかない。所詮技術だけでは組織を大きくすることは出来ない。現にこのデラキオ商会は誰のおかげでここまで大きくなったと思う? そこにいるような機巧師か? ――違う。この私だ。結局のところ、機巧師というのはただの技術だけが取り柄の人間でしかない。その人間を無駄なく、効率的に使う者がいてこそ組織は発展できるのだ。現にその女を始めとした他の商会はどうだ? 機巧師がトップを務める商会など、このデラキオ商会と比べれば、塵芥にも等しい規模しかない弱小商会ではないか。全く、ナンセンスだと言うほかないな。機巧師など、ただ手先が器用なだけの人間でしかないと言うのに。大人しく私のような商才を持つ者の言うことを聞いていればいいものを……結局、機巧師などという者は、ただ使われるだけの奴隷に過ぎん生き物なのだよ」
つらつらと口から自らの考えをひけらかしていたデラキオは、ふと自分に向けられる得も言われぬ圧力に気づき、はたとその口を閉じた。
「……単なる技術屋? ……効率的に使う?」
伏し目がちでただその場に立つセロの口からぽつぽつと呟かれる言葉。だが、静かに呟かれる言葉とは裏腹に、彼の周囲、その場の空気が張り詰め、幾分気温が上昇したような錯覚に陥る。
目の前で血を流す母に抱きつき、涙を流すイルネを、冷徹な目で蔑むデラキオとセイラスの二人の姿。
それは、かつて「楽園」にて一緒に過ごした仲間たちを、ただの「実験道具」としての価値しか見出さない大人たちがしていた目と同種の目だ。
ーー巫山戯るな。
デラキオの手により「檻」の中へと閉じ込められた母娘は、不条理の只中でさえも、懸命に生きようともがいていた。
絶望に苛まれる中、か細い糸のように二人を繋いでいた「親子」の絆。
それがヤツらの手であっさりと潰えた。
生き残った、たった二人の母と娘。
懸命に生きようとしていた二人を、デラキオは嘲笑った。
(あぁ、そうか……お前はーーーーーーーー俺の「敵」なんだな)
セロには「カチリ」と何かのスイッチが入ったような音が聞こえたような気がした。
と同時に、この瞬間をもってデラキオとセイラスはセロの「敵」として認識される。
イルバーナの身体に覆い被さるように泣き崩れるレイナの肩に、背後から優しく一度手を置いたセロは、涙を流す彼女に一言囁いたのち、デラキオたちに立ちはだかるように前に出る。
「なぁ――舐めテンのかテメェ。技術屋はお前の道具じゃねぇんだぞ……」
伏せていた顔を上げたセロは、ギロリとその鋭い目を射貫くように真っ直ぐデラキオに向ける。
「ひぃぃぃっ……」
商売上の交渉時に漂う張り詰めた空気とはまた異なる、暴力的な圧力と殺意すら感じられる怒り。普段から縁のない空気と向けられる明確な怒りに、デラキオはみっともなく腰が引け、わずかに後退する。
「やれやれ……あまり私の主をそんな殺意と怒りで刺激して欲しくはないのですが」
「そうかよ。そんなに止めて欲しいのなら、その気持ち悪い笑顔を止めたらどうだ?」
視線をデラキオからセイラスへと転じたセロは、相手の恍惚とした表情に顔をわずかに曇らせながら言葉を返す。
「あぁ、すみませんねぇ……ですが、どうしても抑えきれないのですよ。その向けられる殺意と怒り、そして幼くも強烈なエネルギーを持つ貴方の命を狩るのですから……ねっ!」
瞬間、セロは舌打ちざまに素早く後ろ腰に下げた愛銃を引き抜き、首を塞ぐようにその銃身を掲げる。
すると、甲高い金属音が辺りに響きわたる。傍にいたイルネがハッと気づいた時にはセイラスの振り下ろした短刀とセロの掲げたカトラスの銃身が交錯していたのだ。
「おやおや、すこぶる勘のいい方だ……」
「そいつはどう……もっ!」
掲げた愛銃を振り上げると同時に後退して彼我の距離を空けたセロは、その目をセイラスから外すことなく口を開く。
「イルゼヴィル! イルネさんたちを連れてここから脱出しろっ!」
「だが君は――!」
セロの提案に、イルゼヴィルは反射的に反論を口にしようと試みる。だが、セイラスが再び距離を詰めて手にした短刀をセロの身体に突き立てようと襲いかかる。
「いいから行けってっの! それとも死にたいのか!? コイツはここで食い止める!」
「――っ! 分かった」
襲い掛かるセイラスの猛攻を、セロは引き抜いた愛銃を楯にギリギリで回避する。イルゼヴィルは両者の戦闘を目の前に、大人しくイルネたちを引き連れてその場を去った。
「クッ! あの女狐共を逃してなるものか! お前たち、ヤツを捕らえろ! 捕らえた者はこれまでの3倍の給金を支払ってやる! 絶対に逃がすな!」
去っていくイルネたちを見たデラキオが、セイラスの周囲にいた若い衆たちに向かって金を餌に発破をかける。彼の声を聞き届けた者は、一瞬面食らった表情を見せたものの、すぐにその顔つきを歪ませ、後を追おうと追撃の態勢をとる。
しかし――数瞬の後に、デラキオ及びセイラス、そして彼の配下の者たちは、その表情をある一つの感情で染め上げた。
それは、イルゼヴィルがイルネたちを引き連れ、セロの視界から消えた時と同じタイミングだった。
「ハハッーーあぁ……やっと邪魔がいなくなった」
「なっ――!?」
残響めいた言葉を後に、セイラスはわずかに態勢を崩した。彼の驚く声が漏れてしまったのも無理はない。
なぜなら、つい先ほどまで目の前で鍔迫り合いを繰り広げていた相手が、刹那の間に再び離れてしまったからだ。
(な、なんだ……この嫌な感じは……)
それは、これまで幾度となく自分の享楽から人を殺してきたセイラスが初めて抱いた不気味な空気であった。他の者たちは気づいていないようであったが、もともと暗殺めいた仕事を数多く引き受けて来た彼だからこそ分かる、「異常」とすら呼べる空気だった。
――そう。この瞬間、この場における両者の立ち位置が入れ替わったのだ。
――「狩られる側」が「狩る側」に。
――「狩る側」が「狩られる側」へと。
「お前らは……全員俺の『敵』だ。誰一人として逃しはしない。さぁーーイッツ・ショー・タイム……俺の俺による……俺のためだけのーー」
殺戮劇を。
その顔は穏やかな笑みが浮かんでいたものの、放たれた圧力と殺気により、セロは場の温度が幾分下がったかのような錯覚に陥った。
「貴方たちこそ、あまり私たちを見くびってもらっては困りますねぇ……」
血の付着したナイフの刃を軽く振って落としたセイラスは、蛇蝎の如き執拗な目でセロたちを睨む。一方、対するセロは物怖じせず問いかけた。
「なぁ……一つ聞きたいんだが。お前があの子の母親を刺し、彼女たちの仲間を殺したのか?」
その目をチラリと最後尾にいた母娘に向けつつ訊ねたセロに対し、同じく二人の姿を捉えたセイラスは「あぁ……」と短い言葉を漏らした後、恍惚の表情を浮かべながら肯定する。
「えぇ……えぇ、そうですとも。あの時は……あぁ、実に愉しかったですねぇ……最初は威勢のいい言葉を並べて叫んでいた者が、与えられた苦痛と絶望を前に『もういっそ殺してくれ』と哀願する姿を見るのは」
肩を軽く上下させつつ、上機嫌で口を滑らせるセイラスに、イルネやユーリアは「この外道が……」と小さく呟きながら顔を顰めたのに対し、イルゼヴィルとセロは冷たい目を向けたまま口を噤んで話を聞いていた。
「へぇ……そうかいそうかい。そいつは良かったな。だが、本当に殺しても良かったのか? あの母娘の仲間ってことは、この商会に必要な『駒』なんだろ? もしくは、ここで働く機巧師の『枷』とか。そんな商会の要を担うような人間を、こうも易々と切り捨てられるのがにわかには信じられないんだが?」
切り返すように放たれたセロの質問に対し、今度はセイラスの傍から静かに姿を見せた男――デラキオ自らその口を開いて答えた。
「ふん、何かと思えばそんなくだらん話か」
「あ゛ぁ? ……くだらない、だと?」
デラキオの放った言葉に、セロはわずかに眉を上げて反応する。
「あぁそうだ。『機巧師』とは手先が器用な、単なる技術屋と呼ぶに過ぎん輩だろう。確かにお前の言う通り、この商会では機巧師の存在は大きい。だがな……それだけでは商売は上手くいかない。所詮技術だけでは組織を大きくすることは出来ない。現にこのデラキオ商会は誰のおかげでここまで大きくなったと思う? そこにいるような機巧師か? ――違う。この私だ。結局のところ、機巧師というのはただの技術だけが取り柄の人間でしかない。その人間を無駄なく、効率的に使う者がいてこそ組織は発展できるのだ。現にその女を始めとした他の商会はどうだ? 機巧師がトップを務める商会など、このデラキオ商会と比べれば、塵芥にも等しい規模しかない弱小商会ではないか。全く、ナンセンスだと言うほかないな。機巧師など、ただ手先が器用なだけの人間でしかないと言うのに。大人しく私のような商才を持つ者の言うことを聞いていればいいものを……結局、機巧師などという者は、ただ使われるだけの奴隷に過ぎん生き物なのだよ」
つらつらと口から自らの考えをひけらかしていたデラキオは、ふと自分に向けられる得も言われぬ圧力に気づき、はたとその口を閉じた。
「……単なる技術屋? ……効率的に使う?」
伏し目がちでただその場に立つセロの口からぽつぽつと呟かれる言葉。だが、静かに呟かれる言葉とは裏腹に、彼の周囲、その場の空気が張り詰め、幾分気温が上昇したような錯覚に陥る。
目の前で血を流す母に抱きつき、涙を流すイルネを、冷徹な目で蔑むデラキオとセイラスの二人の姿。
それは、かつて「楽園」にて一緒に過ごした仲間たちを、ただの「実験道具」としての価値しか見出さない大人たちがしていた目と同種の目だ。
ーー巫山戯るな。
デラキオの手により「檻」の中へと閉じ込められた母娘は、不条理の只中でさえも、懸命に生きようともがいていた。
絶望に苛まれる中、か細い糸のように二人を繋いでいた「親子」の絆。
それがヤツらの手であっさりと潰えた。
生き残った、たった二人の母と娘。
懸命に生きようとしていた二人を、デラキオは嘲笑った。
(あぁ、そうか……お前はーーーーーーーー俺の「敵」なんだな)
セロには「カチリ」と何かのスイッチが入ったような音が聞こえたような気がした。
と同時に、この瞬間をもってデラキオとセイラスはセロの「敵」として認識される。
イルバーナの身体に覆い被さるように泣き崩れるレイナの肩に、背後から優しく一度手を置いたセロは、涙を流す彼女に一言囁いたのち、デラキオたちに立ちはだかるように前に出る。
「なぁ――舐めテンのかテメェ。技術屋はお前の道具じゃねぇんだぞ……」
伏せていた顔を上げたセロは、ギロリとその鋭い目を射貫くように真っ直ぐデラキオに向ける。
「ひぃぃぃっ……」
商売上の交渉時に漂う張り詰めた空気とはまた異なる、暴力的な圧力と殺意すら感じられる怒り。普段から縁のない空気と向けられる明確な怒りに、デラキオはみっともなく腰が引け、わずかに後退する。
「やれやれ……あまり私の主をそんな殺意と怒りで刺激して欲しくはないのですが」
「そうかよ。そんなに止めて欲しいのなら、その気持ち悪い笑顔を止めたらどうだ?」
視線をデラキオからセイラスへと転じたセロは、相手の恍惚とした表情に顔をわずかに曇らせながら言葉を返す。
「あぁ、すみませんねぇ……ですが、どうしても抑えきれないのですよ。その向けられる殺意と怒り、そして幼くも強烈なエネルギーを持つ貴方の命を狩るのですから……ねっ!」
瞬間、セロは舌打ちざまに素早く後ろ腰に下げた愛銃を引き抜き、首を塞ぐようにその銃身を掲げる。
すると、甲高い金属音が辺りに響きわたる。傍にいたイルネがハッと気づいた時にはセイラスの振り下ろした短刀とセロの掲げたカトラスの銃身が交錯していたのだ。
「おやおや、すこぶる勘のいい方だ……」
「そいつはどう……もっ!」
掲げた愛銃を振り上げると同時に後退して彼我の距離を空けたセロは、その目をセイラスから外すことなく口を開く。
「イルゼヴィル! イルネさんたちを連れてここから脱出しろっ!」
「だが君は――!」
セロの提案に、イルゼヴィルは反射的に反論を口にしようと試みる。だが、セイラスが再び距離を詰めて手にした短刀をセロの身体に突き立てようと襲いかかる。
「いいから行けってっの! それとも死にたいのか!? コイツはここで食い止める!」
「――っ! 分かった」
襲い掛かるセイラスの猛攻を、セロは引き抜いた愛銃を楯にギリギリで回避する。イルゼヴィルは両者の戦闘を目の前に、大人しくイルネたちを引き連れてその場を去った。
「クッ! あの女狐共を逃してなるものか! お前たち、ヤツを捕らえろ! 捕らえた者はこれまでの3倍の給金を支払ってやる! 絶対に逃がすな!」
去っていくイルネたちを見たデラキオが、セイラスの周囲にいた若い衆たちに向かって金を餌に発破をかける。彼の声を聞き届けた者は、一瞬面食らった表情を見せたものの、すぐにその顔つきを歪ませ、後を追おうと追撃の態勢をとる。
しかし――数瞬の後に、デラキオ及びセイラス、そして彼の配下の者たちは、その表情をある一つの感情で染め上げた。
それは、イルゼヴィルがイルネたちを引き連れ、セロの視界から消えた時と同じタイミングだった。
「ハハッーーあぁ……やっと邪魔がいなくなった」
「なっ――!?」
残響めいた言葉を後に、セイラスはわずかに態勢を崩した。彼の驚く声が漏れてしまったのも無理はない。
なぜなら、つい先ほどまで目の前で鍔迫り合いを繰り広げていた相手が、刹那の間に再び離れてしまったからだ。
(な、なんだ……この嫌な感じは……)
それは、これまで幾度となく自分の享楽から人を殺してきたセイラスが初めて抱いた不気味な空気であった。他の者たちは気づいていないようであったが、もともと暗殺めいた仕事を数多く引き受けて来た彼だからこそ分かる、「異常」とすら呼べる空気だった。
――そう。この瞬間、この場における両者の立ち位置が入れ替わったのだ。
――「狩られる側」が「狩る側」に。
――「狩る側」が「狩られる側」へと。
「お前らは……全員俺の『敵』だ。誰一人として逃しはしない。さぁーーイッツ・ショー・タイム……俺の俺による……俺のためだけのーー」
殺戮劇を。
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