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アドイック編
30.決着、そして……
しおりを挟む「――タクト・ジンノは三つの点でミスを犯したんだ」
今年の「天神武闘祭」決勝、最後の攻防についてこう語るのは、「アドイック冒険者ギルド」随一の剣士と名高いバジル・フォルマースだ。
自身も準決勝まで進出しフィオ・ザゴス組に敗れたものの、決勝に先立って行われた三位決定戦にて王国騎士団の二人を打ち破った彼は、この決勝戦を選手控室から観戦していた。
「まず一つ目は、その直前の攻防でカタリナくんを自分の手で倒してしまったこと」
観客の誰もが騒然となったあのシーン、あれは完全な悪手であったとバジルは指摘する。
「もしカタリナくんがいれば、事前の『嵐竜暴爪破』で魔力を使い果たしていたとしても、盾ぐらいにはなれたはず。それをむざむざ切り捨ててしまった」
バジルの見立てでは、フィオ・ダンケルスのみを「超光星剣」で倒すことは十分可能だったという。
「そう、二つ目はその『超光星剣』、あの技を見せすぎたことにある」
決勝までに3度、あの試合でも1度撃たれた勇者の代名詞、絶大な威力を持ち試合を簡単に決めてしまうため、観客からは甚だ不評だったが、「それだけではない」とバジルは言う。
「我々冒険者にとって、恐ろしいもの一つが『初見殺し』。逆に言えば、どんな強力な技や魔法であったとしても、あれだけ回数を見せられては対処法の一つや二つ考え付く。それが冒険者というものさ」
その点では、タクト・ジンノは「不運だった面もある」とバジルは続ける。
「彼らは組み合わせ上、騎士団や貴族推薦の戦士とばかり戦っていた。そういった方々には失礼だが、我々冒険者のように根本的な対策を練ることができなかったのでは、と言わざるを得ないね」
典型的な例が、準決勝の騎士団組の戦い方だったという。
「強力な攻撃に対して、防御で対抗しようとした。これはよろしくない。このような、ぬるい対策しかしてこない人たちとしか当たらなかったことが、彼を『超光星剣』に依存させてしまった」
カタリナくんがその辺りの助言ができればよかったのだが、とバジルは肩をすくめる。
「そして3つ目は――これが何よりも大きなミスだが――ザゴスくんを舐めてかかってしまったことだ」
完全な慢心だ、とバジルは言い切った。
「そう、慢心。これが冒険者最大の敵であり、そして――」
ふとバジルの表情に陰が差す。
「彼が、最終的に勇者足りえなかった最大の要因だろうね。私はそう考えているよ」
◆ ◇ ◆
大闘技場に集う観衆の目は、武舞台に残った二人に注がれていた。
片や、細身の剣を携えた勇者と呼ばれる少年。片や、斧を携えた山賊めいた大男。
対照的な両者の対決に、優勝の行方が託されていた。
ここまで数多くの戦士たちを一撃で打ち倒してきた「超光星剣」を前にしても、ザゴスは怯まなかった。むしろ、奮い立っている。目の前の相手を倒せる確信があったからだ。
一方、タクト・ジンノにはそれが無鉄砲な突撃にしか見えなかった。こちらにも確信があった。いや、過信であったのかもしれない。
「星光――」
「遅ェ!」
大きく踏み込んだ勢いのまま、ザゴスはこちらに向けられた剣の刀身を蹴り上げた。
強い力で弾き飛ばされ、タクトは剣をつかんだまま諸手を上げてしまう。発動していた「ゴッコーズ」は止まることなく、青空へ光の帯を放った。
(タクト・ジンノの『ゴッコーズ』だが)
腹ががら空きだ。フィオの言葉を思い出しながら、ザゴスはタクトの胴へ斧を薙ぐ。
(これまでの追いかけっこで、見立て通りだということがわかった)
肉厚の刃が迫る中でも、タクトに動じた様子はない。「星雲障壁」が自分を守ると信じきっているからだ。
(ああ、確実だ。彼は『流星転舞』で逃げながら『超光星剣』を使わなかった。あるいは『星雲障壁』で防がずに避けていた。これらが、何よりの証拠さ。つまり……)
だから、その痛みは傷の深さ以上にタクトをえぐった。
(タクト・ジンノは2種類以上の『ゴッコーズ』を同時には扱えない――)
ザゴスの斧は、完全にタクトの身体をとらえていた。肉と骨をえぐる感触が、斧を持つ手に伝わってくる。
テメェの言った通りだぜ、フィオ。
観客席は水を打ったように静まり返った。ザゴスは、剣を取り落とし倒れるか細い少年の身体を見下してつぶやいた。
呼吸も困難なほど苦しむ彼の首根っこを捕まえると、それを武舞台の外に放り投げる。最早「ゴッコーズ」も、「戦の女神」も、何もそれを阻むものはなかった。
大闘技場の地面に横たわる彼の姿を確認し、セドリックはうなずいた。
『場外! よって、「天神武闘祭」決勝勝者は……』
セドリックはザゴスに近付き、その太い右腕を掲げた。
『フィオラーナ・ザゴス組!』
ザゴスは吠えた。大闘技場をも揺るがさんばかりに。この日一番の歓声が、彼に降り注ぐ。
「やったな、ザゴス……」
フィオがフラついた足取りで、場外から武舞台に上がってきた。鎧は半ば壊れ、疲労もダメージも大きいようだが、顔は晴れやかに見える。
「お前と組んで、本当によかった。改めてそう思う」
「お前があのガキの攻撃を、見切ってくれたお陰だぜ」
セドリックはフィオの腕も取った。
『どうか、両名に今一度大きな拍手を!』
武舞台に降り注ぐ祝福の言葉を朦朧とした意識の中で聞きながら、場外に投げ出されたタクト・ジンノは起き上がれないでいた。
「タクト様ぁ!」
警備兵を振り切って、貴賓席からアリアが飛び出し駆け寄ってくる。
「なんて酷い傷……! 今治しますね」
「天神武闘祭」期間中は、不慮の死亡を防ぐため武舞台上にあらゆる武器や魔法の威力を鈍らせる結界が張られているが、ザゴスから受けた傷はそれでも尚深いものに見えた。
ざっくり割れた脇腹に、アリアは手をかざした。淡い光が裂傷を包み、タクトはその痛みに呻いた。
「じっとしてください! 傷が広がっちゃう……」
「アリア……」
そこへ体を引きずるようにしてカタリナがやってくる。
「カタリナさん、あなた……!」
にらむような視線を向けられ、カタリナは首を軽く振った。
「言い訳はしない。わたしの実力不足だ」
「そうですよ。タクト様に全部任せておけば、今頃優勝して……」
「優勝しない方が、君にはよかったんじゃないのか? これでディアナ姫との結婚はご破算だ、姫様に一番を取られる心配はなくなった」
それは、と言い返そうとした時、アリアの腕が強い力で握られた。
「た、タクト様……!」
治癒魔法が効いているのだろう、タクトは薄らと目を覚ます。
「大丈夫ですか? これ何本かわかります?」
アリアは指を立てて見せる。タクトはそれに答えず、カタリナの方を向いた。
「タクト殿……。申し訳ない、わたしが出過ぎた真似をしなければ、あるいは勝てた戦いだったかもしれない……」
だが、とカタリナはタクトの目をまっすぐに見た。
「タクト殿、自分自身のことも顧みてほしい。君がこの『天神武闘祭』で取った行動が、勇者としてふさわしいものだったかどうか。対戦相手への敬意のない態度、『ゴッコーズ』への過信、それらの行動の帰結が、この敗北ではないか?」
武舞台に手をつき、カタリナはゆっくりと立ち上がった。
「頭を冷やすんだ、タクト殿。君はのぼせ上がっていた。さあ、立って……勝者を祝福しに行こう」
「ちょっと、カタリナさん! 何を勝手なこと……きゃっ!?」
言葉の途中でアリアは尻餅をついた。抱きかかえていたタクトが、彼女を突き飛ばすようにして立ち上がったのだ。
「そういうところもだ。アリアは君を心配して、こうして駆け寄ってきてくれたというのに。そうやってふてくされるような態度が……」
タクトはカタリナをにらむような目で一瞥し、無造作に彼女の眼前で右腕を払った。
ごとり、と重たい何かが武舞台の下に転がる。
『……おや、タクト・カタリナ組も起き上がってきたようで――!?』
場外に目をやったセドリックは、その様子を見て絶句した。一拍おいて、アリアの大きな悲鳴が、人々のざわめきを切り裂いた。
『こ、これは……!』
ゆっくりと、カタリナの身体が倒れていく。首から上を失った、女剣士の身体が。
驚き、固まる武舞台上の様子を尻目に、タクト・ジンノは足元に転がった首を踏みつぶすと、尻餅をついた姿勢のまま震えるアリアに目をやる。
「や、あ、いや……」
じわり、とアリアの尻の下の地面が湿っていく。タクトは彼女の腹を無造作に蹴り上げた。それだけで上半身が千切れ、赤い液体となって弾けた。
「どうなってやがる……。こいつは、カタリナは……」
「おい、しっかりしろ!」
呆けたようにつぶやくザゴスを、フィオが叱咤した時だった。
「ああぁあああぁあああぁああぁぁぁああッッッ!!」
頭を抱え、タクト・ジンノは大きな声を上げた。肌の色は灰色に濁り、華奢だった身体がめきめきと軋んで膨れ上がっていく。着ていた革の鎧は弾け飛び、背中から一対のコウモリのような翼が姿を現す。額の肉を破り、ねじくれた二本の角が盛り上がった。
「これは……!」
身構えるフィオの方を、ぎろりとタクト・ジンノが向いた。鈍い銀色と化した髪を振り乱し空へ舞いあがると、赤い瞳で上からこちらをにらみつける。
『い、一体どういうことでしょう!? 勇者タクトの、この姿は……』
「二人とも下がれ!」
フィオが叫び、セドリックとザゴスの腕を掴む。
タクト・ジンノは上空を一指する。それに呼応するように、天から白い光が放たれ武舞台に降り注いだ。
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