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ふたたび、旅に出ました
此処が魔王の城である
しおりを挟む魔王の城はすぐそこだったが、未悠は、ふと木々の向こうを振り返ってみた。
今、此処からは見えないが、左手にあの花畑があるはずだった。
うーん。
いろいろと気になるな、と思いながら歩いていると、後ろから、
「バスラー様っ!」
と声がした。
何故か供の者を従えたシーラが居る。
バスラーが見ても可哀想なくらい、ビクッとしていた。
「こんなところでなにをしてらっしゃるんですかっ。
子鹿は捕れましたの?
お父様がお待ちかねですのよっ」
どうも獲物を持って、シーラの家を訪ねることになっていたらしい。
「遅れていらっしゃるとか勘弁ですわ。
貴方が私と私の家を軽んじていらっしゃるみたいに見られるではないですか」
さあさあ、となによりも自分が低く見られることを嫌うシーラに首根っこをつかまれるようにして、バスラーは連れ帰られた。
「……あれはいいのか?」
と自由を愛する風来坊、リチャードが振り返り、呟いている。
「いいんでしょう。
なんだかんだで、若くて可愛い嫁をもらったんですから」
と未悠は流した。
シーラにこっぴどくやられながらも、バスラーがちょっと幸せそうに見えたからだ。
……っていうか、少し嬉しそうにも見えたんだが。
もしや、ドMなのだろうか、と思っているうちに、あっさり塔の下に着く。
未悠が壊し、リコたちがトドメをさした地下の入り口から入ろうとして気がついた。
扉の向こうになにか居る。
っていうか、壊れているので、既に見えている!
さっきまで城に居たはずのラドミールがそこに居た。
壊れている扉を更に壊し、大きな身体で塔の地下へと入り込んだリチャードがラドミールに問う。
「お前が新しい魔王か」
タモンが後ろで、いつ、私は魔王を追われた、という顔をしている。
「なんの話ですか」
「お前、いつの間に、此処へと転移した。
城の中に居ただろう」
ラドミールは小馬鹿にしたような顔で全員を見、……いや、アドルフ様も居るんだが、と思う未悠の前で言った。
「迂回して広い道を馬で来たんですよ。
急に隣国からお客人が見えられたんです。
さあ、帰ってください、アドルフ王子。
今、城には客人を出迎えられるような人間が、貴方の他には誰も居ないのですから」
「待て。
私が居ないと未悠が――」
と言いかけるアドルフに、
「此処になにが棲み着いていようとも。
簡単にやられるような娘ですか、これが。
っていうか、アドルフ様より、強そうな者たちがたくさん此処には居るではないですか」
と大概には失礼なことをいいながら、ラドミールはアドルフを連れ帰ろうとする。
「未悠様」
とこちらを振り向き言ってきた。
「王も王妃も居ない今、この方が居らっしゃらないと困るのです。
わかりますね?」
と脅すように言われ、……はい、と頷く。
アドルフも従者に首根っこをつかまれ、去って行った。
どうしたことだ。
敵も現れていないのに、次々仲間が脱落していくが……。
っていうか。
石の塔の中は、よく声が反響する。
この上になにかが居るのなら、この間抜けな会話が全部筒抜けなのでは、と思いながら、未悠は螺旋に続く石段を見上げた。
ラドミールに馬に乗せられ、城に着いたアドルフをリコが出迎えた。
急な客人を、リコがもてなしてくれていたようだ。
「やあやあ、アドルフ様。
申し訳ございません。
お妃様がお気に入りのライチをたくさんいただいたんですよ。
お妃様がこちらに戻っていらっしゃってるというので、馬を飛ばして持ってまいったのですが、入れ違いだったようで」
と言いながら、隣国の公爵が木箱いっぱいのライチを見せてくれる。
ライチは傷むのが早いというから、母上が戻るのには間に合うまいな。
未悠たちに食べさせよう、と思いながら、未悠の身になにか起きてはいまいかと心配する。
……既に、なにか起きていそうな予感がするな。
あいつの行く先々で、なにかが起きるからな、と思いながら、アドルフが公爵と話していると、
「ところで、リコ様がこの城に滞在されているとは思いませんでした」
と男は笑って言ってきた。
「リコをご存知なのですか?」
すると、男は声を落とし、
「ま、大きな声では言えませんが、私は一応、存じておりますよ」
と言ってくる。
俺はリコが何者だか、存じていないのだが……。
ねえ、貴方もご存知でしょう? みたいな口調で言われると、訊けないではないか、とアドルフは思っていた。
「では、私はこれで。
リコ様、お父上によろしく」
と彼はリコを振り向いて言い、リコに、
「どちらのですか?」
と笑顔で言われて、一瞬、止まりながらも、
「ははは。
よろしくお伝えください」
と濁していた。
「あ、お待ちください」
とアドルフは帰ろうとする男になにか取らせようと、引き止めたが、今、戻ったばかりで、なにも用意してはいなかった。
すると、ラドミールが、
「どうぞ、これをお持ちください。
お妃様が旅から持ち帰られた異国の布です」
と見たことも無いような艶やかな光沢の紫色の布を渡していた。
後ろで、エリザベートが頷いている。
彼女が手配してくれたようだ。
「これは素晴らしい。
ありがとうございます、アドルフ王子」
と言われたが、自分はなにもしていない。
お礼の品を用意したのは、エリザベートとラドミールだし。
相手をしていたのは、リコだ。
客人を送ったあと、
「……なあ、俺はいらなくなかったか?」
と訊いたのだが、ラドミールはいつものように淡々と、
「とんでもございません。
王子がそこにいらっしゃるというだけで、相手にしてみれば、大層もてなされた感じがするものです。
王子はそこに存在してらっしゃること自体に意味があるのです」
と言ってきた。
それもなんだかな、と思いながら、窓から森の方を振り返る。
未悠はもうあの塔に入っていってしまっただろうか。
早く戻らなければ、と出て行こうとすると、リコが、
「みんな悪魔の塔に向かったそうじゃないか。
面白そうだな、俺も行くぞ」
と笑顔で言い出した。
「心配なので、私も行きます」
そうラドミールまで言い出し、結局、三人で森へと戻ったその頃、未悠たちは、既に最上階に到達しようとしていた。
「なんか緊張してきたな……」
塔の中の石の螺旋階段を登りながら、タモンが言う。
「なにかが出てきそうで」
と言う彼に、未悠はその後ろをついて歩きながら、
いや、此処、貴方の城ですよ……と思っていた。
城っていうか、塔だが。
先頭は相変わらず、やる気満々のリチャード、次がタモン、未悠。
そして、後ろを守るという理由により、リチャードの部下たちの順だった。
「とりあえず、てっぺんの部屋は血塗れで凄惨ですが」
と未悠が言うと、
「望むところだ」
とリチャードは頷く。
いや、まあ、血塗れなだけですけどね、と思いながら、みんなの話し声と靴音以外に音がしていないか耳を澄ます。
例えば、ケモノの声とか、と思ったが、みんなの話す声が騒がしく、石造りなので反響するため、なにも聞こえない。
いまいち緊張感ないな、タモン様以外、と思っている間に、最上階に着いていた。
「此処が魔王の部屋か」
とリチャードが舌なめずりしそうな顔で呟く。
いや、ただの悪魔だったはずなんですが。
それも、女たらしの悪魔という意味の、と思いながら、リチャードが剣を構え、木の扉を開けるのを見ていた。
アーチ型の簡素な扉が開いた、そこに――
血まみれのベッドはなかった。
「え?」
と未悠とタモンが声を上げる。
ベッドには、パリッとした真っ白なシーツがかかっていたからだ。
「あれっ? 塔間違えました?」
と思わず、未悠が言うと、
「何個もあるのか、こんな塔」
とリチャードが言い、タモンは首を傾げる。
そのとき、
「誰だ」
と声がした。
「誰だ。
私の城に勝手に入ってきた奴は」
よく響くその声に聞き覚えがある気がして、未悠は振り返る。
そこに――
魔王は居た。
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