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ふたたび、旅に出ました
俺は勇者になるぞ
しおりを挟む「未悠――
未悠様、その者は誰なのですか?」
とラドミールは訊いた。
自分も知らない王子の替え玉かもしれないと思ったのだ。
だが、それにしては、王子の婚約者である未悠の腰に手を回しているのが不可解すぎる。
そして、本物であるはずのアドルフ王子より、迫力があり、落ち着いて見える。
いや、アドルフ王子より、こちらの方が王子らしいなどとは一言も言ってはいないが……。
「……王子の替え玉とか?」
とやはり、それしか考えられずにラドミールはそう訊いてみた。
すると、未悠ではなく、王子そっくりのその男の方が、ほう、と相槌を打ってくる。
「替え玉か。
面白いな。
未悠、私の身になにか危機が訪れたとき、あの男を替え玉にしよう」
と男はアドルフ王子を指差し言ってきた。
逆だ……。
「逆です。
どちらかと言えば」
と未悠が言う。
「社長、あれはこの国の王子様ですよ」
とアドルフを紹介した未悠に、シャチョーと呼ばれたその男は、
「未悠。
このご時世、王子と社長とどちらが立場が上だと思う?」
と訊いていた。
「いや……貴方のご時世と此処のご時世は違いますし。
我々の世界でも、やはり王子の方が偉いと思いますよ」
と未悠が言うと、少し考えたあとで、シャチョーは、
「では、この世界に王子より偉いものは居ないのか」
と威厳のある声で、みなに問いかける。
「……王様ですかね?」
「王妃様だろ」
「いやそれ、ただの力関係だろ」
未悠とリチャードの部下たちがバラバラと意見を述べてくる。
「……魔王じゃないのか?」
と言ったのは、リチャードだった。
みんながタモンを見る。
タモンは、いや、そもそも私は魔王ではない、という顔をしていたが、このシャチョーはタモンを見て言った。
「そうか、魔王が居たな。
では、お前を倒せば、私はこの王子とやらより上の立場になるということだな」
魔王とは名ばかりのタモンは手を振りながら、後退する。
「魔王を倒す」
と口に出して言ってみたシャチョーは、うん、いいな、とおのれの言葉に満足したように頷いた。
「勇者になった気がするからかな。
それに、王子なら倒しても、第二王子とか、第三王子とか、親戚とか湧いて出てきそうだが」
いや、親戚、関係ない気がするが……。
「魔王なら、倒したら次はなさそうだ。
よし、決まったな。
魔王よ、私に倒されろ」
とシャチョーは未悠を片手に抱いたまま、台の上の燭台をつかむと、蝋燭を振り落とし、その三つの尖った先端をタモンに向けた。
「いやいやいや、社長。
お待ちください」
と未悠は止めるが、シャチョーはタモンを見つめ、
「……未悠。
なんだかわからないが、俺はこの男を倒しておかねばならない気がするんだ」
と言い出した。
理屈ではない、なにかに寄って、とシャチョーは言ってくる。
シャチョーこと、上遠野駿に捕らえられていた未悠は、タモンがリチャードに目でなにか合図をするのを見た。
ん? なんだ?
という顔をリチャードがする。
駿は燭台の先端をタモンに向けたまま、止まっていた。
「……どうやって倒したら、いいんだろうな」
所詮は、現代で会社の社長をやっている常識人。
脅す、という発想はあっても、殺す、という発想はないようだった。
そのとき、リチャードが駿に向かい、飛びかかった。
巨体でのしかかられ、さすがの駿もひっくり返る。
だが、倒れても駿は、未悠を放さなかった。
おでこ打っちゃったじゃないですか~っ、と冷たい床に打ち付けた額を押さえ、未悠が駿を見たとき、駿は自分の前に立ちはだかるリチャードに向かい、言った。
「退け、俺は死んでも未悠を放さないぞ」
だが、その決意に満ちた言葉を聞いたリチャードはいきなり、駿の脇腹をくすぐり始めた。
悲鳴を上げ、駿が思わず手を放す。
「……死んでも離さないが、くすぐられたら、放すんだな」
とリコが呟いていたが。
いや、そこはしょうがないだろう、と未悠が思ったとき、タモンが、
「リコ、今だっ。
未悠を此処から連れて出ろっ」
と叫ぶ。
「なにをするっ」
と駿が再び、燭台をつかみ、立ち上がろうとした。
「待て、未悠っ。
俺はこいつを倒して、勇者に……っ」
未悠がリコに階段下に引っ張られながら、なんか勇者になることが目的になってないか? と思ったとき、
……パチン、と上の階で音がした。
静かになる。
リコとともに、そうっと最上階に戻ってみると、駿は消えていた。
「やはりな」
とタモンが呟く。
「未悠と同じところから来たのなら、あいつもこれで飛ぶんじゃないかと思ったんだ」
危ないところだった……と額の汗を拭うタモンを見ながら、未悠が、
「なにが危ないところだったんですか?」
と訊くと、タモンは一瞬考えたあとで、
「いや……ほら。
お前が危険な目に遭うところだったじゃないか」
と言って、みなに、
「我が身が危なかったからでしょうが」
と笑われていた。
だが、未悠は、この人、そんなことで慌てるかな? と思っていた。
なにかもっと、違う理由がありそうだが――。
しかし、これで一件落着、という雰囲気になってるけど。
今の、魔王に一般市民が倒されただけだよな。
ゲームなら、なにも一件落着ではないところだが、と思いながら、何故だか、顔色のすぐれないタモンの横顔を見つめていると、少し離れたところに立っていたアドルフが、しばらくして、こちらを見た。
なにやら気まずげだ。
そういえば、この人、なにも活躍していないな、とそのとき、気がついた。
所詮はお坊ちゃん育ち、いまいち事態についていけてなかったようだ。
だが、ラドミールがそんなアドルフに気づき、すかさず、
「良いのです。
王子は王子のできることをすればよいのです」
と駄目な子に言い聞かすような口調で、フォローを入れていた。
少し考えたアドルフは、ふいに両手を掲げ、
「みなのもの、大義であった」
とねぎらい出す。
まあ、この人に出来るのって、この程度のことかなーと思いながら、
「……あのー、ちょっと結婚、考えさせてもらってもいいですか?」
と未悠は言った。
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