【1】胃の中の君彦【完結】

羊夜千尋

文字の大きさ
9 / 37
転機

第九話 転機7

しおりを挟む
(食事、創作一つで感じ方が違うとは……)
 神楽小路にとっては「不要」と思う食事であっても、佐野にとっては「必要」な事項で、つらく悲しい時の支えとしていた。

 小説に関しても、楽しいとはいえ自分の感情を吐くため、自分のために書いている神楽小路は、読み手について深く考えたことはなかった。大学探しの際も、自分が好きで出来るのは小説を書く、それだけだと思ったからだ。大学に入学するまで、人に作品を読んでもらうということがなく、読み手という存在のことを、佐野の一言でようやく浮かんできたような気もする。だが、もし、自分が書いた作品を読んで「元気になった」と、また反対に「不愉快になった」と感情が揺さぶられた人がいたとしても、神楽小路は興味がない。
様々な学科の学生とすれ違う。どんな希望と夢を持ち、または神楽小路のように漠然と「好きだから」を理由にこの大学にやってきたのだろうか。
(いろいろ考えすぎた。佐野真綾といると、ペースを乱される)
 
 教室に到着すると神楽小路は後方窓際の席に座り、頬杖をついた。
(あいつも考えが違う俺といてどこに楽しさを感じているのだろう)
 あくびをして、パラパラとノートを見返していると、隣に誰かが座った。特に気にも留めず、授業開始を待っていると、
「すいません、神楽小路くん」
 声をかけてきたのは先ほど隣に座った男性だった。黒髪のややくせ毛、細い黒縁のメガネをかけている。服装は、きれいにアイロンがけされている白いシャツにデニム。どこか幼さの残る大きな黒目が特徴的だが、どこにでもいそうという感想を持ってしまう。だがしかし、なぜか見覚えがあると神楽小路が首をかしげていると、無表情ながらもあわてた声色で、
「僕は、君と同じ文芸学科一回生の駿河総一郎するが そういちろうです。英語の授業では斜め後ろの席ですね」
「あぁ……」と、既視感の謎が解けて、納得してから、
「何か用か?」
「申し訳ないのですが、教科書を忘れてしまいまして。一緒に見せてもらえないですか?」
「それくらいかまわんが」
「ありがとうございます。あまり教科書を使う授業ではないですが、たまに教科書の図を見てご説明されるので」
「うむ、たしかに」
 教科書を二人の間に置く。しばし、沈黙のあと、
「先日、神楽小路くんが提出された小説、読みましたよ」
「『文章表現』の課題のか?」
「そうです。特に『怒り』がテーマの短編作品。虚弱体質ゆえに神への生贄に選ばれ、生きたまま燃やされている主人公の独白で始まり、終わる。家族や、周りの人々、世界への答えのない、際限ない怒り。火力が上がるとともに主人公の怒りのボルテージも上がっていく。登場人物一人だと物語に深みが出しづらいものですが、読みごたえがありました。終盤に入る時のセリフ……『お前たちに絶滅という言葉は生ぬるい。生贄となった俺が願ってやる。病も争いも恨み妬みも続くように。何年何十年何百年何千年に渡り、何人何十人何百人何千人と人が生まれ、死に、時に俺のように神へ捧げられたとしても、終わりのない苦しみや悲しみと共に愚かな人間の住む最低の世界が続くように』。ここから漂う負の圧はすごかったです」
「それはどうも」
 直接感想を言われることに慣れておらず、その上、セリフまで一語一句間違えず言われ、嬉しいような、恥ずかしいような複雑な感情を隠すように、髪をかき上げながらぶっきらぼうに返す。

「すいません。思わず長々語ってしまって。そういえば、最近は佐野さんとよくご一緒されてるんですね」
「課題制作の都合でな」
「ずっと神楽小路くんは孤高の存在だと思っていて。作品にもそういう雰囲気が漂ってましたし。佐野さんとお食事されてる姿をお見かけしたら、なんだか神楽小路くんはおもしろいのではと、作品の感想もお伝えしたかったですし、話しかけたかったんですよ」
「そうなのか」
「きっと今後書かれる作品にも、また違うエッセンスが盛り込まれるんだろうと密かに楽しみにしてます」
「やはり変わるものなのか」
「えっ?」
「人と関わりを持つことで、俺が書く文章は変わってしまうのか?」
 神楽小路は駿河に詰め寄る。駿河は大きな黒目を動かしながら「そうですね……」と言葉を探す。
「文章の硬さややわらかさに変化が出たり、今まで自分が目にも留めてこなかったテーマで書いたりですかね」
「なるほどな」
「変わるといっても、ネガティブなことではなく、視野が広がっていくと僕は捉えています」
「駿河総一郎、お前はあるのか? そんな経験が」
「ありますね。日本一うるさい人と出会ってから」
 駿河は苦笑いを浮かべ、だがどこか嬉しそうに言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 190万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...