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第二話 紅梅

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 桃饅頭はいわゆる、外はもちもち中はしっとりでとても美味かった。丁寧に作られた餡は甘さも丁度よく……ではなく。
 俺と洸永遼は無言のまま桃饅頭を食べて茶を飲み干し、店を出た。
「……急ぎすぎたかな」
 洸永遼がぽつりと呟く。
「……いえ。僕なら認めていたと思いますよ」
「そうか」
 見るからにしょんぼりしている。気の毒になって立ち止まり、彼を見上げた。身長差が10cm以上あるのですこし見上げる形になる。ちなみに俺の公式設定は実は172なのだが、攻の皆さんの設定はかなりでかい。
「あの。僕、押し花を預かってもいいですか? もういちど、白さんと話してみたいんです。息子さんであるあなたには、言えないこともあるのかも」
 昔のこととはいえ、浮気相手だった人の息子が訪ねてくるのは、それ自体恐怖じゃないだろうか。ほんとに『紅梅』じゃないなら仕方ないけど、あの雰囲気はそうでもない気がするし。
「……たしかにそうだな」
 洸永遼は胸元から押し花と、先程買った落雁の小箱を取りだし、俺に差し出した。
「これもあげるよ。君は甘いものが好きみたいだから」
「あ。ありがとうございます」
 思わず受け取る。嬉しいけど、実はまだ買ったのが部屋にある。まぁ甘いものはいくつあってもいいか。
「悪いけど、頼む。……またすぐに会いに行くから」
「はい。お待ちしてます」と言うと、洸永遼はきょとんとして、俺のあたまを撫でた。
「……社交辞令が言えるようになったじゃないか」
 ……俺は彼にそんなに無礼だったっけ?

 その夜。布団の中で考えた。白さんはなぜ頑なに、『紅梅』であることを否定したんだろう。昔の話だし、『紅梅』が愛人であった証拠もないのだから、親しくしていたと認めたっていいはずだ。
 洸斉永の帳面の、破られたページを思い出す。20年前の鶴汀楼での事件、そして汀渚の街への侵攻。街にいた人たちは巻き込まれて苦しんだ。しかし洸斉永は巻き込まれず、街の外から支援をしていたらしい。そして白淘嘉は、洸さんたちと一緒に避難している……。
 俺はふと違和感を覚えた。

 ……あの日。二人ともが、街にいなかったとしたら?

 前に秋櫻から、街で働く人は、独身者は住み込み、妻帯者は別の街に自宅があり、通いだと聞いた事がある。菓子屋は仕込みもあるし、若い職人なら街に住み込みだったと考えるのが自然だろう。
 もしかして白淘嘉と洸斉永が、その日街から離れて逢い引きしていたのだとしたら?
 スマホもネットもない世界だ。街の悲劇が伝わるまでには時間を要しただろう。惨状を聞いたふたりは、一体どう思ったのだろうか。
 乱暴に破られたページは、洸斎永の苛立ちか、贖罪か、決意か。
 作られた「白梅」は、白淘嘉の未練か、葬送か。
 ……葬送? 
 ……たまらず身を起こした。俺の元いた世界では白は祝いだが、ここでは縁起が悪い色だという。だったら白梅はどうなんだろう。
「……また、眠れないの?」
 隣から、秋櫻の声がした。はっとしてそちらを見ると、窓の隙間から差し込む薄明かりで、秋櫻がこちらを見ているのがわかった。
「ごめん、起こした?」
「ううん、僕、眠りが浅いから、すぐ起きちゃうんだ。おかげで雪柳が悩んでるのにもすぐ気づける」
 ふふ、と小さな笑いが空気を揺らす。本当は眠ってほしいが、今は聞きたいことがあるのでありがたい。
「ありがと。……あのさ、秋櫻は白梅って縁起悪いと思う?」
 すると秋櫻は不思議そうに言った。
「ん? そんなことないよ? 皆好きだと思うし僕も好き」
「でも、白って縁起悪い色なんだろ?」
「うん。お葬式の印象が強いよね。でも白梅は特別だし、花については、色もあるけど種類のほうが重要な気がするよ」
「そっか……」
「どうしたの? 何、悩んでるの?」
 心配そうな声にはっとする。共感性の高い秋櫻に、心配をかけるわけにはいかない。
「大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ。もう寝よう」
「……うん。一緒に寝よ?」
 再び布団に横たわった。薄闇の中、秋櫻の細い腕が伸ばされる。それをそっとつかむと、きゅっと指が絡まった。
 ……優しくてかわいい秋櫻。俺の癒しだ。
「おやすみ、秋櫻」
 俺はとても穏やかな気持ちになって、目を閉じた。
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