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第二章【聴牌】
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きち子は大学時代の同級生。長い黒髪に整った顔立ち。そして愛くるしい瞳。しっかりしているのに、どこか抜けている様子も含め、まるでうさぎのように可愛らしい。大学内で、男子からの人気はトップクラス。冴えない僕なんか、話しかける機会すらない。まさしく、高嶺の花だった。
大学でPCの操作を教わる授業。必修科目なのに、電源の付け方から教える超初心者向けの為、とても退屈。後方の席の者はみな、ネットサーフィンやSNSで暇をつぶしていた。僕も、当時覚え始めたオンラインの麻雀ゲームにいそしんでいた。なかなか和了できずに苛立っていた時、メールが届いた。
『役は狙って作るのではなく、ツモに身を任せて役に染まっていくの』
送信者はきち子。周りを見渡すと、斜め後の席から彼女がこちらを見ている。目が合うと、ニコリと笑顔を向けてくれた。
翌週から、PCの授業ではきち子が隣に座り、麻雀について色々教えてくれた。彼女の綺麗な打ち筋を見ているだけでも勉強になった。彼女の意外な趣味を週に一度共有する。たったそれだけの時間だが、僕がきち子に恋をするには十分だった。
友人との対局中は、チャット機能で文字による会話が出来る仕様。大学を卒業後も、時々雀荘で対局した。一年前に雀荘で交わした会話と同じことが、文字チャットで行われる。
「私、結婚できない。こんな麻雀女を嫁に貰ってくれる男なんていない」
「僕が貰ってあげるよ」
「私より麻雀の弱い男と結婚する気はない」
きち子と僕は、ランダムにマッチングされた他2人のプレイヤーから点棒を吸い上げるように和了を重ねる。大学時代にきち子から鍛えられた僕は、卒業後も確実に強くなった。例え相手が彼女でも、簡単には負けないはず。
迎えたオーラス。トップのきち子を、なんとか追いかけている。まだ逆転だって狙える。今日こそ、彼女に勝ってプロポーズを受け入れてもらう。そしてこのまま彼女の元へ迎えに行く。そう思うと、かつてないほど集中できた。
気づくと全身から汗が噴き出している。それほど興奮しているのか、それとも石油ストーブの火が熱すぎるのかもしれない。それに息が苦しい。集中しすぎて息をするのを忘れていただろうか。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。すると、つきあがるような感覚が身体を走る。僕は額の汗を袖で拭うと、再びモニターに集中する。
一向聴以降ツモが悪い。捨て牌を見る限り、既にきち子の手は整っている。
「ポンにゃ!」
一か八か、鳴いてテンパイ。これで立直が出来ない。和了してもドラを乗せなければ逆転出来ない。ならばドラを作ればいい。その上でリャンピンを待つだけ。これだけ追い込まれているのに、なぜか自信があった。
残りの牌も僅か。徐々に自信が薄れ不安が濃くなる。やはりきち子に勝つのは難しいのか。和了するだけでは逆転出来ない。焦りと暑さで頭痛と眩暈がしたその時、チャンスが来た。
「カンにゃ」
さっき鳴いた牌にカンを乗せる。これでドラが増える、逆転の芽が出る。嶺上牌が画面に表示される。そこには、きち子のまんまるの瞳のように、黒いまん丸が二つ。
リャンピン。嶺上開花だ。これで逆転だ。頭の中に、きち子との思い出が駆け巡る。それはまさに走馬灯の如く。あれは、去年のクリスマスの夜。
お互い仕事が忙しくて会う機会が減ったが、クリスマスだからと強引に呼び出した。しかし、どこに行っても混雑していて入れない。結局、自宅近く、いつもの雀荘に行った。
カウンターに置かれた小さなツリーだけが、今日はクリスマスであることを告げている。そんな殺風景でムードのかけらもない雀荘で、二麻の対局。クリスマスに男女二人。そんな対局だったからか、珍しくきち子がため息を吐いた。
「私、結婚できない。こんな麻雀女を嫁に貰ってくれる男なんていない」
「僕が貰ってあげるよ」
「私より麻雀の弱い男と結婚する気はない」
迎えたオーラス。珍しく僕がリード。配られた牌もよく、手早く安い役でテンパイに持ち込む。あえて立直はせずに両面で待つ。勝ちを確信した僕は、安堵した気持ちで話しかける。
「僕、強くなったでしょ?今日は勝つよ。だから、この後二人で…」
そんな僕の言葉を聞いていないかのように、きち子はカンを宣言して、嶺上牌をツモる。そして時計を見て言った。
「23時半か、まだ終電あるな。電車で帰る」
『電車で帰る』
暗槓子を電車のように横へ滑らせることからついた用語。そして、その言葉の意味は…
「嶺上開花」
最後の最後に逆転された。そして、振られた。一人電車に乗るきち子を駅で見送った。この時、僕は知らなかった。彼女が、遠くへ行ってしまうことを。
思わずキーボードをタイプする。
「きち子、今からそっちへ行くよ。結婚しよう」
一年越しにやり返した。しかもあの役で。
タイピングを続ける
「嶺上開花」 ドーー-ン
爆発の衝撃に身体が揺らぐ。もう、麻痺したのか熱さは感じないし、呼吸が出来ているのか自分でも分からない。意識が朦朧とするが、『ツモ』を宣言するまで、倒れるわけにはいかない。
右手をキーボードからマウスへ移す。『ツモ』が表示されたらクリックする為に。勝った、やっと勝った。
大学でPCの操作を教わる授業。必修科目なのに、電源の付け方から教える超初心者向けの為、とても退屈。後方の席の者はみな、ネットサーフィンやSNSで暇をつぶしていた。僕も、当時覚え始めたオンラインの麻雀ゲームにいそしんでいた。なかなか和了できずに苛立っていた時、メールが届いた。
『役は狙って作るのではなく、ツモに身を任せて役に染まっていくの』
送信者はきち子。周りを見渡すと、斜め後の席から彼女がこちらを見ている。目が合うと、ニコリと笑顔を向けてくれた。
翌週から、PCの授業ではきち子が隣に座り、麻雀について色々教えてくれた。彼女の綺麗な打ち筋を見ているだけでも勉強になった。彼女の意外な趣味を週に一度共有する。たったそれだけの時間だが、僕がきち子に恋をするには十分だった。
友人との対局中は、チャット機能で文字による会話が出来る仕様。大学を卒業後も、時々雀荘で対局した。一年前に雀荘で交わした会話と同じことが、文字チャットで行われる。
「私、結婚できない。こんな麻雀女を嫁に貰ってくれる男なんていない」
「僕が貰ってあげるよ」
「私より麻雀の弱い男と結婚する気はない」
きち子と僕は、ランダムにマッチングされた他2人のプレイヤーから点棒を吸い上げるように和了を重ねる。大学時代にきち子から鍛えられた僕は、卒業後も確実に強くなった。例え相手が彼女でも、簡単には負けないはず。
迎えたオーラス。トップのきち子を、なんとか追いかけている。まだ逆転だって狙える。今日こそ、彼女に勝ってプロポーズを受け入れてもらう。そしてこのまま彼女の元へ迎えに行く。そう思うと、かつてないほど集中できた。
気づくと全身から汗が噴き出している。それほど興奮しているのか、それとも石油ストーブの火が熱すぎるのかもしれない。それに息が苦しい。集中しすぎて息をするのを忘れていただろうか。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。すると、つきあがるような感覚が身体を走る。僕は額の汗を袖で拭うと、再びモニターに集中する。
一向聴以降ツモが悪い。捨て牌を見る限り、既にきち子の手は整っている。
「ポンにゃ!」
一か八か、鳴いてテンパイ。これで立直が出来ない。和了してもドラを乗せなければ逆転出来ない。ならばドラを作ればいい。その上でリャンピンを待つだけ。これだけ追い込まれているのに、なぜか自信があった。
残りの牌も僅か。徐々に自信が薄れ不安が濃くなる。やはりきち子に勝つのは難しいのか。和了するだけでは逆転出来ない。焦りと暑さで頭痛と眩暈がしたその時、チャンスが来た。
「カンにゃ」
さっき鳴いた牌にカンを乗せる。これでドラが増える、逆転の芽が出る。嶺上牌が画面に表示される。そこには、きち子のまんまるの瞳のように、黒いまん丸が二つ。
リャンピン。嶺上開花だ。これで逆転だ。頭の中に、きち子との思い出が駆け巡る。それはまさに走馬灯の如く。あれは、去年のクリスマスの夜。
お互い仕事が忙しくて会う機会が減ったが、クリスマスだからと強引に呼び出した。しかし、どこに行っても混雑していて入れない。結局、自宅近く、いつもの雀荘に行った。
カウンターに置かれた小さなツリーだけが、今日はクリスマスであることを告げている。そんな殺風景でムードのかけらもない雀荘で、二麻の対局。クリスマスに男女二人。そんな対局だったからか、珍しくきち子がため息を吐いた。
「私、結婚できない。こんな麻雀女を嫁に貰ってくれる男なんていない」
「僕が貰ってあげるよ」
「私より麻雀の弱い男と結婚する気はない」
迎えたオーラス。珍しく僕がリード。配られた牌もよく、手早く安い役でテンパイに持ち込む。あえて立直はせずに両面で待つ。勝ちを確信した僕は、安堵した気持ちで話しかける。
「僕、強くなったでしょ?今日は勝つよ。だから、この後二人で…」
そんな僕の言葉を聞いていないかのように、きち子はカンを宣言して、嶺上牌をツモる。そして時計を見て言った。
「23時半か、まだ終電あるな。電車で帰る」
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「嶺上開花」
最後の最後に逆転された。そして、振られた。一人電車に乗るきち子を駅で見送った。この時、僕は知らなかった。彼女が、遠くへ行ってしまうことを。
思わずキーボードをタイプする。
「きち子、今からそっちへ行くよ。結婚しよう」
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タイピングを続ける
「嶺上開花」 ドーー-ン
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