七竈

菱沼あゆ

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懐かしい人たち

霊の名前

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 槻田は何処に行ってしまったのだろう。

 七月は三橋たちと当てもなく歩き出しながら、あの昇降口の方を振り返る。

 佐竹という教師は、自分たちに槻田の後を追わせたくないようだった。

「何処へ行く?」
と三村が訊いてきた。

「やっぱ、生物準備室か?」
と三橋が言った。

「なんで?」

「骨が踊ってるかもしれないだろ」

「はあ、まあ、そうだね。
 行ってみてもいいよ。

 特に行くところもないしね。
 あ、でも、ちょっと図書室に寄ってもいいかな」
と三村が言う。

「図書室?」

「ちょっと調べたいことがあるんだ。
 本はちゃんと普通にあるよね」

「またなんか呼び出すつもりじゃないでしょうね」

 ふと不安になり、七月が口を挟むと、
「これ以上呼び出しちゃ定員オーバーだよ」
と三村はよくわからない返事をしてくる。

「定員オーバー?」

「僕の心の許容量の」
と背後の陰陽師、『佐藤さん』を振り返りながら言う。

 三村の精神にも許容量があったのか。

 しれっとしているので、霊にも馴染なじんでいるのかと思っていた。

「みんな忘れてるようだけど、僕が一番の常識人だからね。
 今も本当は気を失いそうなんだよ」

「いや、常識人って、自分で口に出して言わなきゃわかってもらえない時点で違わない?」

 笑いながら、図書室に向かい、歩く。

 ふと、匂いがした。

 時子がつけている石鹸の香りのするコロンとかいうやつだ。

 そんな匂いはお風呂で勝手についてくるのではないかと思うのだが、そう指摘しても、

『いいの!
 この方が香りが持続するの!』
と言って、好んでつけていた。

 この辺、現実の校舎と近いのかな、と思いながら、辺りを見回す。

 もう夜も随分更けただろう。

 彼女たちもまだ校舎内に居るのかと思うと、不安になった。

 まあ、残っていたところで、今、自分の前に立って、手招きしている女なんて、時子たちには見えないだろうけど――。




「ねえねえ」

 階段を上がりながら、七月は前を行く三橋に呼びかけた。

 が、三橋は振り返らない。

「言っていい?」
「……言うな」

 斜め前の三村が苦笑いして振り返る。

「言わなくてもわかってるから、矢部さん」

 七月は後ろを見ながら、

「建物五階以上になったら、エレベーターつけなきゃいけないんじゃなかったっけ?」
と呟く。

 三階までしかないはずだが、もう八階分は上がっている。

 外の景色は変わらないし、いつまでも下の階にさっきの手招き女が居るのだが――。

 ちょうど踊り場を過ぎた三橋の白い横顔が見えた。

「今此処にエレベーターが現れて乗る気になるのか、お前は」

「はあ、まあ、真っ逆さまに落ちそうね。

 下に下りてみる?
 逆に行ったらいいかもよ」

「引っ張ってもらったらどうだ?」

 傍観を決め込んでいた『佐藤さん』が口を開いた。

「引っ張ってもらうって、誰に?」

 真横を漂っている佐藤さんを見上げる。

「お前たちの友人とやらだ。
 そこらをうろついておるぞ」

 うろついてる?
 ……誰が?
と七月は振り返る。

 視界には、あの招き女しか入らないが。

「あちらとこちら」
と扇を左右に振り分けながら、説明らしきものを始めた。

「――の世界の狭間におる。
 お前のことを心配して迷い込んだらしい。

 手を合わせるか、意識を重ねれば、どちらかがどちらかに引っ張られる」

「いや。
 時子たちはあっちに帰らなきゃいけないし。

 私たちはまだ帰れないから、一緒にはいられないわ」

 そうか。

 さっき、時子の香りがしたと思ったのは気のせいではなかったか、と思いながら、三橋たちを振り返った。

「そうだ。
 二人は帰ってもいいわよ。

 出来れば、時子たちを連れて帰って」

「なんで?」
と二人が同時に訊く。

「だって――」
と言ったあとで、一度詰まった。

「……………じゃない」

 口の中でモゴモゴ言うと、

「ああ!?」
と三橋が喧嘩越しに訊き返してくる。

「槻田は放っといても一人で帰ってくるだろ!」

「どうかのう」
と言ったのは、佐藤さんだった。

「結構とり憑かれて出られなくなる奴も居るようだがなあ」

 なんて縁起の悪いことを。

「あいつは誰かを追っていった。
 その相手に思い入れが強かったり、向こうが引っ張ったりしたら、わからんからのう」

「じゃあ、引っ張り戻してきてよ」
「まだ早いだろう」

 向こうの気配を窺うように言う。

「……先生は誰を追っていったの?」
「お前たちは見ておらんかったのか」

「あなたみたいに後ろに目はないのよ」

「私も後ろに目はないわ」

 いや、わからない。

 後ろどころか、手にもありそうだ、と思ったとき、ぼそりと三村が言った。

「槻田英嗣えいじ……?」

 彼は、自分で言いながら、小首を傾げていた。

「……槻田先生が追っていった相手は、槻田英嗣じゃないんですか?」





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