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第二話 紅梅《最後の願い》
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翌日は、6日ぶりの休みだった。現代日本人が作ったゲームなので基本的に1週間に1回は休みがある。でも週休二日ではないのがシビアだ。ちなみに前の休みは真波さんの指名の前日にもらったのだが、結局一日ゴロゴロして終わったのだった。たまには俺だって惰眠をむさぼりたい日もある。
しかし今日はそういうわけにもいかなかった。俺はいつものように朝食を食べ、支度を済ませた。裏付けを取るために、まずは劉珠宝店に行って、聞き取りをしてみよう。
そしてふと、何か手土産を持っていったらどうだろう、と思い付いた。手土産……座卓の上に置いた落雁の箱をじっと見る。人からもらったものを横流しするのはよくないが、背に腹は変えられない。洸永遼に心の中で謝りながら、俺はそれと、もうひとつ、自分で買ったものとを懐に入れた。
外はすっきりと晴れたいい天気だった。まだ昼前だからか、大通りを行きかう人もまばらだ。劉珠宝店は既に営業していて、ほっとして中に入る。中に客はひとりもおらず、奥の棚のすぐそばで、劉さんが商品の並べ替えをしていた。俺を見て微笑み、「おはようございます」と拱手する。
「今日はどんなご用事ですか?」
「あの。洸永遼さんと一緒に、白点心舗に行ってきたんです。とっても美味しかったので、また買っちゃいました」
落雁の入った箱を見せると、劉さんは眉を下げて福々しい笑みを浮かべた。
「それはそれは、ようございました」
「お礼に、差し上げます。劉さんももちろん召し上がってると思うんですけど」
箱を差し出すと、劉さんは「ああ、ありがとうございます。そんなお気遣いを」と恐縮したように言った。
「美味しいものって何度食べてもいいですよね!」
にこっと笑って言うと、劉さんは「そうですね」と頷いた。この後もなるべく自然に話を続けたい。俺は注意深く言葉を選んだ。
「あのお店は最近出来たそうですけど、白点心舗は大禍の前にもこの街にあったんですってね。洸さんから聞きました。昔から陶嘉さんが店主だったんですか?」
すると劉さんは首を横に振った。
「いえ、昔は先代でしたよ。白点心舗はもともとうちの隣でね。点心全般を扱っていたんですが、先代が引退するときに、息子の陶嘉さんが、甜点心を中心にしたいと言いだして。見たこともないものを、たくさん作っていたものですよ」
……甜点心とは? まあいいか。しかし、まさかお隣さんだったとは。
「……じゃあ、いまのお店は移転したってことですか?」
「はい。大禍で街は荒れましたから、いろんな店が変わりましたよ。最近白さんが戻ってこられて、別の場所に、新しく店を作ったんです」
劉さんは少し寂しげに、しかし穏やかに答えてくれる。そこで知らない振りして聞いてみた。
「へえ。白さんも、大禍のときはさぞかしたいへんだったんでしょうね……」
すると劉さんの眉がぎゅっと寄せられた。
「……そうですね」
「……お隣さん同士で励ましあったりも?」
そう言うと、劉さんは沈黙し、小さく首を振った。
「……いえ。白さんは丁度、街を出ていたみたいで」
思わず唾を飲み込んだ。やはり大禍のとき、白陶嘉は街にいなかったのだ。黙った俺の反応をどう受け止めたのか、劉さんは切なげに微笑んで、言った。
「あの頃のことは思い出したくもないですが、白さんがひどい目に合わなかったことは、よかったと思いますよ」
その言葉を聞いて、胸の奥に何かがこみ上げた。この人は、大禍のとき、どんな思いをしたのだろう。けれどそれをすべて呑み込んで、いまもここで商売をしている。……その強さ。
「……劉さんも。お元気で、本当によかったです」
――辛いことを思い出させてしまって、ごめんなさい。騙すように情報を聞き出したりして。
ふいに罪悪感を覚えた。何か、罪滅ぼしができないだろうか。ふと棚の上を見ると、くすんだ橙色に、猫らしき生き物の模様が染め抜かれた風呂敷が目に入った。ほんのささやかな、自己満足じみた行為かもしれないが。
「……あの、これ、ください」
風呂敷を指さすと、劉さんは柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。ちょっとお待ちくださいね」
……そして俺の金はまた減ったが、マイ風呂敷は前から欲しかったのだ。こうしてこの世界で、自分のものが一つずつ増えていく。それもまた悪くない。
その後、白さんの店に行った。正直、歓迎されないだろうなあ、と思いながら。
店の近くから中を窺うと、あの若い店員がいた。また呼び出して貰おうか、とも思ったが、もしかすると白さんは呼び出しに応じてくれないかもしれない。その可能性に気づいて心が沈んだ。
しかし店員はひとりらしいし、休憩に入るときには白さんが店頭に出てくるかもしれない。ちょうどお昼どきだし、待ってみようか。
しばらくその辺りをうろうろしていると、中からなんと白さんが出てきた。あれ、どこかに行くのかな。声をかけてみようかな、と思っていると、「……君」と声をかけられた。
「はい?」
「……何か、ご用ですか。ずっと店の前にいらっしゃいますよね」
……見つかってた!!
「あ、ごめんなさい……。あの、白さんとお話したくて。でも、あの、忙しいかなって思って……」
しどろもどろに言うと、白さんは「はあ」とため息をついた。……ていうかもう言っちゃってるよ、はあって。
「あの、少しでいいので、お時間いただけませんか?」
必殺上目使い、をしてみた。効くかは不明だ。それが功を奏したのかどうか、白さんは無言のまま俺を誘い、店の中に入っていった。
しかし今日はそういうわけにもいかなかった。俺はいつものように朝食を食べ、支度を済ませた。裏付けを取るために、まずは劉珠宝店に行って、聞き取りをしてみよう。
そしてふと、何か手土産を持っていったらどうだろう、と思い付いた。手土産……座卓の上に置いた落雁の箱をじっと見る。人からもらったものを横流しするのはよくないが、背に腹は変えられない。洸永遼に心の中で謝りながら、俺はそれと、もうひとつ、自分で買ったものとを懐に入れた。
外はすっきりと晴れたいい天気だった。まだ昼前だからか、大通りを行きかう人もまばらだ。劉珠宝店は既に営業していて、ほっとして中に入る。中に客はひとりもおらず、奥の棚のすぐそばで、劉さんが商品の並べ替えをしていた。俺を見て微笑み、「おはようございます」と拱手する。
「今日はどんなご用事ですか?」
「あの。洸永遼さんと一緒に、白点心舗に行ってきたんです。とっても美味しかったので、また買っちゃいました」
落雁の入った箱を見せると、劉さんは眉を下げて福々しい笑みを浮かべた。
「それはそれは、ようございました」
「お礼に、差し上げます。劉さんももちろん召し上がってると思うんですけど」
箱を差し出すと、劉さんは「ああ、ありがとうございます。そんなお気遣いを」と恐縮したように言った。
「美味しいものって何度食べてもいいですよね!」
にこっと笑って言うと、劉さんは「そうですね」と頷いた。この後もなるべく自然に話を続けたい。俺は注意深く言葉を選んだ。
「あのお店は最近出来たそうですけど、白点心舗は大禍の前にもこの街にあったんですってね。洸さんから聞きました。昔から陶嘉さんが店主だったんですか?」
すると劉さんは首を横に振った。
「いえ、昔は先代でしたよ。白点心舗はもともとうちの隣でね。点心全般を扱っていたんですが、先代が引退するときに、息子の陶嘉さんが、甜点心を中心にしたいと言いだして。見たこともないものを、たくさん作っていたものですよ」
……甜点心とは? まあいいか。しかし、まさかお隣さんだったとは。
「……じゃあ、いまのお店は移転したってことですか?」
「はい。大禍で街は荒れましたから、いろんな店が変わりましたよ。最近白さんが戻ってこられて、別の場所に、新しく店を作ったんです」
劉さんは少し寂しげに、しかし穏やかに答えてくれる。そこで知らない振りして聞いてみた。
「へえ。白さんも、大禍のときはさぞかしたいへんだったんでしょうね……」
すると劉さんの眉がぎゅっと寄せられた。
「……そうですね」
「……お隣さん同士で励ましあったりも?」
そう言うと、劉さんは沈黙し、小さく首を振った。
「……いえ。白さんは丁度、街を出ていたみたいで」
思わず唾を飲み込んだ。やはり大禍のとき、白陶嘉は街にいなかったのだ。黙った俺の反応をどう受け止めたのか、劉さんは切なげに微笑んで、言った。
「あの頃のことは思い出したくもないですが、白さんがひどい目に合わなかったことは、よかったと思いますよ」
その言葉を聞いて、胸の奥に何かがこみ上げた。この人は、大禍のとき、どんな思いをしたのだろう。けれどそれをすべて呑み込んで、いまもここで商売をしている。……その強さ。
「……劉さんも。お元気で、本当によかったです」
――辛いことを思い出させてしまって、ごめんなさい。騙すように情報を聞き出したりして。
ふいに罪悪感を覚えた。何か、罪滅ぼしができないだろうか。ふと棚の上を見ると、くすんだ橙色に、猫らしき生き物の模様が染め抜かれた風呂敷が目に入った。ほんのささやかな、自己満足じみた行為かもしれないが。
「……あの、これ、ください」
風呂敷を指さすと、劉さんは柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。ちょっとお待ちくださいね」
……そして俺の金はまた減ったが、マイ風呂敷は前から欲しかったのだ。こうしてこの世界で、自分のものが一つずつ増えていく。それもまた悪くない。
その後、白さんの店に行った。正直、歓迎されないだろうなあ、と思いながら。
店の近くから中を窺うと、あの若い店員がいた。また呼び出して貰おうか、とも思ったが、もしかすると白さんは呼び出しに応じてくれないかもしれない。その可能性に気づいて心が沈んだ。
しかし店員はひとりらしいし、休憩に入るときには白さんが店頭に出てくるかもしれない。ちょうどお昼どきだし、待ってみようか。
しばらくその辺りをうろうろしていると、中からなんと白さんが出てきた。あれ、どこかに行くのかな。声をかけてみようかな、と思っていると、「……君」と声をかけられた。
「はい?」
「……何か、ご用ですか。ずっと店の前にいらっしゃいますよね」
……見つかってた!!
「あ、ごめんなさい……。あの、白さんとお話したくて。でも、あの、忙しいかなって思って……」
しどろもどろに言うと、白さんは「はあ」とため息をついた。……ていうかもう言っちゃってるよ、はあって。
「あの、少しでいいので、お時間いただけませんか?」
必殺上目使い、をしてみた。効くかは不明だ。それが功を奏したのかどうか、白さんは無言のまま俺を誘い、店の中に入っていった。
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