七竈

菱沼あゆ

文字の大きさ
100 / 258
懐かしい人たち

槻田

しおりを挟む
  

 
「待て! 槻田!」

 七月たちと離れた槻田は男の影を追っていた。

 小さく舌打ちをする。

 こいつ、よりにもよって、七竈に――。

 槻田英嗣は、七竈の方に向かい、グラウンドを校舎沿いに移動していた。

 グラウンドで線を引いていた少年が足を止め、こちらを見ていた。
 小学生の男の子だったらしい。

 今なら姿が見える。

「おい、槻田!」

 七竈の影が月明かりに長く伸び、校舎の陰からこちらに向かい、姿を現していた。

 あまりあそこに近寄りたくない。

 強い口調で呼びかけると、彼は振り向いた。

「何が槻田だ。
 お前も槻田だろう?」

 生前と変わらぬ小莫迦にしたような笑み。

「聞こえてたんなら、止まれよ」

「お前が来るときは、大抵、なにやら面倒ごとを持ってくるからな」

「一番の面倒事は結局、お前が持ってきた気がするんだが――

 おい。
 しゃべりながら、そっち行くなよ」

 そう言ったが、はは、と言いながら、英嗣は七竈の方に行ってしまう。

 仕方なく付いていった。

 ポケットに手を入れ、俯きがちに英嗣は七竈の影の上を歩いていく。

「七竈の謎は解けたか?」

 英嗣の問いに無言で答える。

 彼はこちらを見、
「お前は昔からお節介だからな」
と笑って見せた。

 先程までの莫迦にしたような笑い方とは違っていた。

「英嗣」

「最初からそう呼べよ」

 同じ名字なんだから英嗣でいいと、初対面のときから彼は言っていた。

 だが、自分は親しくもないのに、いきなり名前で呼ぶのには抵抗があった。

 英嗣が嫌いだったからではない。

 申し訳ない気がしたからだ。

「英嗣……お前、気にならないのか?」

「何が?」

 いや、お前の背後で、今、起こってることがだよ、と思ったが、言わなかった。

 霊になると、細かいことは気にならないのだろうか。

 それとも、慣れてしまったのだろうか。

 霊になるというのは、そういうことなのか。

 人によっては、自分が関わった生前の面倒ごとも気にならなくなるものなのか。

 楽かもしれないが、まだそういう境地に辿り着きたいとは思わない。

「俺の人生はどうだ?」
と、ふいに英嗣は訊いてきた。

「志半ばで死んだ俺の人生を図らずもお前が生きている。

 お前のようなエリートじゃないが、なかなか悪くはないだろう?

 そのまま槻田英嗣で居たらどうだ?

 本来のお前なら目をつぶれないところもつぶることが出来るぞ」

 元の俺の立場で見逃してはならない事態なら、教師でもつぶっちゃまずいだろうが。

 相変わらずだな、と思った。

 だが、こういうアバウトな性格の人間の方がいい教師になったに違いない、とも思う。

「それが出来ないなら、頭下げて戻れよ」

「厭だね」
と言うと、

「……子どもかよ」
と俯きがちに苦笑して見せる。

 この俺にそんなことを言うのは、お前くらいのものだ、と思った。

 いや、七月もか。

 時折、何もかもわかっているかのような目で自分を見ている。

 しょうのない子ね、とでも言うように。

 あの随分と年下の娘が――。

「俺の第二の人生をくれてやると言ってるのに。
 槻田の家もやるぞ」

 それこそ、いらないと首を振る。

「可愛い七月ちゃんと、結婚相手を押し付けられない人生を送ればいいのに」

 槻田の家を継いだら、結局、押し付けられると思うが――、
と思いながら訊く。

「七月のことも知っているのか。

 ああ……

 お前には、すべて見えているんだからな」

「と、いうか――」
と英嗣は振り返らないまま、親指で後ろを指した。

「此処の人間はみな、『なつき』の名を知ってるぞ。
 あれがうるせえから」

 止めてくれ、と言う。

 聞こえてんじゃないか、やっぱり。

 そのとき、携帯が鳴った。

 七月だ。

『先生。
 今、何処?』

 さりげない口調を装ってはいるが、思い詰めたような感じが伝わってくる。

 英嗣は腕を組み、七竈を背に、こちらを窺うように見ていた。

「……七竈の前だ」

 七月は息を呑んだようだった。

 何かを覚悟してかけてきたのはわかっていた。

「来るか?」
と訊く。 

 七月の迷いが伝わる。

『行――』

『あっ、ちょっと待って、百ちゃん!
 切らないで!

 次は繋がるかわからないんだからっ!』

 七月の声の上に、三村の叫びが被さり、聞こえない。

 或いは、単に、肝心の決断のところで、七月の声が弱弱しくなっただけかもしれないが。

『じゃあ』
と言って七月は切ってしまう。

 待て、こら、と思ったが、もう携帯から彼女の声は聞こえてこない。

 槻田は携帯を握り締めたまま、だから、来るのか来ないのか? と思い、それを見つめていた。

 英嗣が笑う。

「面白い」

 この事態に不似合いな言葉に顔を上げた。

 英嗣は興味深げにこちらを見ていた。

「お前が女に振り回されているなんて。
 振り回すの専門じゃなかったのか。

 ああ――
 生きてない女にはよく振り回されてたけど」

 そこで気づいたように言う。

「幼少からのそういう積み重ねで、女が苦手になったのか?」

 勝手に決めつけるな、と思って、英嗣を見たが、すぐに目を背ける。

 そのまま、グラウンドを見ると、白く透けた少年がこちらに向かい手招きしていた。

 いや、それもまた遠慮したい。

「なんで、こちらを見ない?」
 英嗣は笑って訊いてくる。

「お前の背後のものを見たくないからだ」

「そうか?
 止めてやれよ。

 お前なら止められるんじゃないのか?」

 振り向いて英嗣は笑う。

 こいつの神経だけは、本当に見習いたいものだ、と思った。

 


 お前もまた、七竈に呪われて死んだ人間だと言うのに――。


 
 


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。 この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...