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悪魔の城に行きました
人の世というのは儚いな……
しおりを挟む「王子」
王子に仕える貴族の一人、ラドミールは城に帰ってきた王子を見、駆け寄ろうとしてとどまる。
チッ、と舌打ちをした。
未悠の姿が見えたからだ。
やはり、あの莫迦娘を迎えに行っていらしたのか。
異国から来たという、王子と同じ、黒髪に黒い瞳の美しい娘――。
ガンビオ様もだが。
花嫁候補の娘たちの中には、この娘に何故か心酔し切っているものも居るようだ。
気難しい我が従妹、アデリナも何故か親しくしているようだし。
だが、この娘。
なんだかわからないが、得体の知れない感じがする……とラドミールは野生の勘で思っていた。
他にもっと家柄のしっかりした娘も居るのに、幾ら美しいからと言って、あんなものを妃に選ぶなど、王子は変な媚薬でも嗅がされているのではなかろうか、と疑わしく未悠を見る。
そのとき、未悠の後ろから、ゾロゾロと人が現れた。
王宮に仕える兵士のヤン。
平民出だが、実直で使える男だ。
ちょっと気は弱いが。
そして、風来坊のようなシリオ様。
人は悪くないのだが、未悠にも似た適当さがあるから、この方に王になるとか言われても困るな、とラドミールは思う。
やはり、王となられるのは、我が王子、アドルフ様だ。
出生が少々怪しくとも、お美しく威厳があり、幼き頃から帝王学も学ばれている。
アドルフ王子こそ、次代の王となられるのに相応しい方だ。
ただ……
嫁があれでは不安だが、と未悠を見たとき、
「どうしたんですか。
入ってください」
と未悠がまだ開いたままの扉を見ながら言う。
また、なにを連れてきた、と思っていると、長いマントを羽織った男が城へと入ってきた。
陽の光にきらめく銀色の長い髪に白い肌。
王子にもシリオにも、何処か似ていて、美しい。
……誰だ? と思いながら近づくと、アドルフが、
「ラドミール」
と呼びかけてきた。
はい、と慌てて彼の前に控える。
「この者のために、部屋を用意してくれないか」
とアドルフは、その銀の男を手で示し、言ってきた。
「は?
……はい。
あの、この方は……」
どのような身分の者なのか知らねば、部屋を用意するのに失礼があるかもしれないと思い、そう訊いた。
が、アドルフ王子は何故か困った顔をする。
「この者は――」
そう言いかけ詰まると、未悠が横から、
「シリオ様の遠い親戚です」
と言ってきた。
「何故、私っ!」
と即座にシリオが言って睨まれていたので、恐らく、違うのだろう。
未悠が小声で言ってくる。
「実は、何処のどなたかは申し上げられないのですが。
高貴なお方なのです」
いや、そりゃ、見ればわかるが、と銀の男を見ながら、ラドミールは思った。
品の良い面立ちをしていて、所作にも滲み出す育ちの良さがある。
だが、未悠が言うだけで、なんだか胡散臭くなるんだが、と思っていると、未悠は、
「しばらく、身を隠したいとおっしゃるので、アドルフ様が城に招いたのです」
と言ってくる。
「えっ?
大丈夫なんですか?
そんな方を城に入れて」
と小声で未悠に言うと、彼女は、
「大丈夫です。
ただ、この方にご婦人方は近づけないようにしてください」
と不思議なことを言い出した。
聞こえていたらしい銀の男が、後ろで、
「……濡れ衣だ」
と呟いていたが。
外は暖かいのに、何故か、男はきっちりマントの前を閉じている。
剣か武器でも隠し持っていそうだな、と不安になりつつ、ラドミールは男を窺った。
男は何故か懐かしそうに城の中を見回している。
「王子」
とそちらを気にしながらも、ラドミールは呼びかけた。
「近く、お妃様が森の先の城に来られるそうです。
上手くタイミングが合われたら、訪ねてみられてはいかがでしょうか」
未悠が、なにそれ? という顔でアドルフを見る。
「母上は、いろんな城や屋敷を飛び回って、遊び歩いているのだ。
周期的にこの辺りにも訪れる」
と言うアドルフに、
「……ハレー彗星みたいですね」
と未悠が呟いていた。
そのとき、階段の上の方から、
「タモン様」
と声がした。
見ると、エリザベートがこちらを見ている。
「……エリザベート?」
とその名を呼びながら、タモンと呼ばれた男は不審げな顔をしていた。
ラドミールが部屋を用意してくれている間、未悠たちは悪魔とともに、エリザベートの部屋に来ていた。
「お久しぶりです、タモン様。
最後にお会いしたのは、二十年以上前でしょうか」
そう挨拶したエリザベートは悪魔の顔を見、
「……生きてらしたのですね」
と呟く。
悪魔はそう言うエリザベートをマジマジと見、
「お前……ほんとうにエリザベートなのか?」
と確認するように言ったあとで、溜息をつき、言ってきた。
「人の世というのは儚いものだな……」
「エリザベート様。
この悪魔、もう一回も刺してみてもいいと思いますよ」
やはり、女の敵、と呟きながら、未悠は悪魔のマントを広げ、剣が刺さったままのその腹をエリザベートに見せた。
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