不思議な爺さんとしがない会社員~妄想が現実になる

なんぷぅ

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全てが終わる

全てが終わる

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それからしばらく、
収は社長としての生活を続けていた。

ある日、係長が、嬉しそうな顔で声をかけてくる。

「社長、子どもが生まれたんですよ」

そう言って、
スマホの画面に写真を表示した。

「それはめでたいな」
「お祝いしないといけないな」

そう言いながら、
収は画面に目をやる。

――息が、止まりかけた。

写っていた赤ん坊は、
自分が幼い頃の写真と、
驚くほどよく似ていた。

係長は、冗談めかして笑う。

「なんかね、俺にも嫁にも似てなくて」
「浮気したんじゃないか、なんて言われてるんですよ」

「そんな……」
「里美さんに失礼じゃないか」

収は、そう返しながら、
内心では、言葉を失っていた。

しばらく雑談を交わし、
係長は部屋を出ていく。

扉が閉まったあと、
収は一人、考え込んだ。

――どういうことだ。

――確かに、体に乗り移ったはずだ。

頭の中が、
ぐちゃぐちゃに絡まっていく。

答えは出ないまま、
その日は帰宅することになった。

家に入り、
リビングへ向かうと――

ソファーに、
社長夫人が横たわっていた。

顔色は悪く、
いかにも辛そうに、
身動きもせずにいる。

その姿を見た瞬間、
収の胸に、
言いようのない不安が広がっていった。

「あなた、おかえり」

社長夫人が、少し疲れた声で言った。

「最近、熱が出たり、気持ち悪くなったりしてたでしょ」
「おかしいと思って、産婦人科に行ったの」

収は、黙って聞いている。

「そしたらね……妊娠してたの」

一瞬、空気が止まった。

「ちょっと高齢だから、リスクはあるかもしれないって言われたけど」
「でも、私――産むわ」

その言葉を聞いた瞬間、
収の顔は、はっきりと引きつった。

「……マジか」
「それは……良かったな」
「あれから、毎日だったからな」

社長夫人は、その言葉に少しだけ微笑む。

「ふふ……」
「あの日から、あなた、別人みたいに優しくなったでしょ」

そう言って、
ゆっくりと立ち上がり、
収の身体を抱きしめた。

「私、それが嬉しかったの」

そして、
いたずらっぽい表情で、続ける。

「しばらく……お預けだね」

そう言って、
軽くキスをする。

その瞬間――

収の胸の奥で、
「もう、このままでいいかもしれない」
そんな考えが、ふっと浮かびかけた。

だが、
それは同時に、
何か決定的に“間違っている”感覚でもあった。

翌日、出社。

育休中のはずだった野中部長が、突然フロアに姿を見せた。
そのまま、迷いなく社長室へ入ってくる。

「社長、お久しぶりです」
「……あの時の約束、覚えてますか?」

「約束?」
「……何のことかな」

「妊娠したら、奥さんと離婚して、私と結婚するって約束です」

「えっ……えっと……」

言葉に詰まった、その瞬間。
社長室のドアが開く。

少しお腹の大きくなった社長夫人が、息を切らせて入ってきた。

「あなた……会いたくなって来ちゃって」
「……何? この女と、まだ切ってなかったの?」

「い、いや……その……」

「切るって何ですか?」
「妊娠したら、この女と離婚するって言いましたよね」

そう言って、
野中部長は収の胸ぐらを掴んだ。

「ちょっと、何するのよ!」
「私の旦那に!」

「は?」
「あなたこそ、若い男と浮気して、この人ほったらかしにしてたでしょ!」

二人は、互いに掴み合い、激しく言い合いを始める。

社長室の空気が、一気に壊れた。

「ち、違うんです!」

思わず、収は叫んだ。

「違うんです……!」
「鈴木なんです!」
「二人を妊娠させたのは、鈴木収なんです!」

一瞬、沈黙。

次の瞬間――

「は?」
「あんな気持ち悪い男と、やってないわよ」

「は?」
「私も、下僕となんか、してないわよ」

「ほ、本当なんです……!」

収は、その場に崩れ落ち、
泣きながら土下座した。

「本当なんです……信じてください……!」

すると――
視界が、ぐにゃりと歪む。

床に伏していた視線の先に、
土下座している社長本人が、現れた。

「……え?」

収は、はっとして自分の手を見る。

「……戻った?」

「戻った……!」

「戻ったぁぁぁ!」

その場にへたり込みながら、
収は、思わず声を上げていた。

「……なんで俺、土下座してるんだ?」

社長が顔を上げ、周囲を見回す。

「お前、誰だ?」
「……あの山梨の男か?」

「山梨の……?」
「え? 何の話ですか? マジで……?」

社長夫人が、混乱したまま割って入る。

「ちょっと、何が起きてるの?」
「……私の、子ども?」

野中部長も、青ざめた顔で続ける。

「え……?」
「社長……私も、妊娠して……?」

社長は、信じられないという表情で首を振る。

「お前も……愛くんも?」
「二人とも妊娠してるって言うのか?」

そして、低い声で言い放つ。

「……俺、パイプカットしてるぞ」

「えっ……」
「えっ、えっ……何、それ……?」

社長室の空気が、一気にざわつく。

ドアの外から、
ひそひそ声が漏れ始める。

「……社長室、何かあった?」
「え、社長夫人と野中部長、両方……?」
「妊娠って……?」

いつの間にか、
話は歪んだ形で広がっていた。

――鈴木収が、
社長夫人と野中部長、
二人を妊娠させたらしい。

そんな、あり得ない噂として。

そこへ、係長が顔を出す。

「……あの」
「俺、ずっと子ども無理だって言われてたんですけど」

困惑した表情で、
首をかしげる。

「……なんか、おかしいなぁ」

誰も、はっきりした答えを持っていない。
ただ、社長室を中心に、
ざわめきだけが膨れ上がっていった。

収は、その輪の外で、
現実に戻った身体のまま、
ただ呆然と立ち尽くしていた。

――取り返しのつかない事。

あの爺さんの言葉が、
今になって、
はっきりと重くのしかかってきていた。

社長から、
自宅謹慎を命じられた収。

数日後、
呼び出される形で出社する。

会議室に入った瞬間、
異様な光景が目に飛び込んできた。

社長。
社長夫人。
野中部長。
高野課長。
係長の妻・里美。

そして――
警察官。

嫌な予感が、確信に変わる。

社長が、重い口を開いた。

「……DNA鑑定の結果が出た」

一瞬の沈黙。

「全員……」
「全員、鈴木収の子どもだという結果だった」

収の顔から、
一気に血の気が引いた。

「そ、そんな……」

言葉にならない。

警察官が、一歩前に出る。

「詳しい話を、署で聞かせてもらいます」

抵抗する余地もなく、
収はそのまま、
警察署へ連れて行かれた。



取調室。

収は必死に説明した。

不思議な爺さんのこと。
男に乗り移る薬のこと。
五時間の制限。
注意書き。

だが――

「妄想ですね」
「そんな話、信じられません」

警察官の表情は、冷たい。

結果として告げられたのは、
強姦罪による逮捕だった。

椅子に座らされ、
手錠をかけられる。

そのとき。

どこからともなく、
あの声が聞こえた。

「妄想と現実を、一緒にしたらいかんのう」

警察署の外から、
確かに聞こえる。

「あと――」
「目上の忠告は、聞かんとのう」

「ふぉっふぉっふぉっ……」

笑い声だけを残して、
声は遠ざかっていった。

収は、
何も言えず、
ただ俯いたまま、
その音を聞いていた。

取り返しのつかないこととは、
こういうことだったのだ。



おわり
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