七竈

菱沼あゆ

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彷徨える人々

あなたの名前は――?

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 あれ? 戻ってきたな。

 永遠に返されることのないテストを採点していた男は、気配を感じ、椅子を回した。

 なんか人数増えてるし。

 こちらに来るようだ、と思いながら、どっこらしょ、と立ち上がる。

 どっこらしょとか言い出したら、先生、年ですよ、と昔、笑われた。

 まあ、もう年もとらないんだから、今更、気にもならないが。

 現実の時間は、こちらがもう二度と追いつけないほど早く流れている。

 あの槻田がもういい大人になってるしな。

 なんの仕事があるのか、いつも忙しげな職員室の中を振り返る。

 此処に居ると、生前と変わりなく過ごせて落ち着く。

 だからなのか、此処の人数はあまり減らない。

 死んだ自覚もなく働いているものも居るが、自分のように自覚のある人間は、さっさと上がった方がいいとわかっているのだろうに。

「でも、なんか――
 落ち着くんだよなあ」

 ぼそりと漏らし、隣の机を見る。

 そこはまだ何もなく奇麗なままだった。 

「落ち着かない奴も居るようだが」
と呟いたとき、とんとん、と小さく窓を叩く音がした。

 見ると、七月が廊下の窓から頭を覗けている。

 少し笑って外に出た。

 

 
「やあ、お嬢さん、お帰り。
 帰らなかったんだね」

 そう言うと、七月はいきなり言ってきた。

「あの、此処の七竈の下には何も見えなかったんですけど。
 この世界では、あそこはなんともない場所なんですか?」

 周りに居た男たちの方がぎょっとした顔をしている。

 なんともない場所、か――。

 なるほど。

「さあね。
 あんな恐ろしいところ、俺たちは近寄らないから」

 七月が顔をしかめる。

「霊でも恐ろしい場所ってあるんですか?」

「あるよ。
 あるね……」
と呟くように言い、嗤う。

「それは――
 生きた想念のうごめいている場所だよ」

 七月は小首をかしげ、少し考える風な仕草をした。



 
 うわっ、俺たちが触れないでいてやってるのに、なに自分から直球投げて訊いてんだ!

 三橋は職員室の男に向かい、七竈の話を振った七月にぎょっとした。

 三村や槻田は表情をあまり動かさないまま、目だけで、ちらと七月の様子を窺っている。

 陰陽師が、やれやれ、というように、扇で口許を扇いだ。

 それに気づき、男が言う。

「あ、これだよ、これ。
 妙な扮装の男――」
と笑って、陰陽師を指差した。

 七月は俯いて考えごとをしたまま、手だけで、斜め後ろの陰陽師を示し、

「その人、さっき、佐藤さんって名前に決まりました」
と言う。

「だから、その案は却下だと言ったであろうが!」
と睨まれていたが聞いていない。

 陰陽師なのだと説明を受けた男は、

「陰陽師なら、安倍とか、賀茂とかじゃないのか?」
と真っ当なことを言ってくる。

「そういう正統なのじゃなくて、流しのかただそうですよ」

 演歌歌手かよ……。

「民間の陰陽師か」

 はは、と笑った男は、いきなりぎょっとした顔をした。

 自分たちの後ろを見ているようだ。

 その視線を追い、振り返ってみるが、誰も居ない。

 男は、
「槻田」
と呼びかけた。

 同じく男の異変を感じ、昇降口の方を見ていた槻田が振り向くと、もう一度、

「槻田」
とだけ言う。

 彼と目を合わせた槻田は頷き、

「ちょっとお前たち、此処に居ろ」
と言った。

 七月の肩を軽くぽんぽんと叩いて、そのまま昇降口から出て行ってしまう。

「さて、どうする? 君ら」
と戸口に片手をかけた男は、笑ってこちらを見下ろした。

「槻田が戻ってくるまで、此処でお茶でも呑んでるかい?

 それとも、校舎内を探検してみるか?

 懐かしい人なんかにも逢えるかもしれないよ。
 かなり古い霊も居るからね。

 学校っていうのは、誰にとっても、思い出深いところだ。

 霊がふと若返って、立ち寄ってみたりもする――」

 男は、自分こそが逢いたい誰かを思い出しているかのような顔をしていた。

 懐かしい誰かねえ、と思ったとき、三村が訊いた。

「先生、名前はなんておっしゃるんですか?」

「ああ、名乗ってなかったね。
 僕の名は佐竹さたけだよ。

 その怖いおにいさんが居れば、大抵のことは大丈夫だろう」

 さあ、行ってらっしゃい、と彼はそれ以上の質問を拒むように、手を振り、笑ってみせた。



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