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第二章 才能の開花編
貯水湖
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リリアーヌの前にお茶が注がれる。
(いい香り…。)
香りからして、上質な茶葉であることに気付いた。
聖皇の視線がリリアーヌを捉えたまま、離れない。
居た堪れなくなり、視線を逸らす。
ふと、正面を見るとアルフレートが、優雅にカップを持ち上げた。
音もなく口をつける。その所作は、まるで舞うように美しい。
(殿下のように…できるかな。)
リリアーヌは真似しようとして、カップに手を伸ばす。
(確か、カップってこうやって持つんだよね?えっと、音は立てずに…)
リリアーヌは細心の注意を払いながらお茶を飲むが、
緊張して手が震えてしまい、
カップを置く時に音を立て、中身を少しこぼしてしまう。
「あっ…!」
リリアーヌはさーっと顔が真っ青になった。
「も、申し訳ありません…!」
リリアーヌは頭を下げて謝罪した。男爵家でこんな失態をしたら、間違いなく折檻を受けるだろう。
リリアーヌはぶるぶると震えた。居た堪れなくて、このまま消えてしまいたいと思う程の気まずさを感じた。
「父上、彼女はその…、まだ側室になって日が浅く、側室教育も受けていないのです。きちんと教育を受けさせなかった私に責任があります。」
(殿下…?)
リリアーヌはアルフレートが自分を庇ってくれたのが信じられず、彼を見上げた。
「体調が優れない、か…。そんなに身体が弱いというのに、世継ぎの皇子を儲けることができるというのか?皇太子よ。そなたはどういう理由で彼女を側室に迎えたのだ?」
「ッ、それはその…、」
言葉に詰まるアルフレート。
(ど、どうしよう。私のせいで殿下が責められている。私のせいだ…。私がもっとしっかりしていれば…!)
カリーナのように貴族令嬢らしく振る舞うことができていれば、こんな事にならなかったのに…。
でも、私には——何もできない。
リリアーヌは自分の不甲斐なさが恥ずかしくなった。殿下は私を庇ってくれたというのに…、私は何もできていない。こんな、自分が嫌になる…。
聖皇は答えられないアルフレートを見て、ふうっと溜息を吐くと、リリアーヌに視線を戻した。
「リリアーヌ。一つそなたに聞きたい。」
「は、はい…。陛下。何でございましょうか?」
「つい先ほど、ここにいる者たちと議題を交わしていたのだ。ここ数か月、我が国は雨が降らず、水不足の問題が多発している。その問題をどうするか話し合っていたのだ。さて、リリアーヌよ。そなたなら、どうする?どうやって、この問題を解決するべきだと思う?」
リリアーヌは凍りついた。
水不足? 会議? 意見?
心臓が早鐘を打つ。
(わ、私が……?こんな大臣たちの前で……?)
「わ、私は......、その......。」
言葉が出てこない。大臣たちの冷たい視線が突き刺さる。
「父上!リリアーヌにはまだ…、」
聖皇はアルフレートを手で制した。その場にいる貴族たちは、もうリリアーヌに興味をなくしたように書類に目を通している。
水不足問題――。そうだ。確かにこの国は毎年、乾季になると水不足問題が深刻化する。
水源の確保を巡って領地戦が勃発するほどの、この国の大きな課題だ。
でも、リリアーヌは女で、政治についても知識がなく、教育も受けていない。
そんな私が意見を言うなんて無理!
「わ、私如きが意見を口にするなど…、」
「そう気負うことはない。思ったことをありのまま言うだけでよい。」
(こ、こんな大勢の前で…!?ど、どうしよう!思ったことをありのままって言われても、相手は聖皇陛下…!下手なこと言って不敬罪になったらどうすればいい?な、何が正解なの?ど、どう答えればいい?わ、分かんないよ。)
リリアーヌは頭が真っ白になる。
その時――ふと、幼い頃の記憶が蘇った。
教会の庭。あの優しいシスターの声。
『弱くても、小さくてもいいの。誰かのために正しいと思うことを、胸にしまい込まず、そっと声に出す勇気が、あなたの力になるのよ。』
リリアーヌの胸に、温かいものが広がった。
(声に出す勇気……。)
震える手を、ぎゅっと握りしめる。
(今、声に出さなければ――きっと、後悔する。)
ずっと考えていた。水不足の問題は男爵領でも毎年、頭を悩ませていた。
何かいい方法はないかとリリアーヌは書物を読み漁ったこともある。
(あ、そうだ。さっき、読んでたパレフィエ国でだって……。)
リリアーヌの頭の中には、つい先ほどまで眺めていたパレフィエ国の美しい砂漠の挿絵が浮かんだ。
そして、次に思い出したのは昔に読んだ古い文献……。
リリアーヌは長い間、胸に秘めていた思いを口にする。
「わ、私なら…、貯水湖を作りたいと思います。」
リリアーヌの声は小さく、震えていた。
居並ぶ大臣たちの視線が、一斉に彼女に注がれる。
「貯水池、ですか?」
ある大臣が、鼻で笑った。
「それならすでに皇太子殿下が提案されております。そのようなことも存じ上げないのですか?」
別の大臣が呆れたように付け加えた。
「そもそも、貯水池など昔からあるではないか。今さらそんな当たり前のことを……。」
「まあ、仕方ありますまい。社交界デビューすらしていない男爵家の娘では…。」
クスクスと、嘲笑が漏れる。
リリアーヌは顔が熱くなるのを感じた。
(やっぱり…、私なんかが、こんな場所で…)
『大丈夫…。そのまま続けて。』
その時、リリアーヌの背後から声が聞こえた気がした。
そっと背中を押されるような、温かな感覚。
それはあのシスターの声に似ていた。
「いえ。」
リリアーヌは震える声を絞り出した。
「貯水"池"ではなく、貯水"湖"です。」
「…は?」
場が静まり返った。
「湖…ですと?」
「何を言っている。この娘は……、」
「男爵家の娘が何を……、」
ざわめきが起こる。一部の貴族たちは顔を見合わせ、鼻で笑った。書類から手を止める者もいるが、その目には明らかな侮蔑の色があった。
だが――聖皇だけは違った。
その目に宿っているのは、嘲りではなく、興味の光だった。眉をわずかに持ち上げ、じっとリリアーヌを見つめている。
アルフレートも、思わず身を乗り出していた。
(池ではなく、湖…?いや、そもそも発想の次元が違う…!)
「リリアーヌ。貯水湖とはなんだ?既存の貯水池とはどう違うのだ?」
(殿下…。私の言葉を聞いてくれるの?)
嘲笑の中、アルフレートだけが真剣な眼差しで問いかけてくる。
リリアーヌの胸に、小さな勇気が灯った。
アルフレートの問いに、リリアーヌは緊張で喉を震わせながら答えた。
「はい。小規模な貯水池ではなく、村や町、複数の領地をまたいで水を供給できるほどの、巨大な貯水施設のことです。」
リリアーヌは小さく息を吸い、続ける。
「雨季のうちに、地形を利用して大きな湖を作り、そこに雨水を貯めておくのです。そうすれば、乾季になっても、貯めておいた水を使うことができます。魔術師に頼らずとも、安定した水の確保と供給が可能になるかと……。」
言い終えた瞬間、心臓が跳ねた。
(だ、大丈夫かな…?こんなこと言って笑われない…?)
「巨大な…?」
大臣たちは顔を見合わせた。
先ほどまでの嘲笑は、消えていた。
「そのような規模の貯水施設など、聞いたこともない…。」
「まさか、そんなものが本当に作れるとでも?」
ざわめきが広がり始めた——その時。
「待て。」
宮廷魔術顧問が口を挟んだ。彼は魔法至上主義者で、先ほどの会議でも魔術師の召集を主張していた人物だ。
「そんな回りくどいことをせずとも、魔術師を使えば済む話ではないか。わざわざ湖など作る必要があるのか?」
同じく魔法至上主義の貴族が、当然だと言わんばかりに鼻で笑った。
「そうですとも。魔法こそが万能なのに、土木工事など……。」
その言葉に、何人かの貴族が頷く。
リリアーヌは息を吞んだ。
(ど、どうしよう……。反論してもいいのかな……。)
聖皇は何も言わず、ただじっとリリアーヌを見つめていた。まるで、リリアーヌがなんと答えるのか見極めるかのように。
(ううん!ここで怯んではダメ!声に出す勇気を持つと決めたばかりじゃない。)
怯む心を叱咤して、胸の奥にある言葉を押し出すように、リリアーヌはそっと口を開いた。
「……魔法だけでは、限界があるからです。」
「限界?何を言ってる。魔法は万能だろう。」
「それに水路ならすでにある。わざわざ巨大な湖を作る必要があるのか?」
「その通り!魔法で水を生み出し、既存の水路へ流せば十分だろう!」
口々に反論が飛ぶ。
しかし、リリアーヌは怯まず、ぎゅっと手を握りしめた。
「貯水湖なら、一度築いてしまえば、魔法に頼らず水を供給できます。そして何より――近年、魔術師が過重労働で倒れる例が急増しています。魔術師の過酷な労働環境が、今や社会問題になっているのです。だからこそ、魔法に頼らない方法が必要だと私は思います。」
場が静まり返る。
リリアーヌは震える声のまま続けた。
「それに、このまま魔法に頼り続ければ……いずれ、メルカディオン国のようになります。」
聖皇の瞳が一瞬だけ興味深げに細められた。彼の脳裏にはある言葉がよぎった。
『陛下。このままでは、我が国はメルカディオン国と同じ末路を辿ることになるでしょう。』
「……メルカディオン国。」
アルフレートも目を見開いた。
(メルカディオン国は知っている。古代史で習った。魔導文明で栄えた王国だと……。だが、魔法崩壊?そんな話は聞いたことがない……!)
「メルカディオン国?」
「何だ。それは?」
聞き覚えのない国名に貴族たちは怪訝な顔をする。
「古代王国時代に魔導文明の頂点と称された国です。メルカディオン国は魔術師にすべてを任せ、魔法で全てを解決しようとしました。その結果……魔力枯渇と反動で国そのものが衰退し、最終的に魔法崩壊を起こして滅んだのです。」
ざわっ、と場にざわめきが走る。
「リリアーヌ様!皇太子殿下の側室という身でありながら、国政に口を挟むなど不敬ですぞ!これ以上の発言は……!」
一人の貴族が我慢ならないといった様子で、立ち上がり、リリアーヌを黙らせようとした。
リリアーヌはビクッと震えた。
(やっぱり…私が口を出すべきじゃなかった…。)
しかし、聖皇が口を開いた。
「…よい。」
「へ、陛下!?」
「リリアーヌよ、続けよ。」
聖皇の言葉に、リリアーヌは目を見開いた。
貴族たちも、聖皇の意向に逆らえず、黙り込む。
(陛下が…私の話を聞いてくださるの?)
小さく息を吸い、リリアーヌは震える声で続けた。
「……だからこそ、魔法だけに頼ってはいけません。
魔法は確かに便利です。でも……、支える人が壊れてしまえば、国ごと壊れてしまう。だから、魔法以外の方法も……準備しておくべきだと思います。」
その声は震えていた。
だが、確かな勇気と覚悟が宿っていた。
(いい香り…。)
香りからして、上質な茶葉であることに気付いた。
聖皇の視線がリリアーヌを捉えたまま、離れない。
居た堪れなくなり、視線を逸らす。
ふと、正面を見るとアルフレートが、優雅にカップを持ち上げた。
音もなく口をつける。その所作は、まるで舞うように美しい。
(殿下のように…できるかな。)
リリアーヌは真似しようとして、カップに手を伸ばす。
(確か、カップってこうやって持つんだよね?えっと、音は立てずに…)
リリアーヌは細心の注意を払いながらお茶を飲むが、
緊張して手が震えてしまい、
カップを置く時に音を立て、中身を少しこぼしてしまう。
「あっ…!」
リリアーヌはさーっと顔が真っ青になった。
「も、申し訳ありません…!」
リリアーヌは頭を下げて謝罪した。男爵家でこんな失態をしたら、間違いなく折檻を受けるだろう。
リリアーヌはぶるぶると震えた。居た堪れなくて、このまま消えてしまいたいと思う程の気まずさを感じた。
「父上、彼女はその…、まだ側室になって日が浅く、側室教育も受けていないのです。きちんと教育を受けさせなかった私に責任があります。」
(殿下…?)
リリアーヌはアルフレートが自分を庇ってくれたのが信じられず、彼を見上げた。
「体調が優れない、か…。そんなに身体が弱いというのに、世継ぎの皇子を儲けることができるというのか?皇太子よ。そなたはどういう理由で彼女を側室に迎えたのだ?」
「ッ、それはその…、」
言葉に詰まるアルフレート。
(ど、どうしよう。私のせいで殿下が責められている。私のせいだ…。私がもっとしっかりしていれば…!)
カリーナのように貴族令嬢らしく振る舞うことができていれば、こんな事にならなかったのに…。
でも、私には——何もできない。
リリアーヌは自分の不甲斐なさが恥ずかしくなった。殿下は私を庇ってくれたというのに…、私は何もできていない。こんな、自分が嫌になる…。
聖皇は答えられないアルフレートを見て、ふうっと溜息を吐くと、リリアーヌに視線を戻した。
「リリアーヌ。一つそなたに聞きたい。」
「は、はい…。陛下。何でございましょうか?」
「つい先ほど、ここにいる者たちと議題を交わしていたのだ。ここ数か月、我が国は雨が降らず、水不足の問題が多発している。その問題をどうするか話し合っていたのだ。さて、リリアーヌよ。そなたなら、どうする?どうやって、この問題を解決するべきだと思う?」
リリアーヌは凍りついた。
水不足? 会議? 意見?
心臓が早鐘を打つ。
(わ、私が……?こんな大臣たちの前で……?)
「わ、私は......、その......。」
言葉が出てこない。大臣たちの冷たい視線が突き刺さる。
「父上!リリアーヌにはまだ…、」
聖皇はアルフレートを手で制した。その場にいる貴族たちは、もうリリアーヌに興味をなくしたように書類に目を通している。
水不足問題――。そうだ。確かにこの国は毎年、乾季になると水不足問題が深刻化する。
水源の確保を巡って領地戦が勃発するほどの、この国の大きな課題だ。
でも、リリアーヌは女で、政治についても知識がなく、教育も受けていない。
そんな私が意見を言うなんて無理!
「わ、私如きが意見を口にするなど…、」
「そう気負うことはない。思ったことをありのまま言うだけでよい。」
(こ、こんな大勢の前で…!?ど、どうしよう!思ったことをありのままって言われても、相手は聖皇陛下…!下手なこと言って不敬罪になったらどうすればいい?な、何が正解なの?ど、どう答えればいい?わ、分かんないよ。)
リリアーヌは頭が真っ白になる。
その時――ふと、幼い頃の記憶が蘇った。
教会の庭。あの優しいシスターの声。
『弱くても、小さくてもいいの。誰かのために正しいと思うことを、胸にしまい込まず、そっと声に出す勇気が、あなたの力になるのよ。』
リリアーヌの胸に、温かいものが広がった。
(声に出す勇気……。)
震える手を、ぎゅっと握りしめる。
(今、声に出さなければ――きっと、後悔する。)
ずっと考えていた。水不足の問題は男爵領でも毎年、頭を悩ませていた。
何かいい方法はないかとリリアーヌは書物を読み漁ったこともある。
(あ、そうだ。さっき、読んでたパレフィエ国でだって……。)
リリアーヌの頭の中には、つい先ほどまで眺めていたパレフィエ国の美しい砂漠の挿絵が浮かんだ。
そして、次に思い出したのは昔に読んだ古い文献……。
リリアーヌは長い間、胸に秘めていた思いを口にする。
「わ、私なら…、貯水湖を作りたいと思います。」
リリアーヌの声は小さく、震えていた。
居並ぶ大臣たちの視線が、一斉に彼女に注がれる。
「貯水池、ですか?」
ある大臣が、鼻で笑った。
「それならすでに皇太子殿下が提案されております。そのようなことも存じ上げないのですか?」
別の大臣が呆れたように付け加えた。
「そもそも、貯水池など昔からあるではないか。今さらそんな当たり前のことを……。」
「まあ、仕方ありますまい。社交界デビューすらしていない男爵家の娘では…。」
クスクスと、嘲笑が漏れる。
リリアーヌは顔が熱くなるのを感じた。
(やっぱり…、私なんかが、こんな場所で…)
『大丈夫…。そのまま続けて。』
その時、リリアーヌの背後から声が聞こえた気がした。
そっと背中を押されるような、温かな感覚。
それはあのシスターの声に似ていた。
「いえ。」
リリアーヌは震える声を絞り出した。
「貯水"池"ではなく、貯水"湖"です。」
「…は?」
場が静まり返った。
「湖…ですと?」
「何を言っている。この娘は……、」
「男爵家の娘が何を……、」
ざわめきが起こる。一部の貴族たちは顔を見合わせ、鼻で笑った。書類から手を止める者もいるが、その目には明らかな侮蔑の色があった。
だが――聖皇だけは違った。
その目に宿っているのは、嘲りではなく、興味の光だった。眉をわずかに持ち上げ、じっとリリアーヌを見つめている。
アルフレートも、思わず身を乗り出していた。
(池ではなく、湖…?いや、そもそも発想の次元が違う…!)
「リリアーヌ。貯水湖とはなんだ?既存の貯水池とはどう違うのだ?」
(殿下…。私の言葉を聞いてくれるの?)
嘲笑の中、アルフレートだけが真剣な眼差しで問いかけてくる。
リリアーヌの胸に、小さな勇気が灯った。
アルフレートの問いに、リリアーヌは緊張で喉を震わせながら答えた。
「はい。小規模な貯水池ではなく、村や町、複数の領地をまたいで水を供給できるほどの、巨大な貯水施設のことです。」
リリアーヌは小さく息を吸い、続ける。
「雨季のうちに、地形を利用して大きな湖を作り、そこに雨水を貯めておくのです。そうすれば、乾季になっても、貯めておいた水を使うことができます。魔術師に頼らずとも、安定した水の確保と供給が可能になるかと……。」
言い終えた瞬間、心臓が跳ねた。
(だ、大丈夫かな…?こんなこと言って笑われない…?)
「巨大な…?」
大臣たちは顔を見合わせた。
先ほどまでの嘲笑は、消えていた。
「そのような規模の貯水施設など、聞いたこともない…。」
「まさか、そんなものが本当に作れるとでも?」
ざわめきが広がり始めた——その時。
「待て。」
宮廷魔術顧問が口を挟んだ。彼は魔法至上主義者で、先ほどの会議でも魔術師の召集を主張していた人物だ。
「そんな回りくどいことをせずとも、魔術師を使えば済む話ではないか。わざわざ湖など作る必要があるのか?」
同じく魔法至上主義の貴族が、当然だと言わんばかりに鼻で笑った。
「そうですとも。魔法こそが万能なのに、土木工事など……。」
その言葉に、何人かの貴族が頷く。
リリアーヌは息を吞んだ。
(ど、どうしよう……。反論してもいいのかな……。)
聖皇は何も言わず、ただじっとリリアーヌを見つめていた。まるで、リリアーヌがなんと答えるのか見極めるかのように。
(ううん!ここで怯んではダメ!声に出す勇気を持つと決めたばかりじゃない。)
怯む心を叱咤して、胸の奥にある言葉を押し出すように、リリアーヌはそっと口を開いた。
「……魔法だけでは、限界があるからです。」
「限界?何を言ってる。魔法は万能だろう。」
「それに水路ならすでにある。わざわざ巨大な湖を作る必要があるのか?」
「その通り!魔法で水を生み出し、既存の水路へ流せば十分だろう!」
口々に反論が飛ぶ。
しかし、リリアーヌは怯まず、ぎゅっと手を握りしめた。
「貯水湖なら、一度築いてしまえば、魔法に頼らず水を供給できます。そして何より――近年、魔術師が過重労働で倒れる例が急増しています。魔術師の過酷な労働環境が、今や社会問題になっているのです。だからこそ、魔法に頼らない方法が必要だと私は思います。」
場が静まり返る。
リリアーヌは震える声のまま続けた。
「それに、このまま魔法に頼り続ければ……いずれ、メルカディオン国のようになります。」
聖皇の瞳が一瞬だけ興味深げに細められた。彼の脳裏にはある言葉がよぎった。
『陛下。このままでは、我が国はメルカディオン国と同じ末路を辿ることになるでしょう。』
「……メルカディオン国。」
アルフレートも目を見開いた。
(メルカディオン国は知っている。古代史で習った。魔導文明で栄えた王国だと……。だが、魔法崩壊?そんな話は聞いたことがない……!)
「メルカディオン国?」
「何だ。それは?」
聞き覚えのない国名に貴族たちは怪訝な顔をする。
「古代王国時代に魔導文明の頂点と称された国です。メルカディオン国は魔術師にすべてを任せ、魔法で全てを解決しようとしました。その結果……魔力枯渇と反動で国そのものが衰退し、最終的に魔法崩壊を起こして滅んだのです。」
ざわっ、と場にざわめきが走る。
「リリアーヌ様!皇太子殿下の側室という身でありながら、国政に口を挟むなど不敬ですぞ!これ以上の発言は……!」
一人の貴族が我慢ならないといった様子で、立ち上がり、リリアーヌを黙らせようとした。
リリアーヌはビクッと震えた。
(やっぱり…私が口を出すべきじゃなかった…。)
しかし、聖皇が口を開いた。
「…よい。」
「へ、陛下!?」
「リリアーヌよ、続けよ。」
聖皇の言葉に、リリアーヌは目を見開いた。
貴族たちも、聖皇の意向に逆らえず、黙り込む。
(陛下が…私の話を聞いてくださるの?)
小さく息を吸い、リリアーヌは震える声で続けた。
「……だからこそ、魔法だけに頼ってはいけません。
魔法は確かに便利です。でも……、支える人が壊れてしまえば、国ごと壊れてしまう。だから、魔法以外の方法も……準備しておくべきだと思います。」
その声は震えていた。
だが、確かな勇気と覚悟が宿っていた。
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