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第二話 紅梅

11-3(終)

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 洸永遼に知らせたくても、俺は彼の連絡先を知らない。しかたなく、俺は彼を待つことにした。翌日、また慌ただしく日常業務をこなし、夜にお客様をひと通りフロアに案内したところで、業務終了。……と思ったとき。
 フロアの入口から姿を現したのは、洸永遼だった。俺を見つけて手を上げる。
「雪柳」
 ここのシステムでは、男妓を貸し切るためには予約が必要なのだという。しかし、当日来ても目当ての男妓が空いていれば指名可能らしい。もちろん俺は基本的に空いているわけで。
「今夜、君を指名したい。いいかな」
 彼の後ろには鶴天佑がいて、こっそり拱手しているのが見えた。おそらく今日は急にやってきたのだろう。でも今日に限ってはちょうど良かったので、俺は頷いた。

 彼を伴い、皐月のための部屋に入った。正直今日の俺はバッチリ化粧をしているわけでもないし、髪型だっててっぺんでお団子にして、ささやかな飾りをつけている程度。完全なるモブ仕様だ。それでもいいならと開き直った。
 しかし部屋に入るなり、後ろから抱きしめられて、俺は驚いた。
「雪柳。……ありがとう」
「え?」
 彼は俺の肩口に顎を載せるようにして言葉を続けた。耳に直接美声を吹き込むのはやめてくれ。
「白さんから連絡があった。……紅麹を頼みたいと。新商品として『紅梅』を作るそうだ。……君が、頼んでくれたんだろ」
 なんと、彼は早くも動いてくれたのか。俺は嬉しくなって頷いた。
「……はい。押し花も受け取ってくださって。嬉しいな」
「まったく、どんな術を使って、彼の心を溶かしたんだ?」
 聞かれて、首を横に振る。
「術だなんて。白さん、息子のあなたに、お父さんの恋人だったことを伝えたくなかったそうです。けれど、あなたはちゃんと納得ずくであることを伝えました」
「そうか……」
「あなたは前に、恋愛感情を持つのは自由だっていうようなことを言ったでしょ。そういう考えの方だから、大丈夫だって」
 ……後半はちょっと創作した。本当のことは言わないと約束したから。
「ふふ。君って子は……」
 洸永遼は俺の肩を掴み、くるりと彼の方に向かせた。見上げた彼は今日もイケメンだが、なぜか両方の袖を紐で縛っていて、筋肉質な二の腕がむき出しだ。その腕を見ていると、彼は「あ」と言って、しゅるりと紐を解いた。
「すまない。仕事を急いで終えて、すぐここに来た。君と話したかったから」
 照れたように笑う。そして改めて俺を見つめた。
「ずっと、父は遠い存在だった。仕事ばかりで趣味もない。金なら余るほどあるのに、使う先といえば事業の拡大くらい。正直、なにが楽しくて生きているのかと思っていた」
 真面目すぎる父の反動で、彼は口説き文句メーカーになってしまったのかと思ったが、もちろんそんなことは言わない。
「ようやく、父もひとりの人間だったと、思えた。父と秘密を共有できたことが、嬉しい」
 普通は過去の話とはいえ、父親が浮気していたなんて嫌だろう。……俺には理解し難いが。
「でも……その、衝撃じゃないですか、父親がほかの人を愛していたっていうのは」
 やっぱり納得できずに聞いてみた。彼は笑って、俺の頬に手を添えた。
「私はね。父は……人を愛したことがないのではと思っていた。ほぼ別居だったし、会った時にも表情ひとつ動かさない。怒られたこともないが、優しい言葉をもらった覚えもない。けれど人を愛したことがあるならば。私たちをもまた、愛してくれていたのかもしれない。それに……」
 そして、すっと俺の唇を指でなぞる。
「言っただろう? 純愛に興味がある、と」
「えっ?」
「一生に一度でも、忘れられないほどの愛を得てみたいと思っていた。あの父がそれを出来たなら、私にだって。……そしてその相手は……君がいい」
「えええっ!?」
 驚いて彼を見ると、彼は蕩けそうなほど甘い微笑みを浮かべて俺を見て、ぐっと俺の腰を抱き寄せた。そしていきなり身体が宙に浮かぶ。
「うわっ!?」
 思わず叫んだのにも構わず運ばれて、ベッドにまた投げられた。
 そして顔の横に手を付かれ、顔を覗き込まれる。また、胸が苦しくなり始める。彼は俺の耳元で、恐ろしいほど魅力的な低音ボイスで囁いた。
「大丈夫だよ。無理やりしたりしない。ただ……君を蕩けさせるのは私だから」

 …………神様。俺は貞操を守ることができるんでしょうか。
 伸し掛る重みを感じながら、俺はどこかにいるかもしれない神に向かって問いかけた。



 その後、「紅白梅」のお菓子がセットで販売され、恋のお守り菓子として人気を博したのは、また別の話。



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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
第2話はこちらで終了です。
次回は秋櫻目線の短いお話、そのあとは第三話「雪柳」開始予定です。
お気に入り、エール、ご感想など頂けるととても喜びます。
よろしくお願いいたします。
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