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アドイック編
11.クサンとイーフェス
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アドイック冒険者ギルドの食堂兼酒場、その一角のテーブルで、フィオはそう呟いた。
「おう、あんた昨日の……」
そこに、声をかけてくる者がいた。簡易な鎧に身を包んだ少し背の低い男と、フードをかぶったローブの男の二人組だ。
見覚えがある。確か、昨日ザゴスについて聞いて回っていた時に話をした。
「……確か、クサンとイーフェスだったか」
「へへっ、覚えてくれてたか」
背の低い方、クサンが団子鼻の頭をこする。何を隠そう、タクト・ジンノにザゴスがケンカを売って敗北した話をフィオに聞かせたのは、このクサンである。
「待ち合わせですか?」
ローブのイーフェスが落ち着いた声音で尋ねる。怪しげなフードの奥には、意外や愛想のいい顔がのぞいている。
「ああ。この街でパーティを組んでくれる人間が見つかってな」
一般に、ギルドに登録された冒険者はパーティを組んで行動する。昨日のザゴスのような単独行動は稀な例である。
へえ、とクサンは笑みを浮かべる。
「ところで、ザゴスはとっちめたのか? あんた手練れみたいだからな、あんな山賊野郎、そりゃもうボッコボコに……」
「いや、そのことだが……」
「誰が誰にボッコボコだってぇ?」
ギルドの建物を揺るがすような胴間声、それを聞いたクサンはびくりと肩を震わせ、フィオは「来たか」と口元に微笑をたたえる。
「ああ、ザゴスさん、ご無沙汰です」
「ようイーフェス。調子はよさそうだな」
「お陰さまで。聞きましたよ、一昨日は災難でしたね」
ちっ、と舌打ちをして、ザゴスはクサンの方に向き直る。
「テメェだな、一昨日の話を触れ回ってやがるのはよぉ」
「そうだってんだったら、なんだ? また壁ごと吹っ飛ばされんのか?」
クサンは体を揺らしながら、ザゴスを下からにらみつける。
「まあまあ、クサンさん。ここで揉めてはエリスさんに迷惑がかかりますよ。ザゴスさんも、私に免じて、ね?」
間に入ってきたイーフェスを払いのけ、クサンはザゴスに詰め寄る。
「しかしよぉ、落ちぶれたなぁ、ザゴス。お前、他の街から来た冒険者の財布を盗んだんだって?」
「あぁ?」
なあ、とクサンはフィオの顔を同意を求めるように見た。
「まーた、自分じゃ敵わないからって人に振る……」
「うるせぇぞ、イーフェス! お前、どっちの味方だ!」
怒鳴り返してから、クサンは念を押すように「なあ?」ともう一度声をかける。
「いや、それが……財布を盗られたというのはボクの勘違いだったようで……」
え、とクサンは目が点になる。それを見てザゴスは大声で笑った。
「がっはっは、そういうわけでな。色々あって、俺らはパーティを組むことになったんだ」
「そういうことなのだ、クサン」
「な、何だとテメェッッ!?」
そんなに驚くか、と思うほどの大きさの声でクサンは叫んだ。
「なるほど、待ち人というのは、ザゴスさんのことでしたか」
対照的にイーフェスは落ち着いた様子でうなずくと、腰さえ抜かして座り込んでいるクサンの襟首をつかんだ。
「では、我々はお邪魔になるかと思うので。お先に『クエスト』へ行ってきますね」
「おう、気を付けろよ」
「はい、ザゴスさんもフィオさんも」
手を振るイーフェスに引きずられながら、クサンは捨て台詞を吐く。
「ザゴス、てめぇ! 勝ったと思うなよ!」
「もう勝負ついてますよ、クサンさん……」
クサンとイーフェスが冒険者ギルドを出て行ったのを見届けて、ザゴスはフィオの向かいの椅子にどっかと腰を下ろした。
「待たしたな」
少しな、と肩をすくめてフィオはザゴスに尋ねる。
「さっきの二人は知り合いなのか?」
「ああ。俺と前にパーティを組んでた二人だ」
「その割に嫌われていたようだが……」
主にクサンに、とフィオは付け加える。
「イーフェスとは今でも時々組むんだがな、クサンの野郎、俺があいつの女に手を出したとか言い出してな……」
今から3か月ほど前、クサンはこのギルドの食堂で給仕をしていた女性に一目惚れをした。
クサンの再三のアプローチにもかかわらず、彼女は彼に振り向くことなく、ある日突然「商人になる」と言い出し、その頃街にやってきていたキャラバン隊に入り、出て行ってしまった。
実は、これはクサンの求婚を迷惑がった給仕の女を助けるために、エリスが出した緊急の「クエスト」であった。当時クサンとパーティを組んでいたザゴスとイーフェスが、責任を取る形で引き受けた。現在、彼女はキャラバンに送り届けてもらった遠くの街の食堂で、給仕の仕事をしているそうだ。
これをクサンは何を勘違いしたのか、「ザゴスが彼女に手を出したから、嫌がって街を出た」と言い出し、一方的にパーティを解散した。以降この関係が続いている。
「クサンがパーティ解散って言い出したのは、これで三度目でよぉ。しかも全部女絡みだからな、参るぜ……」
いずれまた組むこともあるだろうがな、とザゴスは顎の無精ひげを撫でる。
「なるほど、そんな事情だったのか……」
若干頬を引きつらせて、フィオはうなずいた。
「ところでザゴスには、その……懇意の異性はいるのか?」
「いねぇよ。たまに商売女と寝るぐらいだな」
ザゴスはモテない。そう自分で思っている。実際のところ、言い寄ってくる女もいたことはあったが、どうにも不器用なこの男は、一度のデートで見限られてしまうことばかりだ。
「そうなのか……。では、今気になる相手は?」
「何でそんなこと聞くんだよ?」
ふと、何故かカタリナの顔が浮かぶ。ねえよ、とザゴスは頭から彼女の姿を追い払うように首を振った。
「西通り角の道具屋の娘さんが好きだったわよね」
と、そこへ新しい声が割り込んでくる。
「エリス、テメェ! 何年前の話してやがる!」
うふふふ、とお盆を片手に持ったギルドの受付嬢は口元に手をやった。
「それと、『風の実り亭』の看板娘の……」
「そいつもう結婚して5人もガキ産んでんじゃねえか!」
とっとと注文取れ、とザゴスは口を尖らせる。
エリスはギルドの受付業務の他に、併設された食堂兼酒場の給仕も兼務している。
無論、これは前の給仕がクサンのせいで辞めたための緊急の処置だ。「あれから新しい人が来ないのよ、大変だわ」というのがエリスの最近の口癖だが、言葉ほど苦にしているように見えないのが、底知れないところである。
「どうせいつものでしょ?」
「そうだ、とっとと持ってこい」
はいはい、とエリスは応じてフィオの食べ終わった食器を持って、奥に下がった。
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