冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第二章 相思相愛編

ルーファスの容態

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「殿下!しっかりなさって下さい!殿下!」

ロジャーが必死に叫んでいる。ルーファスは寝台の上で苦しそうに呻き、咳をした。口からは血を吐いて、口元と胸元に血が付着している。

「ろ、ロジャーさん!殿下は助かるんですか?」

ルカの言葉にロジャーは悲痛な表情を浮かべた。

「い、今までだって、毒を盛られても助かっていたんでしょ!?」

「今まで毒を口にしても平気だったのは呪いの力のお蔭だった。皮肉な事だが、殿下を苦しめている呪いが毒を無効化にして、殿下の命を救っていたのだ。」

「だったら…!」

「だが、あの呪いの力には欠点がある。毒を口にしてもその場は効いていないように見えるが、その直後、激しい苦痛が身体に襲う。その痛みはわたしには想像もつかない。だが、殿下が苦しんでいる姿を見れば分かる。その激痛は恐らく、相当に辛いものなのだと…。毒の苦痛よりも倍の苦痛が殿下を襲っているのだろう。力が発動すると、いつもその副作用に殿下は苦しまれる。それに…、殿下は言っていた。次に毒を盛られれば、自分は死ぬかもしれないと。殿下の身体はもう限界なのだ。だから、決して毒を口に入れないようにしていたのに…。」

「え…、そんな…。じゃあ、殿下はこのままじゃ…、」

「…まだ決まったわけではない。とにかく、今はリスティーナ様にこの事は耳に入れぬようにして…、」

ロジャーとルカが深刻な顔で話をしていると、不意にカタン!と音がした。振り向くと、そこには真っ青な表情を浮かべたリスティーナが立ち尽くしていた。





リスティーナは不吉な夢を見た気がした。
夢の内容は覚えていない。でも…、妙に胸騒ぎがした。
直感的にルーファスの元に行かなければならない気がしてきた。
リスティーナはすぐに起き上がり、手早く着替えを済ますと、身だしなみもそこそこに、部屋を飛び出した。ハッハッ、と息切れしながらもリスティーナは廊下を走った。

「どちらへ?後宮の外には、許可なく出ることは許されません。」

けれど、後宮の入り口を警護する騎士達に止められてしまった。

「お願いします!殿下に会いに行かせて下さい!」

「なりません。後宮の側室である以上、勝手に外を出歩くことは許されません。」

「そこを何とか…!」

「リスティーナ様!」

それでも、尚、言い募るリスティーナにたまたま傍を通りかかったジーナが駆け寄った。

「ど、どうされたのですか?このような所で…。部屋で寝ていたのでは…、」

「ジーナ。私、どうしても、殿下にお会いしたくて…!」

「で、でも、今、殿下はまた体調を崩して寝台に臥せっていると聞いています。殿下の体調が回復したら、きっとまた…、」

「どうしても、今すぐお会いしたいの!」

体調を崩しているという言葉を聞いた以上、益々、じっとしていられなくなった。呑気に休んでいる場合じゃない。殿下の様子を確認しないと…!
ジーナはリスティーナの切羽詰まった様子に少しだけ考え込むような表情を浮かべ、

「リスティーナ様。後宮の外へ出るには特別な許可が必要なのです。許可がない以上、後宮から出ることは許されません。リスティーナ様だって今も体調が万全ではないのですから、早く部屋に戻りましょう。」

「で、でも…!」

「リスティーナ様。ここは、私にお任せください。大丈夫。私に策があるのです。」

小声で耳打ちされ、リスティーナは戸惑いながらもジーナの言葉に従った。ジーナは近衛兵に会釈をし、任務のお邪魔をしてすみませんと言い、リスティーナと共に部屋に戻った。

「さ、リスティーナ様。まずは、これに着替えて下さい。」

「これは…、」

渡されたのは、侍女のお仕着せだった。

「正攻法では後宮からは出られません。女官長に頼めば許可を取る事もできますが、時間がかかりますし…。でも、後宮の侍女なら簡単にここを出られます。だから、侍女に変装して、ここを出ましょう。」

「ありがとう!ジーナ!」

リスティーナはジーナの計らいに深く感謝した。さっそく袖を通した。サイズは問題なかった。

「リスティーナ様の美貌は目立ちますから、この眼鏡をかけてください。髪も三つ編みにしておきましょう。それから、帽子も被って…、」

リスティーナはジーナに言われた通り、眼鏡をかけ、髪を結び、後ろに流した。そして、帽子を被った。

「これで、多分、大丈夫な筈です。…別の意味で危ない気もしましたけど。」

「え?」

「な、何でもありません!リスティーナ様!とりあえず、私と一緒にここを出ましょうか。一緒にいた方が単独でいるより怪しまれませんから。」

「いいの?ジーナも仕事があるんじゃ…、」

「大丈夫です!…むしろ、こんな状態のリスティーナ様を一人で行かせる方が危険ですし。」

ジーナの後半の呟きは小声でよく聞こえなかった。リスティーナは首を傾げつつも、一緒に行ってくれるのは心強いのでジーナの提案を受け入れた。



「り、リスティーナ様!それは、わたしが持ちますから!」

「いいのよ。今の私は侍女の格好をしているのだから、一人が運んで一人が何も持ってないなんておかしいでしょう?」

「で、ですが、リスティーナ様にそんな重たいものを持たせるだなんて…。」

「ただの本じゃない。全然重くないから大丈夫よ。あ、それと、私の事はティナと呼んでくれる?敬称で呼ばれると周りの人に怪しまれるでしょう?」

「は、はあ…。」

ジーナはリスティーナの言葉に困惑した。
普通、王女様ってスプーンより重たいものを持ったことがないといわれているのに…。
しかも、お仕着せを着ることに抵抗もないし、着替えを手伝おうとしたら一人で着替えているし…。
しかも、一介の侍女に愛称まで呼ぶことを許すだなんて…。

ジーナは驚きを隠せない。
そういえば、リスティーナ様って、母親の身分が平民だからという理由で母国では冷遇されていたんだっけ?
確か、スザンヌがそんな事を話していた気がする。あまり、詳しくは教えてくれなかったけど…。
きっと、今まで苦労をされたのね。
リスティーナ様は王女でありながら、その存在や名前はあまり知られていない。
幾ら小国とはいえ、リスティーナ様の美貌なら、各国に名が知られていてもおかしくないのに…。

ジーナは改めて、リスティーナをチラッと見つめる。できるだけ地味に装っているがそれでもリスティーナの清楚で可憐な美貌は隠しきれていない。歩く動作にも品があり、気品の良さが滲み出ている。
実際、通り過ぎる使用人や騎士はリスティーナを見て、思わず振り返っている。

「重そうですね。よければ、手伝いましょうか?」

「まあ、ありがとうございます。でも、大丈夫です。騎士様もお仕事がありますでしょう?どうぞ、お気になさらず。」

「そ、そうですか。あの、よろしければ、お名前を…、」

「ティナ!早く行かないと怒られちゃうわよ!」

ジーナは慌てて、リスティーナの背を押して、騎士とリスティーナを引き離した。
これでもう三人目だ。リスティーナに見惚れた男達は立ち去る人がほとんどだったが何人かは直接声を掛けてきた。
さっきのように手伝おうとしたり、時間を聞いてきたり、道に迷った振りをして道を聞いてきたり…。やっぱり、ついて来て正解だった。
リスティーナ様を一人で行かせていたら、どうなっていたことか…。
使用人か騎士が相手なら、まだいいが最悪、貴族の誰かに目を付けられたら、無理矢理部屋に連れ込まれていたかもしれない。
実際、そういった被害に遭い、傷物になった侍女は少なくないのだから。
そんな事になれば、リスティーナ様は不貞の罪を着せられてしまう。
どんな事情があっても夫以外の男と関係を持てば、それだけで非難されてしまう。
それだけは阻止しないと!リスティーナに忠誠を誓ったジーナはそう心に決めた。

「ジーナのお蔭で別館まで行くことができたわ。ありがとう!」

「そ、それは良かったです…。」

笑顔でお礼を言うリスティーナとは対照的にジーナはぐったりとした表情で疲れ果てていた。
リスティーナは自分が他人にどう見られているのかよく分かっていないのか、下心丸見えで話しかけてくる男にも丁寧に接していた。その度に引き離すのにジーナは苦労した。
何せ、話しかけてくる男達の中にはリスティーナの態度から脈ありだと勘違いする者もいるのだ。
リスティーナ様は誰にでもああいった態度だから、脈ありでも何でもない。
リスティーナの侍女をしているジーナはリスティーナが身分関係なく、誰にでも丁寧で優しく接する人だという事をよく分かっている。が、あの人達はそれを知らない。当たり前だ。初対面なのだから。
リスティーナのそういった所は好感を抱くし、尊敬しているがあんな人達にまで丁寧に接しなくてもいいのに…、と思ってしまう。
むしろ、ちょっと邪険に扱ってもいい位だ。ああいう人達ってすぐに勘違いしそうだし。
お蔭でジーナはここまで来るのに大分、体力と気力を使い果たした気がした。

「ジーナ、大丈夫?ごめんなさい。もしかして、荷物重たかったかしら?もう少し私が持てばよかったわね。」

リスティーナはそんなジーナを重い荷物を持ったことで疲れたのだと思った。
もしかして、リスティーナ様って結構、鈍い?改めて、ジーナはそう思った。

「リスティーナ様?」

その時、別館の前にいた甲冑の男がリスティーナに気が付いた。

「その声…、ロイド?」

「リスティーナ様。無事に目が覚めたのですね。安心しました。ですが、何故、こちらに?」

「ええ。私なら、もう大丈夫。ありがとう。ロイド。突然、ごめんなさい。どうしても、ルーファス様に会いたくなって…、後宮を抜け出して来てしまったの。あの、ルーファス様は今…、どんな状態なの?」

「それは…、」

「私、ルーファス様にお会いしたいの!無理を言っているのは分かっているけど、お願い。ルーファス様に一目だけでも会わせて!」

「…分かりました。殿下に会ってやって下さい。…もしかしたら、最後になるかもしれないですし。」

「最後…?最後ってどういうこと!?」

「事情は歩きながらお話しします。こちらへ。」

そう言って、ロイドはリスティーナを案内した。

「ロイド!さっき、言っていた最後ってどういう…!?」

「リスティーナ様は毒を飲んで倒れた後、殿下にここへ連れてこられたことは覚えていますか?」

ロイドの質問にリスティーナは戸惑いながらも答えた。

「正直、あの後の事はあまり覚えていなくて…。でも、ぼんやりとだけどルーファス様が私を助けてくれたのは覚えているの。ルーファス様が私を抱えて連れ出してくれたのよね?ただ、その後の記憶が…、」

「無理もありません。毒の影響で記憶が曖昧になってしまっているのでしょう。では、わたしから簡単にあの後の事を説明します。リスティーナ様が倒れた後、殿下はあなたに毒を吐き出す為に薬を飲ませて、リスティーナ様の身体から毒を抜こうと試みました。ですが、リスティーナ様に盛られた毒は強すぎて、とても危険な状態でした。そこで、殿下は力を使ったのです。」

「え、それってルーファス様の呪いの…?」

「そうです。殿下は呪いの力を使って、リスティーナ様の毒をご自身の身体に移し替えたのです。」

「そんな事ができるの!?で、でも、力を使ったらその副作用でルーファス様の身体には負担がかかるのに…!」

エルザの言葉を思い出す。彼の呪いは力を使えば使う程、寿命を削る。リスティーナは血の気が引いた気がした。

「わ、私のせい…?私を助ける為にルーファス様は…?それで倒れてしまったということ!?」

「いいえ。違います。あなたのせいじゃない。殿下が自ら進んでしたことです。」

「でも、そのせいでルーファス様が倒れてしまったのでしょう!?だったら、私の責任だわ!」

「リスティーナ様!殿下はただ、あなたを助けたかっただけなのです!どうか、自分を責めないでやって下さい。あなたが殿下を守ろうとしたように、殿下もあなたを守りたかっただけなのです。
スザンヌ殿から聞きました。王妃様から毒入りの茶葉を渡されていたと。けれど、あなたは王妃様の命令に従わなかった。それで口封じに殺されかけたのでしょう?そんなあなたを誰が責められましょうか。」

「そんなの…!ルーファス様が守れなかったら意味がないのに…!」

私のせいだ。私のせいでルーファス様が…!
リスティーナは目の前が真っ暗になった気がした。

「る、ルーファス様は助かるの?…し、死んだりしないわよね?」

「それは…、」

いつの間にかルーファスの部屋の前に着いた。
ロイドがリスティーナに何かを答えるより前に、中から話し声が聞こえる。
そして、聞いてしまったのだ。ロジャーとルカの会話を…。
リスティーナは動揺してしまい、思わず物音を立ててしまった。
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