七竈

菱沼あゆ

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懐かしい人たち

夜の図書室

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「時子っ!」

 弥生が階段から落ちかけた時子の背を引っ張る。

「なにやってんの、もう~っ!」

「い、いや。
 今、そこに七月が――」
と言いながら、時子は階段下を振り返る。

 時子から手を離しながら、弥生は溜息をついて言った。

「……まあ、私も見た気がするけど。
 七月と二馬鹿と、狩衣着た妙な男を」

 その七月も二馬鹿も、狩衣の男も今は影も形もない。

 誰も居ない暗い踊り場を見ながら、時子は呟く。

「七月たち、何処行っちゃったの?
 今、此処に居たのに。

 私たちは何処に居るの?
 此処、絶対、いつもの学校じゃないよね。

 帰れるの?」

 顎に手をやった弥生が、うーん、私に訊かれても、という顔をしたとき、沙智が、

「きゃっ」
と短く声を上げた。

「どうしたの?」

 振り向いた二人も息を呑む。

 月明かりに照らされた廊下の向こうからその人物は現れた。

「なにしてるんだ? お前たち」

 そう言って、眉をひそめる。

 自分の言葉に自分で疑問を抱いたかのように。

「お前たち……

 そうだ。
 俺は、お前たちを知っている。

 誰だっけな?
 いつも見てたような――」

 三人は息を止めて、彼を見ていた。

 男は自分たちのことがわからないように、首を捻っている。

 まるで、生きて、そこに居るかのようだ。

 沙智はこらえきれなくなったように、涙をこぼした。

 小さく名を呼ぶ。
 

 
「鍵、開いてる」

 図書室の戸に手をかけた七月は、ゆっくりと重い戸を引き開ける。

 一瞬、中に誰かが立っているように見えてぎくりとした。

「これ、うちの図書室と違わないか?」

 そんな三橋の言葉を聞くまでもなく、気づいていた。

 いつもの図書室と書架の配置が違う。

「そうだね。
 さっき入るときも思ったけど。

 入り口にある『図書室』っていう看板も印刷してある書体が違ったよ」

 看板ってな……。

 お店じゃないんだから、と思いながら、辺りを見回す。

 うちの図書室じゃないなら、何処のなんだろ。

 まあ、夜の職員室も配置が違ったようだが、あれは、机の位置が違うくらいで、元は此処の職員室のようだった。

 七月は窓の側に行く。

 そういえば、覆い被さるようにある側の大きな木がない。

 外の風景も違うのだろうかと窓を開けてみた。

 顔をしかめ、

「……七竈がある」
と呟く。

 校舎の西側に七竈の枝が僅かに見えた。

 側に三村が来る。

「窓開けたら、いつもの校舎なの?
 じゃあ、此処だけ違う空間なんだね」

「なんでもいいよ。
 早く捜せよ」

 何が怖いのか、窓辺には寄らずに三橋が言った。

「そうは言っても。

 うーん。
 いつ頃の事件だったかな。

 詳しくは知らないから」
と三村は新聞の縮小版の並ぶ棚を見ながら呟く。

「だったら、ネットで調べた方がいいんじゃないか?」
と三橋は後ろを振り返っておいて、

「ない!」
と自分で叫んでいる。

 南の窓の下にある検索用のパソコンがあるべき位置になかった。

 当たり前だ。

 此処は自分たちの図書室とは違うのだから。

「そもそもあったところで、ネットに繋がるわけ?

 待てよ。
 だったら、携帯にも繋がるかも。

 直接、百ちゃんにかけて訊いてみようかな」
と三村は携帯を取り出してくる。

「繋がるのかっ? 此処からっ!?」

「わかんないでしょ。
 此処、うちの校舎でもないようだし。

 あ、鳴った」

 水色のスマホを取り出した三村は耳に当ててすぐそう呟く。

「だったら、図書室来る必要なかっただろ!」
と三橋が切れていた。

 いつもにも増して気が短くなってるな。

 三村が言うところの心の許容量を越え始めているのかもしれないと思っていた。

 自分や槻田には慣れ親しんだ常に霊の居る光景も、彼らにしてみれば、すべて初めてのことだ。

 理性と現実に目の前にあるものが闘っているのかもしれない。

 ……悪魔呼び出そうとした男なのにな。

 そういや、こいつ、私を生贄にしようとしやがったんだった、と思い出しながら、カウンターの方に向かう。

 図書室に来なくてもよかった、と三橋は言うが、どうだろう。

 此処は霊の彷徨うあの空間から隔絶された別の場所だからこそ、通じたのかもしれないし。

 それに、さっき、新聞の縮尺版の背表紙が見えた。

 別に時代が遡ってるわけではないようだ。

 ちゃんと最近のものまであったから。

 ならば、此処か隣の準備室に、あれはあるはずだ。

 それが確認できただけでもよいのではないかと思っている間も、三村は百花に呼びかけている。

「百ちゃん? 百ちゃん。

 僕、ちょっと訊きたいことがあるんだけど。

 なに?

 よく聞こえないよ。
 雑音が凄くて。

 え?
 聞こえないって。

 誰かずっとうめいてるし!」

 邪魔だな、うめき声とか、呟いている。

 三村の方が三橋より先に神経が太くなったようだ、と思う。

 ぼんやりした光に照らされながら、軽く笑ったとき、書架の近くに居た三橋がカウンターの前まで歩いてきた。

「なにやってんだ?」

 画面の灯りのせいで、こちらに気づいたようだった。

「あった、パソコン。
 此処、最近の図書室には違いないようだから、何処かにあると思って捜してたのよ。

 カウンターの下に隠れてたわ」

 此処のカウンターは立って応対するようになっているらしく、位置が高い。

 作業用のデスクはその下にあり、パソコンも隠れて見えなかったのだ。

「でも、なんか画面、謎の言葉がぐるぐる廻ってるだけなんだけど」
と笑う。

「……笑うとこか、そこ」

 余裕だな、とこちらを見下ろし言う三橋を見ずに訊いた。

「三橋くんは余裕ないわね」

「あるわけないだろ、この状況で。

 こんなときでもしっかりしてる槻田大先生はさすが、頼りになるだろう?」
となんの厭味か言い出す。

「別に――」

 らちの明かない画面から目を上げ、パソコンからの光を少し受けている三橋の白い顔を見た。

「先生も私も慣れてるだけよ。

 それで頼りになるとかならないとかいう問題じゃないし」

「……そ、そうか?」
と三橋は少しだけ嬉しそうな顔をした。

 三橋、元々、余裕のない奴だから、此処の空間に入ってからテンパってるのは、見ても明らかだったが。

 だが、まだカラ元気というか。
 カラ威張りをする余裕はあったのに。

 何処から、それがなくなった――?

 七月はカウンター下のデスクで頬杖をつき、三橋を見上げる。

「な、なんだ……?」

 無言で長く見ていると、彼は何故か照れたように身を引いた。

 口調は相変わらずでも、目が泳ぐようになったのは、いつから――?

 いや、答えは最初からわかっている。

 そのまま、三橋に訊こうかと思ったが、やめた。
 ポケットから携帯を取り出し、鳴らす。

「もしもし――?」

 三村と百花よりも空間が近いせいか、簡単にクリアに繋がった。

「先生。
 今、何処?」




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