冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

ルーファスside

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偶然だった。イグアスに襲われていたあの側室を見つけたのは。
夜会など行きたくなかったが王子は全員参加せよとの命令のせいで仕方なく、夜会に赴いた。
夜会は嫌いだ。そもそも、人目のある場所が昔から苦手だった。誰にも会いたくない。他人に会えば嫌でも思い知らされる。自分が如何に異質な存在であるかを…。

周囲の人間から向けられる恐怖、嫌悪、軽蔑の視線、ひそひそと囁かれる悪意ある言葉、目が合っただけで悲鳴を上げられ、時には罵声を浴びせられる。
昔は周囲の人間の態度と言葉にその都度、傷ついていたものだ。今は…、もう慣れた。
だが、慣れたからといってありとあらゆる負の感情を向けられるのは気分がいいものではない。
だから、ルーファスはいつも人目を避けていた。どうせ、夜会に行った所で忌避され、化け物でも見るような目で見られるだけだ。それが分かってて、夜会に行く気になど到底なれない。
夜会はとっくに始まっているが皇帝の入場はもう少し後だ。早めに行かずともギリギリまでどこかで時間を潰そう。そう考えて、暇つぶしに夜の庭園を散策した。

そういえば、今日は満月だったな。

ルーファスは空を見上げた。目が霞んでよく見えない。だが、前回の満月がいつだったか覚えている。
だから、次の満月が今日であることは把握している。満月になると、また、アレがくる。
ハア、と重い溜息を吐いた。いつものことだ。アレは一時的なものだし、真夜中にならなければ起こらない。
夜会を早く切り上げて、さっさと部屋に戻れば十分に間に合うだろう。
歩きながら、今、こうしてこの場に立って歩いていることに不思議な気持ちを抱いた。
つい最近までベッドから起き上がれない位に弱り切っていたのにこうして、自分の足で誰の手も借りずに歩けるようになるとは正直、思わなかった。
ルーファスはポケットからハンカチを取り出した。鷲の刺繍がされた紺のハンカチ…。
あの側室がくれた物だ。

あの日…、自分の体調が回復したのはこのハンカチに触れてからだ。だから、あの側室が何かしたのかと思い、探りを入れた。が、彼女は特に何か魔術をかけたわけではなく、ただの気休めのまじないをしただけだった。まじないやお守り、占いは昔は盛んであったが今ではほとんど廃れ、効果もないので古臭い迷信じみた邪術だと蔑まれている傾向にある。貴族や市民の間では未だに占いを妄信している者もいるがそれは一部の人間だけだ。
初めは光魔法でも使ったのかと思ったのだが…、彼女の反応から気のせいかと思った。

だが、あれからも…、このハンカチを枕元に置いて寝れば悪夢は見なくなった。このハンカチを身に着けてからは少しずつ体調が回復し、こうして一人で歩けるようにまでなった。
果たして、これは偶然なのか?分からない…。このハンカチを見ると、あの側室を思い出す。
あの女が自分を気遣う振りをするのも歩み寄ろうとする姿勢を見せるのも自分を怖がらずに躊躇なく触れようとするのも本心ではないと分かっている筈なのに…、何故かあの女の姿が目に焼き付いて離れない。
騙されるな。期待などするなと必死に自分に言い聞かせる。

あの時、リスティーナが襲われていることは最初から気づいていた。彼女には気が付かなかったと嘘を言ったが本当は違う。彼女がイグアスに迫られている所から会話は聞いていたのだから。ルーファスは目は悪いがその分、気配と物音に敏感だ。だから、すぐに気が付いた。
だが、ルーファスはあえて見て見ぬ振りをした。いつものことだと思ったからだ。
イグアスは昔からルーファスに対抗意識を燃やし、敵意を示していた。小さい頃からイグアスは何でも一番でないと気が済まない性格だった。病弱で呪われた出来損いの兄であるルーファスを見下しながらも、自分より先に生まれたルーファスの存在が気に食わない様子だった。だからだろうか。何でも持っている癖にルーファスの物を欲しがり、奪っていった。子供の頃は物を取ることが多かったが成長した今ではイグアスはルーファスの妃を狙うようになった。

ダニエラもその一人だ。だが、別に気にもしなかった。
ダニエラも他の側室も自分を見て、青褪め、恐怖する。自分を避ける女達とまともな関係が築けるわけがないし、不貞を犯したと聞いても何も思わなかった。むしろ、そうだろうなと納得してしまう。
だから、イグアスとあの側室を見ても然して驚かなかった。結局、あの側室も地位と権力と顔がいい男がいいのだろう。

リスティーナの言葉に苛立ちを覚える。俺に取り入る為か同情か知らないがいつまでも殊勝な振りをして…、どうせ、全部演技なのだろう。イグアスを拒んでいるように見せて、本当は喜んでいる。口では嫌がる振りをしているが本心ではない。女がよくやる手口だ。

以前にも似たような場面に遭遇したことがある。嫌がる女を無理矢理手籠めにしようとする男がいたから、その時は止めに入ったのだが、男だけでなく、助けた筈の女にまで罵倒された。
助けなければよかったと心底、後悔した。それからも貴族が一夜のアバンチュールを楽しんでいる場面を見て、その時に女が抵抗する素振りを見せながらも本気で拒んでいるわけではない様子に漠然とあれが男女の駆け引きというやつなのだと理解した。

心のどこかであの側室は他の女とは違うのではないかと思っていたらしい。馬鹿馬鹿しい。女なんて皆、同じだというのに。何を期待していたというんだ。あの側室なら、自分に心を傾けてくれるんじゃないかと思ったというのか。実の母親にすら化け物と罵倒された醜い俺が愛されるとでも?
そんな事、ある訳がないというのに。
そうしている間にもイグアスはあの側室を押し倒し、事に及ぼうとしている。見つかればただ事ではすまないというのに…。まあ、あのイグアスの事だ。その側室に誘われたとでも言って、言い逃れする気だろう。彼女は小国の王女で立場も弱い。本当の事を話したとしても誰も味方しないだろう。何より、イグアスに夢中のダニエラが黙っていない。ダニエラに睨まれてしまえば気の毒だが、あの側室は悲惨な末路しか待っていない。頼りになるのはイグアスだがあいつは面倒事を嫌うし、力のある国の王女や高位貴族の令嬢しか相手にしない。その女達を利用して自分が王太子になる足掛かりを得る為だ。時々、戯れに身分の低い女を相手することもあるが飽きたら捨てるを繰り返している。彼女は一国の王女だが、小国の王女だし、利用価値があるとはいえない。あのイグアスだってそれは分かっている筈だ。恐らくはまたいつもの気まぐれと俺への嫌がらせで手を出したのだろう。きっと、あいつは今までの女達と同様にあの側室を見捨てる。そういう男だ。

だが、そうなったとしても俺には関係がない。受け入れたのはあの側室だ。ダニエラ達と同様、勝手にやればいい。そう思い、欠片も同情せずに冷めた目で二人を見下ろしていると、不意にあの側室がこちらを見た気がした。…気のせいだろう。フイッと視線を逸らし、そのまま見なかったことにしようと背を向ける。そのままその場から立ち去ろうと足を踏み出す。

それなのに…、彼女の悲鳴を聞き、思わず足が止まった。振りとは思えない位に本心から怖がり、嫌がっているかのような悲痛な声…。それまではあれだけ声を上げていたのにその悲鳴を最後に声が聞こえなくなった。そのことに何故か胸がざわついた。
どうして俺は未だにこの場に踏みとどまっているのだろうか。早く立ち去るべきだと分かっているのに…。何故、この場から離れることができないのだろう。気付けば踵を返して元いた場所に戻り、口を開いていた。

何故、助けたのだろうか。ルーファスは未だに分からなかった。分からないのはそれだけじゃない。その後の彼女の態度も分からないことだらけだ。自分が寄越した上着も突き返されるかと思いきや受け取るし、差し出した手も戸惑うことなく、重ねた。
自分に取り入る為でもなく、利用価値のある他の男を見定めることもなく、純粋な善意で俺を心配する彼女が分からない。けれど…、嘘を吐いているようにも見えなかった。その上、自ら俺に触れたいと願った。実の親ですら触れるのを嫌悪するというのに…。
彼女が俺の手に触れた瞬間、不思議な心地よさを覚えた。温かい手だった。手に触れたことで彼女の顔がぼんやりとだが最初よりも見えるようになった。それから…、触れたことで彼女の声が聞こえた。
悲しみと苦しみが入り混じり、寂しいと泣く幼子のような感情…。思わず感じたままに訊ねてしまった。
慌てたように手を離す彼女に一抹の寂しさを感じた。無意識に手を伸ばしていた。彼女の声に我に返り、慌てて手を引いたが話しかけられなければあのまま無遠慮に触れてしまう所だった。

はあ、と溜息を吐き、長椅子の背もたれに背を預けた。…今日だけで少なくとも四回は力を使った。
さすがに使い過ぎたか。著しい疲労感と倦怠感は力を使った代償だ。
呪いが身体を蝕むようになったがそれと引き換えにルーファスは人とは違う力を手に入れた。
意識して使う事も出来るが無意識に使ってしまう事もある制御のできない不可解な力…。
イグアスの攻撃を跳ね返し、池に沈んだ彼を引き上げたり、衛兵に見つからないよう姿を隠したり、この部屋に着くまでに他人に見られないように目くらましをしたりしたのも全てこの力によるものだ。
呪いによる忌まわしい力だが今回ばかりは役に立った。だが、連続で力を使ったせいで身体が重怠さを感じる。座って休んだせいか少しだけ楽になった気がする。

そろそろ、メイドを呼ぶか。

彼女もドレスを着替えるには手伝いが必要だろう。俺が手伝う訳にもいかないし、第一、着方も知らない。そう思い、立ち上がろうとした。その瞬間、クラリ、とまたしても眩暈がした。慌てて椅子の背もたれに掴まる。さっきの眩暈よりも強い眩暈…。眩暈がおさまるまでこのままじっとしていようかと考えたその時、ドクン、と血が滾るような感覚に襲われる。この感覚…、まさか…。
その間にもドクン、ドクンと心臓が脈打つような音が耳元で響く。そして、血が滾る感覚も強くなっていく。

「っ…!く、そっ…!」

はあはあ、と息が上がり、息遣いも荒くなっていく。熱い。身体が…、熱い。

「こ、こんな…、時、に…!」

まだ早い。いつもはこんなに早い時間にはこないのに…、まさか…、力を使ったせいか?それが原因で…?
くそっ!どうして、よりによって今なんだ…!そう心の中で悪態を吐くが身体の疼きは抑えられない。
血液が全身を駆け巡り、心臓の鼓動が耳元で聞こえるかのようだ。頭が痛くなり、目が霞み、視界が揺れる。やがて、立っていられなくなり、身体がふらついた。
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