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狙った相手が悪すぎる
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ガランとした部屋。
その夜も夢を見て、私は薄い紫色の髪の瓶底眼鏡の隠れ美人――カレン・スミスと会うことができた。
「シャロン殿下とお話した……!? ちょっと、下手な行動は謹んでよ、ご無礼してないでしょうね!? もししてたら、我がスミス家は終わりよ……!」
「殿下様って言っちゃって呆れられた。ごめん」
「…………!?!?っ、!?」
カレン様は真っ青になって絶句している。
えーそんなに絶望するようなことかな?
「大丈夫、ちゃんと謝ったし、頭打った影響ってことになって問題ナシだったから」
「~~~~~~~っ、……うう……いえ、いいわ。私はもう関係ないんだから……でも、家に迷惑掛けるのは……いや、いいの、私は実家どころか世界も捨てた女よ!」
カレンは一人でブツブツ言い聞かせ、自分で自分を説得している。
私はそれを眺めている。
カレンはどうも、コミュ障というやつではなかろうか。
話しかけてもこんな状態ですぐ自分の世界に入ってしまうので、キャッチボールがあまりはかどらない……といってもそれじゃ困るので、私はカレンの両肩をガシッと掴んで思い切り揺すった。
「ねえ、そんなことよりあんたはこの状況わかってるんだよね? なんで私が『カレン』になってるか説明してほしいんだけど。元のあんたはどこいっちゃったの?」
「きゃああわかった、わかったから揺らさないで!」
言質をとったのでやめてあげると、カレンはずれた眼鏡を神経質に直しながら答えた。
「私は、その……今、あなたの世界にいる、わ」
「え?」
「だから、あなたの元いた世界にいるの。気がついたら、そこにいたのよ。大きな窓のお部屋でベッドに寝かされていて、あなたのお友達、よね……カレンって気軽に呼んで、女の子たちが心配してくれていた。それから念の為ってお医者様に見てもらって、無事に目も覚めたし大きな怪我もなさそうだからって言って……」
「ちょ、あんた私の代わりに高校生やってんのまさか」
カレンは私の体に、私はカレンの体に。
つまりはそういうことだった。薄々勘付いてはいた。
やっぱり今私がいるのはあのスマホゲーの世界で、ゲームの世界の「カレン」がいるのは私の元の生活の中。
夢の中でこうして話ができているのはさらなる謎だけど、この際それはいい。
あっちの本当の私の体も大事なく、後頭部にたんこぶ作ったくらいで元気そうだと聞いて一安心だ
「あーよかった、よーしもう一回交換しよ。それで本事件は解決。めでたしめでた……」
「嫌よ、私はヤマダとして生きていくわ! もうカレン・スミスには戻らない!」
「馬鹿言ってんじゃないよカレン・スミス、私が山田だよ!!」
昨夜の戻らない宣言、再びである。
「なんで戻りたくないの!?」
「だって……そもそも戻り方もよく……」
「それはそうだけど……お互い、よーし戻るぞって思ったら戻れるような気もす……」
これは勘だったけど、確信があった。
戻るのは多分難しくない。この夢の中でお互いが同意すれば上手くいく予感がした。
しかし、お互いの同意というのが難しかった。
「私は言わないわ! 絶対に言わない!」
カレンは何度持ちかけてもうんと言わない。
「なんでよ! 平凡な山田夏恋より、美少女の方がよくない!?」
私は、(髪の毛の色が黒か茶髪になるなら)この顔は大歓迎だ。ただし、自分の家に帰って高校生活の続きができるなら、だけどね。
カレンは瓶底を透かしてキッ!と私を睨んだ。
「平凡ですって!? あなたにはわからないのだわ! あんな……素敵な温かい気持ち……心から心配されること、労りに満ちた家族の言葉、優しいからかいと冗談……あれほど素晴らしいものを与えられたのは初めて。厳格な家に生まれ、中途半端な『不明』の魔力、友達も、ましてや、こっ……恋人もできたことがない私の気持ちなんて、あなたにわからない! これは神様が与えてくれたお恵みなの。私は絶対、ヤマダカレンとして人生を再出発していくの!!」
「は……? わかるか!!」
その家族、友達、彼氏……は今はいないけど、それ全部私のだから!
神の恵みじゃないから!
「あんたはあんたでフツーにこっちで友達なり恋人なり作ればいいでしょーが! 家族は知らないけどその他の人間関係はこの先も作れるでしょ、人の人間関係乗っ取らないでよ!」
「つっ……作れるわけないでしょう! 誰が私なんかとお友達に……こ、恋人なんかになってくれるっていうの! 無理よ!」
「なんで無理よ!」
彼氏とか眼鏡外して髪ほどけば一発じゃね!? ……いや、そういえば今日一発では無理だったわ。でも一週間もかければ友達くらいはできるだろう。
「そう、例えばさっきのシャロン様は駄目なの? そもそも助けてくれた親切な人だし、今日も授業中寝てたら『具合悪いのか』って心配してくれたよ?」
「授業中寝てた!?」
眼鏡の奥でカレンが白目を剥く。
見た目ガリ勉風なだけあって、中身もクソ真面目の模様。
「無駄に偉そうだけどかっこいいし根は優しそうじゃん、とりあえずあの人に彼氏になってもらえば? カレン様は元がいいからお洒落したらオッケーしてもらえるよ」
「ととと、とりあえず、彼氏……?」
「自分じゃ無理っていうなら、私が適当に接点増やして友達レベルくらいまで持っていってあげるからさ。上手く行けば恋人にもできるかもしれないし。ね、そしたら交換しよ。友達や恋人がいる生活がしたいんでしょ。そっちの私は今フリーだよ。んで正直、あんたの素顔ほどはモテないよ……」
友達は多いかもしんないけど……。
そう付け加えた私の肩を、さっきとは逆にカレンが掴んだ。
「お願いだから、余計なことはしないで頂戴」
「お、おう?」
「シャロン様に、まかり間違っても交際を申し込んだりしないで。……いえ、別に笑いものになるだけ……う、でも……ううん。もしあなたが本気で一生入れ替わらなくてもいい、カレン・スミスとして生きていくって決意したなら好きにすればいい。でもそうじゃないなら本当にやめて」
本気だ。目が座っている。
「私、苦手なのよ」
「何が?」
「ああいうキラキラした男性が苦手なの。わかるでしょ、あの他と違う、やけに目立つお姿。昔から嫌な予感しかしないの。近づくとろくなことがないのよ。無いとは信じたいけど、万が一また私が『そっち』に戻ってしまったりした時にとっても困るから、くれぐれもそこはお願い。シャロン様や、ああいう目立つ人に関わらないで」
地味変装が趣味な地味女子だから美形が苦手、というレベルの話ではなさそうな、そんな気迫だった。
そしてこれが昼間、シャロン様が離れていって私がホッとした理由でもあった。
カレンが彼のことを「避けたい」と物凄く強く思っているから、私にも影響があったということらしい。体は元々カレンだから、どこかにカレンの考え方や癖が残っていて本能のような働きをすると。
「でも私……本当に、絶対戻る気はないから」
ひっつめ瓶底眼鏡のカレンは、それだけ言うと初日同様に一瞬で消えた。
ちょっ、言い逃げはズルいぞ!
「もう……」
あっちの「山田夏恋」の日常生活がどうなってるかめちゃめちゃ心配だ。
なるべく早い段階で返してもらわないと勉強も遅れるだろうし、人間関係も変わってたらまずい。しかも来年は受験生である。
となると、どうすべきか。
「一刻も早く、こっちの生活をカレンが戻ってきたくなるようなリア充ライフに作り変えよう……!」
それしかない!
*
「あのー、えーと。メイドさん」
「マリアです」
「マリアさん」
「マリアで結構です」
「じゃあマリア、もうちょっと可愛い服ってない?」
翌朝私がそう言うと、彼女は「ギョッとした」という雰囲気を出した。
「この、おじいちゃん先生が着てる大昔買った背広みたいな生地がいけない気がするんだよね」
「以前は好んで着られていましたが」
「以前はね」
カレンがなぜ美少女を隠すのか聞きそびれたままだが、私は山田夏恋なのでゴワゴワしたワンピースを着たくない。
自らクローゼットを引っ掻き回し、一番マシな黒いベルベットのワンピースを着てやった。白襟のブラウスと合わせると清楚な現代お嬢様風になる。髪も、しっとりした艶のある黒いリボンで結ぶ。薄紫の規格外な髪色はモノトーンが無難だろうと睨んだが、バッチリハマっている。小豆色よりは大分似合うだろう。
まず彼氏にしても友達にしても、クラスで明らか浮く服装の女よりは、それなりにお洒落に気を使っている子の方が有利に違いない。
*
教室に入ると、昨日のように一斉にざわめきが走った。
遠巻きに伝わってくる動揺、驚愕、好奇の視線。
……あー、これはきっとあれね。
昨日は偉いイケメンにタメ口きいてドン引きという感じだったけど、今日は地味変装してたカレンが美少女だった、ってことに驚かれている気がする。
しかし相変わらず、誰も話しかけて来ない。もー、カレンの人望ときたら。
「おはよう」
「……! あ、おはよう……ございます」
背後から追い抜きざまに挨拶され、ビクッと驚いてしまった。
サラサラの黒髪と青い目。シャロン様だ……っと危ない、敬語敬語! このイケメンに失礼を働くとカレンの家が取り潰される、だったっけ。そんなことになったら最後、カレンは絶対こっちに戻るとは言わないだろう。
コンマ数秒の時差で敬語に修正したのに、シャロン様は不機嫌そうな顔でちょっと振り向き、さっさと自分の席へ行ってしまった。従者が後を追っていく。
……うーむシャロン様、愛想が良いのか悪いのかよくわからない人だ。
でも挨拶してくれただけ、現在カレンに最も親切なクラスメイトと言って過言ではない。
なのに、やっぱり今日も私は――カレンの心臓は、彼がすぐに離れて行ってくれてホッとしている。
なんでなんだろうなあ……カレン、シャロン様となんかあったのかな。次会った時聞いてみるか。
と考えていたらその日の放課後、早速理由が少しわかった。
*
「スミスさん? ちょっと来てくださる?」
金持ちそうなツンケンした女子3人組に呼び出された。カレンの友達……じゃ、ないよね。
むしろこれは……
「シャロン様に色目を使うのはよして頂戴」
リーダー格のお嬢様がドスの利いた声で言い放つ。
「髪や目の色が恥ずかしいなら、ずっと隠しておけばいいのに。どうして今になって目立たせようとしてくるのかしら?」
「古風な堅い女を演出していたつもりかしらないけど、今までずっと妙に古臭い格好で悪目立ちして、変な眼鏡で顔も隠して……そうやって殿下の気を引いておいて、ある日突然洒落気付いて、自分を元より良く見せようという魂胆なんでしょうけど」
「そうよ、それに性格だって偽っていたのね!? 卑屈な根暗女としてわざと孤立して、お優しいシャロン様の関心を引き出そうとしていたのだわ! なんて卑怯なの!」
「ちょっ、何か誤解が……」
「口ごたえなんて生意気よ!」
右端の青いワンピースドレスのお嬢様が、何やら握っていた紙切れを開くとブツブツ唱え始めた。
なんだなんだ?
ほんの数秒後、突然上から冷たいものが降ってきた。
「うわっ!?」
バッシャーッと頭から被ったのは、水らしい。
カレンの体が持つ記憶が教えてくる――これは、魔法だ。魔法で水を掛けられた。
「ふ、フフン、いい気味だわ!」
魔法を使ったお嬢様は……自分もちょっと水を被って前髪と肩半分が濡れているが、頑張って得意そうにせせら笑う。
水を避けて下がっていたリーダー格のお嬢様が、ずいっと前に出て私を睨んだ。
「これに懲りたら、今後は大人しくしておくことね。取り柄もない中流貴族のあなたがシャロン殿下に見初められようなんて、考えるだけで図々しいの。わきまえて頂戴」
その夜も夢を見て、私は薄い紫色の髪の瓶底眼鏡の隠れ美人――カレン・スミスと会うことができた。
「シャロン殿下とお話した……!? ちょっと、下手な行動は謹んでよ、ご無礼してないでしょうね!? もししてたら、我がスミス家は終わりよ……!」
「殿下様って言っちゃって呆れられた。ごめん」
「…………!?!?っ、!?」
カレン様は真っ青になって絶句している。
えーそんなに絶望するようなことかな?
「大丈夫、ちゃんと謝ったし、頭打った影響ってことになって問題ナシだったから」
「~~~~~~~っ、……うう……いえ、いいわ。私はもう関係ないんだから……でも、家に迷惑掛けるのは……いや、いいの、私は実家どころか世界も捨てた女よ!」
カレンは一人でブツブツ言い聞かせ、自分で自分を説得している。
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カレンはどうも、コミュ障というやつではなかろうか。
話しかけてもこんな状態ですぐ自分の世界に入ってしまうので、キャッチボールがあまりはかどらない……といってもそれじゃ困るので、私はカレンの両肩をガシッと掴んで思い切り揺すった。
「ねえ、そんなことよりあんたはこの状況わかってるんだよね? なんで私が『カレン』になってるか説明してほしいんだけど。元のあんたはどこいっちゃったの?」
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言質をとったのでやめてあげると、カレンはずれた眼鏡を神経質に直しながら答えた。
「私は、その……今、あなたの世界にいる、わ」
「え?」
「だから、あなたの元いた世界にいるの。気がついたら、そこにいたのよ。大きな窓のお部屋でベッドに寝かされていて、あなたのお友達、よね……カレンって気軽に呼んで、女の子たちが心配してくれていた。それから念の為ってお医者様に見てもらって、無事に目も覚めたし大きな怪我もなさそうだからって言って……」
「ちょ、あんた私の代わりに高校生やってんのまさか」
カレンは私の体に、私はカレンの体に。
つまりはそういうことだった。薄々勘付いてはいた。
やっぱり今私がいるのはあのスマホゲーの世界で、ゲームの世界の「カレン」がいるのは私の元の生活の中。
夢の中でこうして話ができているのはさらなる謎だけど、この際それはいい。
あっちの本当の私の体も大事なく、後頭部にたんこぶ作ったくらいで元気そうだと聞いて一安心だ
「あーよかった、よーしもう一回交換しよ。それで本事件は解決。めでたしめでた……」
「嫌よ、私はヤマダとして生きていくわ! もうカレン・スミスには戻らない!」
「馬鹿言ってんじゃないよカレン・スミス、私が山田だよ!!」
昨夜の戻らない宣言、再びである。
「なんで戻りたくないの!?」
「だって……そもそも戻り方もよく……」
「それはそうだけど……お互い、よーし戻るぞって思ったら戻れるような気もす……」
これは勘だったけど、確信があった。
戻るのは多分難しくない。この夢の中でお互いが同意すれば上手くいく予感がした。
しかし、お互いの同意というのが難しかった。
「私は言わないわ! 絶対に言わない!」
カレンは何度持ちかけてもうんと言わない。
「なんでよ! 平凡な山田夏恋より、美少女の方がよくない!?」
私は、(髪の毛の色が黒か茶髪になるなら)この顔は大歓迎だ。ただし、自分の家に帰って高校生活の続きができるなら、だけどね。
カレンは瓶底を透かしてキッ!と私を睨んだ。
「平凡ですって!? あなたにはわからないのだわ! あんな……素敵な温かい気持ち……心から心配されること、労りに満ちた家族の言葉、優しいからかいと冗談……あれほど素晴らしいものを与えられたのは初めて。厳格な家に生まれ、中途半端な『不明』の魔力、友達も、ましてや、こっ……恋人もできたことがない私の気持ちなんて、あなたにわからない! これは神様が与えてくれたお恵みなの。私は絶対、ヤマダカレンとして人生を再出発していくの!!」
「は……? わかるか!!」
その家族、友達、彼氏……は今はいないけど、それ全部私のだから!
神の恵みじゃないから!
「あんたはあんたでフツーにこっちで友達なり恋人なり作ればいいでしょーが! 家族は知らないけどその他の人間関係はこの先も作れるでしょ、人の人間関係乗っ取らないでよ!」
「つっ……作れるわけないでしょう! 誰が私なんかとお友達に……こ、恋人なんかになってくれるっていうの! 無理よ!」
「なんで無理よ!」
彼氏とか眼鏡外して髪ほどけば一発じゃね!? ……いや、そういえば今日一発では無理だったわ。でも一週間もかければ友達くらいはできるだろう。
「そう、例えばさっきのシャロン様は駄目なの? そもそも助けてくれた親切な人だし、今日も授業中寝てたら『具合悪いのか』って心配してくれたよ?」
「授業中寝てた!?」
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見た目ガリ勉風なだけあって、中身もクソ真面目の模様。
「無駄に偉そうだけどかっこいいし根は優しそうじゃん、とりあえずあの人に彼氏になってもらえば? カレン様は元がいいからお洒落したらオッケーしてもらえるよ」
「ととと、とりあえず、彼氏……?」
「自分じゃ無理っていうなら、私が適当に接点増やして友達レベルくらいまで持っていってあげるからさ。上手く行けば恋人にもできるかもしれないし。ね、そしたら交換しよ。友達や恋人がいる生活がしたいんでしょ。そっちの私は今フリーだよ。んで正直、あんたの素顔ほどはモテないよ……」
友達は多いかもしんないけど……。
そう付け加えた私の肩を、さっきとは逆にカレンが掴んだ。
「お願いだから、余計なことはしないで頂戴」
「お、おう?」
「シャロン様に、まかり間違っても交際を申し込んだりしないで。……いえ、別に笑いものになるだけ……う、でも……ううん。もしあなたが本気で一生入れ替わらなくてもいい、カレン・スミスとして生きていくって決意したなら好きにすればいい。でもそうじゃないなら本当にやめて」
本気だ。目が座っている。
「私、苦手なのよ」
「何が?」
「ああいうキラキラした男性が苦手なの。わかるでしょ、あの他と違う、やけに目立つお姿。昔から嫌な予感しかしないの。近づくとろくなことがないのよ。無いとは信じたいけど、万が一また私が『そっち』に戻ってしまったりした時にとっても困るから、くれぐれもそこはお願い。シャロン様や、ああいう目立つ人に関わらないで」
地味変装が趣味な地味女子だから美形が苦手、というレベルの話ではなさそうな、そんな気迫だった。
そしてこれが昼間、シャロン様が離れていって私がホッとした理由でもあった。
カレンが彼のことを「避けたい」と物凄く強く思っているから、私にも影響があったということらしい。体は元々カレンだから、どこかにカレンの考え方や癖が残っていて本能のような働きをすると。
「でも私……本当に、絶対戻る気はないから」
ひっつめ瓶底眼鏡のカレンは、それだけ言うと初日同様に一瞬で消えた。
ちょっ、言い逃げはズルいぞ!
「もう……」
あっちの「山田夏恋」の日常生活がどうなってるかめちゃめちゃ心配だ。
なるべく早い段階で返してもらわないと勉強も遅れるだろうし、人間関係も変わってたらまずい。しかも来年は受験生である。
となると、どうすべきか。
「一刻も早く、こっちの生活をカレンが戻ってきたくなるようなリア充ライフに作り変えよう……!」
それしかない!
*
「あのー、えーと。メイドさん」
「マリアです」
「マリアさん」
「マリアで結構です」
「じゃあマリア、もうちょっと可愛い服ってない?」
翌朝私がそう言うと、彼女は「ギョッとした」という雰囲気を出した。
「この、おじいちゃん先生が着てる大昔買った背広みたいな生地がいけない気がするんだよね」
「以前は好んで着られていましたが」
「以前はね」
カレンがなぜ美少女を隠すのか聞きそびれたままだが、私は山田夏恋なのでゴワゴワしたワンピースを着たくない。
自らクローゼットを引っ掻き回し、一番マシな黒いベルベットのワンピースを着てやった。白襟のブラウスと合わせると清楚な現代お嬢様風になる。髪も、しっとりした艶のある黒いリボンで結ぶ。薄紫の規格外な髪色はモノトーンが無難だろうと睨んだが、バッチリハマっている。小豆色よりは大分似合うだろう。
まず彼氏にしても友達にしても、クラスで明らか浮く服装の女よりは、それなりにお洒落に気を使っている子の方が有利に違いない。
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教室に入ると、昨日のように一斉にざわめきが走った。
遠巻きに伝わってくる動揺、驚愕、好奇の視線。
……あー、これはきっとあれね。
昨日は偉いイケメンにタメ口きいてドン引きという感じだったけど、今日は地味変装してたカレンが美少女だった、ってことに驚かれている気がする。
しかし相変わらず、誰も話しかけて来ない。もー、カレンの人望ときたら。
「おはよう」
「……! あ、おはよう……ございます」
背後から追い抜きざまに挨拶され、ビクッと驚いてしまった。
サラサラの黒髪と青い目。シャロン様だ……っと危ない、敬語敬語! このイケメンに失礼を働くとカレンの家が取り潰される、だったっけ。そんなことになったら最後、カレンは絶対こっちに戻るとは言わないだろう。
コンマ数秒の時差で敬語に修正したのに、シャロン様は不機嫌そうな顔でちょっと振り向き、さっさと自分の席へ行ってしまった。従者が後を追っていく。
……うーむシャロン様、愛想が良いのか悪いのかよくわからない人だ。
でも挨拶してくれただけ、現在カレンに最も親切なクラスメイトと言って過言ではない。
なのに、やっぱり今日も私は――カレンの心臓は、彼がすぐに離れて行ってくれてホッとしている。
なんでなんだろうなあ……カレン、シャロン様となんかあったのかな。次会った時聞いてみるか。
と考えていたらその日の放課後、早速理由が少しわかった。
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「スミスさん? ちょっと来てくださる?」
金持ちそうなツンケンした女子3人組に呼び出された。カレンの友達……じゃ、ないよね。
むしろこれは……
「シャロン様に色目を使うのはよして頂戴」
リーダー格のお嬢様がドスの利いた声で言い放つ。
「髪や目の色が恥ずかしいなら、ずっと隠しておけばいいのに。どうして今になって目立たせようとしてくるのかしら?」
「古風な堅い女を演出していたつもりかしらないけど、今までずっと妙に古臭い格好で悪目立ちして、変な眼鏡で顔も隠して……そうやって殿下の気を引いておいて、ある日突然洒落気付いて、自分を元より良く見せようという魂胆なんでしょうけど」
「そうよ、それに性格だって偽っていたのね!? 卑屈な根暗女としてわざと孤立して、お優しいシャロン様の関心を引き出そうとしていたのだわ! なんて卑怯なの!」
「ちょっ、何か誤解が……」
「口ごたえなんて生意気よ!」
右端の青いワンピースドレスのお嬢様が、何やら握っていた紙切れを開くとブツブツ唱え始めた。
なんだなんだ?
ほんの数秒後、突然上から冷たいものが降ってきた。
「うわっ!?」
バッシャーッと頭から被ったのは、水らしい。
カレンの体が持つ記憶が教えてくる――これは、魔法だ。魔法で水を掛けられた。
「ふ、フフン、いい気味だわ!」
魔法を使ったお嬢様は……自分もちょっと水を被って前髪と肩半分が濡れているが、頑張って得意そうにせせら笑う。
水を避けて下がっていたリーダー格のお嬢様が、ずいっと前に出て私を睨んだ。
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