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知識と人望がなさすぎる

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「あらっ!? 何よこれ! あなた『夏恋ちゃん』ね!?」

会議室のような殺風景な部屋に立つ、どこか怯えた女の子――『カレン様』は、大いに取り乱していた。

「わ、私は戻らないわよ! やっと願いが叶った……ような気がする……不思議だけど、そういうことなんだから! もうひとりぼっちで張り詰めた生活はしたくないの!」
「えっ?」

『カレン様』は一方的に叫ぶと、シュンッと空間から消えた。
残ったのは何もないガランとした部屋と私だ。

「いや、わけがわかりませんがな……もうちょっと、説明……そもそもあなた誰……」

呼び掛けても返事はなし。カレン様は再び現れたりしなかった。
しかしあの薄紫色の髪、目の前で見たら何か引っかかる。既視感というやつだ。

ふと思い浮かんだのは、日曜の夜。
覚えのないアプリ。
起動してみたらそれは、イケメンと恋する女子向けのゲームだった。
確か魔法の学校に入学するとかなんとかで……と、あれ。主人公の女の子、髪が紫だったかも。というか名前も「カレン」だったような。そうそう、名前私と一緒かよ!それで私のスマホに誰か勝手に入れたんだな、と思ったような。

えーと確か、主人公のカレンはお嬢様で、魔法の学園に入学した理由は……「魔力あり・性質不明」の判定をされたから、という設定だった。

そう、ゲームは魔法がある世界のお話で、性質がはっきりした魔法が使える人間は「魔法使い」として、専門の魔法学校に通うことになっている。
しかし魔法の性質が不明、かつ魔力が程々という魔法使いには至らない人間は、主に魔力の制御を学ぶための学校「王立ルーン学園」に通う。……そういえば、さっき帰宅したこの部屋は「ルーン学園」の寮の自室の背景とそっくりだ。カレンはお嬢様だから、メイドを伴って個室を貰っている。

それはいいけど、なんで私が「カレン」になっているのか?
謎すぎる。まさか寝る前のも夢かな?


 *


「おはようございますカレン様」
「おはー……って、あちゃー、夢じゃなかったか……」

起きても私は「カレン様」のままだった。部屋も、ゲームの寮の部屋だ。
愛想の悪いメイドさんも健在。

「遅刻しますから早くお支度なさってください」
「ういうい……」
「……相当強く頭を打ったんですか?」

一夜明けて今更心配そうな彼女に手伝ってもらって、朝食を食べ身支度をする。
ひっつめ頭にされそうになり、私は慌ててメイドさんを止めた。

「どうなさったのですか」
「あのー、今日は髪型変えたいんですが」
「ああ、たんこぶが痛むんですね」
「あー、まあそうね……」

違うけどいいや。
ドレッサーの前に座った「カレン様」は、結構な美少女だった。
もっさりしたお年寄りカラーのワンピースを着ていても、色白でほっそりしていて可愛かった。ちょっと猫背の癖がついてる感が残念だったので、背筋を伸ばして椅子に座ってみる。
うーむ、お嬢様っぽ~い。

「ではゆるく結んでおきます」

ワンピースと同じ小豆色の布で髪を一つに括ってもらうと、瓶底眼鏡を渡される。ナチュラルにそれを着けようとして、私は気づいた。
これ、伊達眼鏡じゃん!?
カレン様、視力は普通に良いじゃん!

「あのー。私、これってなんで掛けてるんだっけ」

聞いてみると、メイドは「やっぱり頭を打ったから…」と声に出さずに醸し出した後、「ご自分で作らせたじゃないですか。目つきが悪いから隠したいとか言って」と教えてくれた。

目つきが悪い?

もう一度鏡を見る。
カレン様の目は少し釣っているが、菫色の綺麗な目だ。むしろ猫目でちょうどいいんじゃなかろうか。少なくとも私・山田夏恋からすると、この顔に生まれたら不満はない。
山田夏恋もブスではない(はず)だけど、めちゃめちゃ美人ではない。
カレン様はハーフ系の、ツンとした綺麗め美人である。
どうしてひっつめ頭に眼鏡でわざわざ地味を装っていたのかわからない。

「めっちゃ美人なのにね」
「遅刻しますよ」

鏡の前でまじまじと顔を見ていたら、呆れた声で急かされた。


 *


「こんなファンタジー意味不明現象が起きてても、学校って行かなきゃいけないんだな~……」

昨日の今日だ、病欠いけるだろ。
そう思いついたもののメイドはやたらめったら厳しく、私は「カレン・スミス嬢」として講義室の席に座っていた。
授業内容は魔力制御についてのうんちゃらかんちゃら……意味不明。昨日までの続きってことなら、わからないのも仕方ない。私は山田夏恋であって、脳みそまでカレン・スミスじゃないんだから。

……だめだ無理、寝よ。


 *

コンコン、と近くで木を叩く音がする。

「……おい。具合が悪いのか」
「はい~……?」

昨夜みたいに夢にカレン様が出てきて事情を説明してくれないかな、と思って居眠りをしたけれど夢など見なくて、代わりにイケメンが私の机を指先で小突いていた。

「……あ、昨日の……」
「クラスメイトに対して、昨日の、とはなんだ」

クラスメイト。まじか。同い年ってこと?
昨日は混乱して注目していなかったけど、イケメンは相当な美形だった。なんというか気品がすごい。王子様味がほとばしっている。
そして、今日もムッとした顔をしている。
……もしかして、昨日逃げたのを怒ってるんだろうか。確かに、お礼が適当だったかもしれない。

「あー、えーっと……昨日、ありがとね。お礼テキトーでごめん、なんか混乱してて」

頭打ってたし許してね、テヘ!
みたいなノリで、とりあえず謝り直す。クラスメイトならこのくらいが自然だろうと思ったんだけど、なぜか講義室がザワッとした。

「えっ……ちょっと、スミスさんどうしたの……?」
「殿下にあの口調……」
「転んで頭を打ったというのは本当らしいな……」
「今日は格好も違うし……」

しかもヒソヒソ聞こえてくるだけで、誰も直接私に話しかけてはこない。
正直な感想、「引かれてる」という雰囲気である。なにこれ凹む。どういうこと? カレン様って嫌われてるの?

「……あ、そういえば『ひとりぼっちで張り詰めた生活』とか言ってたっけ」

あれってまさか「友達がいない」とか「クラスで浮いてる」って意味だった?
こ、困るー。
いくら美人でも、そんなアウェーな状況。元の私はそこそこ友達多い方で、高校進学も割と上手く行ったなって一安心してた頃だったのに!

とりあえず周囲の様子から、この黒髪イケメンへの口調が失敗だったと推測する。
そもそもカレンはお嬢様だった。こんなにフランクな話し方はしなかったのかもしれない。
えーと、ゲームの感じ思い出して……

「ご、ごめんなさい。私、あなた様に失礼ばかりですね……許してくださいませ。その、デンカ様?」

デンカって何? 名前?

ともかく申し訳ない気持ちを表現して、少し首をすくめつつ、ちらっと見上げて謝る。
デンカ君は、ムッとした顔のまま奥歯を噛み締め苦悩を表した。

「シャロンだ」
「は?」
「僕の名前だ。殿下様というのはなんだ、伯爵令嬢の立場で妙な冗談はよしてくれ、こちらの頭が痛くなってくる……」
「はあ」

デンカじゃなかったのか……というかもしかしてデンカって殿下かなあ。どういう時に使うんだろう、現代の女子高生山田夏恋には難しすぎマス。
イケメンが何者か知らないけど、偉い人っぽいのは確かである。名前に様つけとけばいいかな。

「シャロン様」
「……なんだ」

よし、合ってたっぽい。天才!

「私まだ少し、頭が混乱しているみたいです」
「そのようだな」

苦しい言い訳かと思いきや、シャロン様はため息を残して自分の席に戻っていった。
よかったよかった。
胸に手を当ててほっと息をつく。
なぜか私は、ものすごくホッとしていた。自分でも疑問に思うほどに。

山田夏恋である私なら、美形と話せたらキャーキャー喜んで興奮しそうなものなのに、なぜホッとしたのか……この着眼点はなかなか良いものだったと、私はその夜気づくことになる。
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