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マッコイ編
82.尋問、藪の中
しおりを挟む冒険者ギルドの前では、青髪のパブロが部下と思しき二名の武闘僧を引きつれて待っていた。キケーロと数言かわした後、彼の部隊と交代する。尋問を担当するのは、パブロの役目のようだ。
ザゴスとエッタは、エリオの案内でギルドの二階に通された。パブロ達武闘僧隊も入ってくる。ザゴスらとパブロは机を挟んで差向かって座り、少し離れたところにエリオが監視するように着席する。二名の武闘僧は、部屋の入り口とパブロの背後に一人ずつ控えている。
「さて……」
これから尋問を受ける側とは思えない程余裕のある様子で、エッタは優雅に微笑みかけた。宿屋で見せた焦りのようなものは、上手く包み隠している。
「まずは事件の状況を説明くださいますか?」
「何を言ってんだ? 尋問するのはこっちの方だぜ」
もっともなことをパブロは言い返して続ける。
「フィオラーナ・ダンケルスをどこに逃がした? 今、ヤツはどこにいる?」
「あの下品な長髪の方にもいいましたけど、それの一点張りではこちらも『知らない』と申し上げるしかありませんわ」
あんまり怒らせんなよ、と思いながらもザゴスは黙っておくことにする。
「なら、質問を変えるぜ」
キケーロならば激高していたであろうが、こちらのパブロの方は落ち着いているようだ。尋問を任されるだけあって、口調に似合わず頭脳派なのかもしれない。
パブロはエリオの方を向き、「ギルドマスター代行殿」と呼びかける。
「昨日、フィオラーナ・ダンケルスからこの二人に当てた置き手紙を預かっていたな?」
「ええ、そうよ。先に証言したとおり、わたしは中身までは見ていません」
一つうなずいて、パブロはザゴスとエッタに向き直る。
「じゃあ、見せてもらおうか。その置き手紙ってヤツをよぉ……」
これはまずい、とザゴスはエッタの方を見やる。手紙には「ゲンティアンの下へ向かう」としっかり書かれている。
「……わかりましたわ」
だが、エッタは落ち着き払った様子で懐から封書を取り出す。ギルドの封蝋が残ったその封書から手紙を取り出すと、テーブルに広げてパブロに見せた。
パブロは手紙をしばし黙読し、すべてを読み終わってニヤリと笑って顔を上げる。
「こいつは決まりだな。フィオラーナ・ダンケルスは、昨日ゲンティアン・アラウンズの下に向かっている……」
その旨が書かれた行をパブロは指で示す。
「ゲンティアンの腹に刺さってた剣、そしてこの置き手紙、すべてがフィオラーナ・ダンケルスの犯行だと物語っている!」
「異議あり!」
突然大声でそう叫び、エッタが立ち上がって人差し指をパブロに突きつけた。一体何の真似だと周囲が呆気にとられる中、「……ですわ」と少し照れたように付け足すと、エッタは一旦着席する。
「この置き手紙には、もう一つ重要な情報が書かれています。その検証なしに結論を出すなど、警察組織の沽券にかかわるのではなくって?」
「重要な情報だと?」
そうです、とエッタも手紙の一文を指した。
「この、フィオと同道した、武闘僧隊の隊員・ベルタという人物のことです!」
「そ、そうだぜ!」
ここぞとばかりにザゴスも便乗して声を上げる。
「ゲンティアンのとこに行こうって言い出したのは、そのベルタって女のはずだ! そいつに何も聞かずに犯人だとか決めつけるなんて、ちょっと速すぎんじゃねえか?」
手紙のどの辺りに書いてあったか定かではないので、指差すことはできなかったが。
「このベルタという人、呼んでもらえますね? あなた方も、何にせよフィオの行方を知りたいはず」
微笑むエッタに対し、パブロは意外や落ち着いた様子であった。
「……それもそうだな」
やけに素直じゃねェか、とザゴスが疑念を抱く中、パブロは背後に控える武闘僧に「ベルタを呼んで来い」と命じた。
部屋を出て行く隊員の後姿を見送ってから、パブロはまた二人に向き直る。
「ベルタは呼んでやる。だから教えろ。ここに書かれているスヴェンってのは誰だ? 何の証拠を探ろうってんだ? イェンデル・リネンと通じてるのか?」
こちらの要求を一つ飲むことで、別の要求を通そうという魂胆らしい。普通の人間ならば、借りを返そうという心理が働くが、しかし目の前にいるのは「悪役」であった。
「それは『クエスト』上の守秘義務がありますので、答えられません」
頑とした態度に、パブロはやや面食らった様子であったが、すぐに気を取り直し「代行殿!」とエリオを呼ばわる。
「こいつらは、フィオラーナ・ダンケルスの行先を知っていたのに、キケーロの尋問に対し素直に証言しなかった。立派な偽証じゃねぇか」
「確かに、フィオが昨日どこへ行ったのかは認識していました」
エリオが口を開く前に、素早くエッタが横から口を挟む。
「けれど、あなた方は『フィオは今どこにいる?』と質問なさっていたはずです。それ以降の足取りを聞かれているものと思っていましたから、わたくし達は『知らない』と答えたまでのこと」
苦しすぎる言い訳だろ、とザゴスは隣で戦く。よくもまあ臆面もなく言えるものだ。
「んなもんが通ると思ってんのか?」
思ってねェけど、とザゴスはエッタを横目で見るが、こっちは通すつもりらしい。極めて涼しい顔でふてぶてしく笑っている。
「パブロさん、何を期待しているのかは知らないけれど、この件が偽証であれ何であれ、『クエスト』の守秘義務を破っていい理由にはならないわ」
エリオはそうパブロの尋問を諌める。
「そもそも、こちらにだって、もっと聞きたいことがありますわよ?」
エリオの言葉に便乗するように、エッタは畳み掛ける。
「新しい勇者の召喚をあなた方は企んでいるようですが、その件についてはいかがなんです? 前の勇者は偽勇者として処刑されたようですが、また偽物を呼んでしまおうっていうのですか?」
「んなもん知るか! フィオラーナ・ダンケルスの邪推か妄想だろうよ!」
パブロは机を拳で殴りつけた。
「何せ、あいつの家は俺たち『戦の神殿』を追い出したわけだからな!」
「その恨みから容疑をかけて処刑してしまおうと?」
「被害妄想が過ぎるぜ、『七色の魔道士』!」
一つ長い息を吐いて、パブロはエッタをにらみつける。
「どっちかっていうと、昨日の件で俺はお前にムカついてんだぜ……?」
「善良な神官に暴行を加えたのですから、上級魔法の一撃や二撃、食らっても致し方ないのでは?」
言いやがるなこいつ、とザゴスは段々パブロが可哀想に思えてきた。
「街中での上級魔法の使用に関しては、所属支部へ通報しておいたわ。そちらでたっぷりと絞られなさい」
エリオの言葉に、エッタは「げ……」と呻いた。
「お前、叩けばホコリが出まくるんだから、あんまし連中を挑発すんなよ」
「ちょ、挑発ではなく、事実を申し上げているまでですわ!」
ていうか、あなたどちらの味方なんです! とエッタはザゴスの脇腹を肘でつついてきた。
「はん、テメェの街に帰れると思うなよ……!」
「あなた達が真実を歪めなければ、必ず帰れますからご心配なく」
言い返して、エッタはパブロの厳しい視線を真っ直ぐに見返した。
◆ ◇ ◆
エッタとパブロのにらみ合いの続く部屋に、先ほど使いに出た武闘僧が戻ってくる。背後に、兜を抱えた緑の髪の女を連れていた。格好からして、こちらも武闘僧のようだ。
「警邏隊オリヴァー班・ベルタ、参りました」
胸の前で拳を握る敬礼するベルタに、パブロは返礼した。
「まあお前も座れや」
パブロの隣の椅子を勧められて、ベルタは畏まった様子で「失礼します」と腰かけた。
「それでパブロ兄、あたしに何の御用でしょう?」
「お前、昨日フォラーナ・ダンケルスに会ったか?」
特に説明もなく、単刀直入にパブロは問うた。
「はあ? どういう意味ですか?」
きょとんとした顔のベルタを見やった後、パブロはザゴスとエッタにみたび向き直った。
「どういう意味もなくですね、フィオはあなたに会い、ゲンティアン・アラウンズのところに一緒に向かったという置き手紙があるんですよ」
ほらこれ、とエッタは広げた手紙を指差す。
「しらばっくれてないで、本当のことを話しなさいな」
ベルタはますます不思議そうな顔になり、頭をかいた。
「しらばっくれるな、って言われてもなあ……」
「じゃあ何で、フィオがあなたの名前を知ってるんですか? フィオはこの街に初めて来たし、ダンケルス家と『戦の女神教団』の関係性を考えれば、武闘僧隊に知り合いがいるわけがない」
「いやー、だってあたし元冒険者だし……。『紅き稲妻の双剣士』だっけ? あたしのことどっかで知っててくれたのかも」
何をバカなことを、とエッタは尚も詰め寄る。
「あなた有名な冒険者だったんですか? 違うでしょ?」
「違うけど、どっかで耳に入ったりするじゃんかー」
そう言い返しつつ、ベルタはパブロの顔を仰ぎ見る。
「ねえ、パブロ兄、どういうことなんですか? あたし疑われてるんですか?」
パブロはそれに直接応じず、「代行殿」とエリオに話を振る。
「置き手紙の内容によりゃ、フィオラーナ・ダンケルスはベルタと冒険者ギルドの中で会ったことになってるが……。あんた、昨日ベルタに立ち入り許可を出したのか?」
前述の通り、独立機関である冒険者ギルドには、警察権や捜査権を持つ衛兵隊は無許可で立ち入ることはできない。それは、この街で衛兵隊と同一の権限を与えられた武闘僧隊も同じことである。
「いいえ、そういう記録はないわ」
「だ、そうだ」
行くぞ、と立ち上がりパブロはベルタに持ち場に戻るよう促す。
「ちょっと待ちなさい!」
エッタはそれを追いかけるように立ち上がった。
「ベルタ、あなたなのでしょう? フィオに新しい勇者の召喚のことを伝え、ゲンティアンの下に導いたのは!」
「新しい勇者を召喚?」
ベルタは混乱したように、またパブロの顔を見る。
「パブロ兄、それって本当ですか?」
「取り合うんじゃねぇ。罪人の戯言だ」
そう斬って捨て、パブロはエリオに言い放つ。
「ギルドマスター代行殿、こいつらを神殿で拘束するが、異論はないな?」
エリオはいつも冒険者たちに向けている仕事用の笑みをパブロに向ける。
「大有りよ」
何? とパブロは初めてエリオに敵意のこもった視線を向ける。
「彼らがゲンティアン・アラウンズ殺害に関わった物的証拠や証言が、ここまでの尋問で出てきたかしら?」
ぐ、とパブロは言葉に詰まる。出てきた証拠は「ゲンティアンの下にフィオが向かったこと」を示す置き手紙の文面だけだ。
「ないでしょう? だから手出しはさせないわ」
そもそも、とエリオは首をかしげて見せる。
「彼らが『ヤードリー商会』本部に近付いていないことは、あなた達も知っているはずでしょう?」
「何バカなこと……」
「おいおい、監視してたのはわかってんだぜ」
ここまでほとんど口を開かなかったザゴスが、座ったままパブロをにらみつける。
「宿の前で張りついて、うろちょろしやがって……。夜通し見張ってたろうが!」
「珍しく鋭い指摘ですわね……」
うるせぇ、とザゴスは舌打ちした。翌朝までに帰って来なければ、というフィオの言葉もあったので、宿の外の様子には気を配っていたのだ。そのお陰で、監視の武闘僧の気配がよくわかった。
「とは言え……」
歯噛みするパブロとよく事情の飲み込めていないベルタ、そしてザゴスとエッタを見比べながら、エリオは立ち上がって続ける。
「彼らのパーティメンバーであるフィオ・ダンケルスが、ゲンティアン・アラウンズ殺害の第一容疑者であることは、否定できません」
エリオはあくまでギルドマスター代行としての職務を遂行するつもりらしい。どちらに肩入れするわけでもなく、筋の通らないことは通さない。そう決めているようだ。
「フィオ・ダンケルス逃走の幇助を防ぐため、この二人はギルドで拘束します。パブロさん、それでいいわね?」
それが落としどころか、とパブロは舌打ちをした。
「しょうがねぇ、今の所はそれで勘弁してやる」
言って、くるりとザゴスとエッタの方を向いてにらんだ。
「だが、生きてこの街を出られると思うなよ。『戦の女神』の名の下に、お前らは裁かれる運命だ」
「何が神の名の下だ。テメェらの勝手で持ち出してんじゃねェよ!」
パブロはザゴスとしばしにらみ合い、結局ベルタらを伴って部屋を出て行った。
彼らをギルドの外まで見送った後、エリオは部屋に戻ってきた。
「そういうワケよ。フィオ・ダンケルスが見つかるまで、この部屋から一歩も出ないように。間違っても抜け出そうなんて思っちゃダメよ。不利になるだけなのだから」
「まっさかー、そんなこと考えませんわよ」
にこにこと笑うエッタに、ザゴスは「説得力ゼロじゃねェか」と呆れた。
「しかし、フィオは心配ですわね。連中、現場処刑も辞さないのでしょう?」
「パブロの捨て台詞はそういうことでしょうね。激しく抵抗した、と称して殺すつもりでしょう。連中のよく使う手よ」
司法が遅れてますわねえ、とエッタは深々とため息を吐く。シホーって、何だそりゃ? とザゴスは首をかしげた。
「けれど、いい知らせもあるわ」
エッタの発言を気にも留めた様子もなく、エリオは続ける。
「実は『ヤードリー商会』から、『フィオ・ダンケルスを生け捕りにするように』という『クエスト』が出ているの」
「商会から? そりゃまた何でだ?」
商会も私兵を出して、十二番頭の殺害犯を追っているのだろうか。ザゴスの危惧に「違うわ、いい知らせと言ったじゃない」とエリオは首を横に振る。
「依頼主は、十二番頭の一人イェンデル・リネンよ。あなた達、知り合いよね?」
朝一番に、イェンデルの秘書のルイーズという女がやってきて、「クエスト」を出したという。その際に「イェンデルは、友人であるダンケルス卿の身を案じています」と言っていたという。
「イェンデルさんが……」
「ええ。『クエスト』を受けた冒険者たちが先に見つければ、フィオ・ダンケルスを保護することができるわ」
「やってくれるじゃねぇか、あの野郎……」
頼りなさそうな印象を持っていたが、こうして先手を打ってくれているとは。よほどスヴェンが言い含めていたのか、あるいは別の目的もあるのかもしれないが……。
「少しは安心したかしら?」
平時と変わらぬ営業用の笑みに、少し元気づけるような感情が乗っているように見えた。
「だから、ここで待っていなさい。見つかったら知らせてあげるわ」
そう言い残して、エリオは部屋を出て階下へ降りて行った。
応援ありがとうございます!
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