神の住まう島の殺人 ~マグマとニート~

菱沼あゆ

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白地図と最後の事件

終焉

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「あー、楽しい時間、ありがとうございました」

 店から出ながら、かき氷屋は茉守にそう言ってきた。

「島に来てから、いろいろ楽しいことあったけど。
 今夜が一番楽しかったかもしれないです。

 ……恐ろしいですね、人間って」
とかき氷屋は言う。

 代行で帰る。

 いや、この近くに泊まる、と他の男たちは揉めている。

 茉守たちの近くを、なにが楽しいのか、大笑いしながら、サラリーマンたちが通り過ぎていった。

 騒がしい夜の街では、どんな話をしていても、その喧騒にすべてがかき消されてしまう。

「そのプチプチくれませんかって言われたんです」

 そんなことをかき氷屋は言った。

「冷蔵ショーケースの梱包を剥がしていたとき。

 覚えてなかったんですよ、あの人。
 僕が誰なのか」

 これが僕が刺した人の名前と肩書きです、とかき氷屋はポケットから取り出した紙を茉守に渡した。

「僕の彼女、会社でひどいパワハラにあって、手首を切って自殺しました。

 彼女の上司は、裏カジノとかにも手を出していて。
 それで会社の金を使い込んでいたらしく、その罪まで死んだ彼女に押し付けていたようでした。

 僕には、彼女の罪は晴らせませんでした。

 警察は、僕みたいな、なんの権力もない、後ろ盾もない人間の言うことなんて、聞いてくれなかったんです。

 まあ、証拠もなかったですしね。
 でも、今思えば、あの男、警察とつながりがあったんですね。

 仲間割れから、署長を殺したんでしょう。

 ……彼女のためになにもできなかった僕は、すべてを忘れるために、この神の島に来ました」

 海沿いの歓楽街では、店と店の隙間に夜の海が仄見える。

 黒い影のような島の上には月が輝き、海にもその光を落としていた。

 月の光は長く伸び、まるで、それすらも橋であるかのように、島と本土とをつないでいる。

「氷を無心に削っていると、その間だけはなにもかも忘れられる気がしたんです。

 でも、そんな僕の聖地に土足であの男は現れ、普通に僕に話しかけてきたんです。

 捨てるのなら、そのプチプチくれないかって。

 あれだけ泣いて、彼女の無実を証明してくれってかけあった僕の顔なんて、なんにも覚えてなかったんです」

「……わからなかったのは、もしかしたら、あなたが笑っていたからかも」

「え?」

「自分に泣いて詰め寄った人と、快活に笑っている今のあなたとでは、別人のように見えたのかもしれませんけどね。

 ……だったら。

 いつか、もしも、私がほんとうに笑える日が来たら。
 誰と出会っても、私だとわからないかもしれないですね」

「茉守さん……」

 いや、菊池茉守は、バイト先に居るあの子だ。

 なんの曇りもなく笑う彼女こそが、ホンモノの菊池茉守だ。

「山頂は電波がよく入らないんです。
 あの男はスマホを使おうと電波の状態を見ながら、店の裏に行ったので。

 人目につかない場所で無防備に背を向けていたあの男を、つい、持っていたナイフで刺してしまったんです」

「……刺されてビックリして、一回、魂が飛び出してましたよ。
 それで私、あそこでなにか動いたな、と思って気がついたんです」

「ビールケースとかの後ろに倒れてて、よく見えなかったはずなんで。
 あのまま見つからなければ死ぬかもなと思ってたのに。

 あなたがそうして見つけてしまったのも運命ですよね」

 積極的にそれ以上刺す気にもなれなくて、とかき氷屋は言う。

「助かるといいですね」

 そう淡々と言う彼は、自分はもうすぐ旅に出るから、かき氷機ちゃんと動かせるようになっとけと、新しいバイトの人に言っているのだと教えてくれた。


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