93 / 127
ふたたび、旅に出ました
貴方が魔王様ですか?
しおりを挟む奥の棚の前に、魔王は居た――。
いや、魔王っぽいものが居た。
そこはかとなく偉そうな生き物が。
その偉そうで魔王っぽいものは、こちらを見、
「未悠じゃないか」
と言う。
「何故、お前が此処に居るんだ……」
と言う彼に、未悠は思っていた。
いや――
貴方こそ、何故、此処に居るのですか……。
「アドルフ王子じゃないか」
とリチャードがこの時代には不似合いなスーツ姿の彼に向かい、言う。
「王子、さっき、あの小生意気そうな召使いに連れ去られてなかったか?」
とリチャードの連れの者たちも言っていた。
リチャードを見ながら、その魔王っぽいモノ――
未悠の会社の社長にして、自称、兄の上遠野駿が言ってくる。
「未悠。
なんだ、この暴走族のヘッドみたいな奴らは」
いや、服装と頭部だけ見て、暴走族とか。
まあ、あんまり間違ってない気もするが、と思いながら、未悠は駿に訊いた。
「社長、なんで此処に居るんです」
「なんでもなにもないぞ。
お前があの花畑で消えてから、俺は何度もあそこを覗いていたんだが。
あるとき、パチンと音がして、気がついたら、また違う花畑に居たんだ。
此処は何処だと思いながら歩いていたら、この塔に出て。
入り口が壊れていたので、なんとなく入り、なんとなく上に登ったら、血塗れの部屋があったので。
部屋の主は殺されたかどうかしたんだろうから、誰も住んでないだろうと思って、とりあえず、此処を寝ぐらにすることにした」
奥の棚に綺麗なシーツもあったしな、と言う。
よく見れば、照明代わりにしたのか、石造りの最上階で寒いから、暖を取ったのか。
暖炉でなにかを燃やした痕跡がある。
血のついたシーツを焼いたのかもしれないな、と思った。
「相変わらず、たくましいですね、社長……」
この人、何処ででも生きていけるな、と思っていたが、やっぱりか、と思っていると、駿は未悠の手を引き、抱き寄せる。
「よかった、未悠。
こんな訳のわからない場所に出て。
夜は真っ暗だし、なんだかわからないケダモノの遠吠えはするし。
都会でしか暮らしたことのない俺には耐えられそうにないと思って。
せめて、死ぬ前にお前に一目会いたいと願ってたんだ」
なんでも冷静に分析できる人だと思っていたが。
おのれに対する分析能力はないようだ、と未悠は思っていた。
貴方に会ったら、ケダモノの方が一撃で夕食にされそうだし。
貴方は、何処ででも死にそうにはない人ですよ? と思っている間、未悠は駿に抱き締められていた。
そして、そんな未悠と駿を何故か、タモンが顎に片手をやり、じっと見つめている。
「……すみませんが、助けてください」
と駿が離しそうもないので、未悠がタモンに言うと、
「助けて欲しいのか」
とタモンは訊いてくる。
「はあ、まあ、できれば……」
と感慨に耽っていて、人の話を聞いていない駿に抱き締められたまま未悠は言ったが、タモンは、うーん、と唸ったあとで、
「いや――
ちょっとなにか思い出せそうなんで、そのままその魔王に襲われててくれ」
と言ってきた。
いやいやいや。
貴方が魔王でしょうが……。
本当に頼りにならない。
やはり、社長の方が余程、魔王らしいな、と思ったとき、階段の下の方から声が上がってくるのが聞こえてきた。
石の壁に反響してはいるが、ラドミールとアドルフの声に聞こえる。
なにやら揉めているようだ。
げ、と未悠は固まった。
アドルフとリコに付いて塔にやってきたラドミールは、彼らと一緒に階段を登りながらも、まだ文句を言っていた。
「それにしても、未悠様にも困ったものですよ。
考えなしで」
リコは、ははは、と笑っている。
特に反論することはないようだ。
だが、あのおかしな娘に骨抜きになっている王子は案の定、文句を言ってきた。
「だが、未悠のあの行動力は素晴らしいぞ」
自分こそが、未悠がウロウロするので困っているのだろうに、彼女をかばうためにか、そんなことを言う。
「ですが、王子までもが、未悠様のせいでこんなところにまで来るはめに。
王子になにかあったら、どうするのです。
未悠様の替えは効きますが、王子の替えなど居ないのですよ」
「……此処で話したことは、上まで筒抜けている気がするが」
最上階の部屋へと真っ直ぐ続く螺旋階段を見上げながら、アドルフがぼそりと言ってくるが。
なに、あんな庶民の小娘に聞かれたところで、別に問題はない、とラドミールは思っていた。
それに、未悠は細かいことを気にするような女ではない。
現に、今は臣下の立場であるはずのエリザベートが、以前のように上から頭ごなしに叱りつけても、未悠は笑って聞いている。
自分も、むしろ陰口になる方が嫌なので、正々堂々と彼女に向かって文句を言いたいくらいだ、とラドミールは思っていた。
それで、未悠が自分をどうこうするなどということはないとわかっているからだ。
いや、彼女を信頼しているとか、そういうわけではないのだが……、などと考えているうちに、最上階に着いていた。
魔王の塔にしては、簡素なドアを王子が開けようとしたので、
「お待ちください。
危険です」
とラドミールはそれを止めた。
いや、中で、なんだかわからないが、呑気に揉めている未悠とタモンの声が聞こえていたので、特に問題はないだろうとわかってはいたのだが。
此処はやはり、万が一を考えて、自分が開けるべきだろう、と思っていた。
「私が開けようか」
と後方に居たリコが言ってくれるが、リコは実は他国の身分ある人間であるようだ。
彼に怪我でもさせて、よその国と揉めても厄介だ。
「いえ、大丈夫です。
リコ様もお下がりください」
と言って、自分が扉を開けた。
ベッドと棚と小さな木の机くらいしかない部屋が見えた。
窓は開け放たれ、心地よい風が吹き渡っている。
あまり広くはないそこに、みっしりムサイ男たちが居た。
リチャード一味だ。
そして――
「あら、ラドミール」
と未悠が言い、こちらに来ようとするのが見えた。
だが、その腰に後ろから手を回し、こちらに来させないようにしたものが居る。
カッチリとした黒っぽい服を着た若い男だ。
「離してください」
と未悠が彼を振り向き、
「いやいや、なんでだ」
と未悠を抱いたまま、その男は言う。
遅れて部屋に入ったアドルフが、びくりとしたように足を止めた。
「おや、替えがきかないはずの王子が此処にも居るようですが」
そう言い、リコが笑う。
未悠がこちらに来ないよう、後ろから抱きとめているのは、アドルフそっくりの若い男だった。
2
あなたにおすすめの小説
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~
百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。
放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!?
大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?
きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。
木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。
時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。
「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」
「ほう?」
これは、ルリアと義理の家族の物語。
※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。
※同じ話を別視点でしている場合があります。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる