七竈

菱沼あゆ

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始まりの人

七竈の下で死んでいるのは――

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『知ってる?

 七竈の下には、猫が埋まってるんだって――』


 
 いろいろ訊かなきゃならないこともあるし。

 真剣に考えていたつもりだった。

 だが、いつもの店に入ってメニューを見ているうちに、百花の真剣はすり替わっていた。

「ちょっと待ちなさいよ。
 なんであんたが冒険メニューで私が保険?」

「失敗したとき、あんたに一口貰えば満足できるから」
とひよりは言い放つ。

 ひよりは此処へ来て、お店の人お薦めの新メニューを試してみたくなったようなのだ。

 だが、口に合わなかったときの保険として、あんたがフォンダンショコラを頼めと言ってきたのだ。

「いいじゃないのよ。
 ハズレないわよ、フォンダンショコラ!

 一口ずつ食べ合いましょうよ」

「私だって、違う新メニュー行きたいのよ!」

 二人とも声が大きいので、お店の人が苦笑いして見ている。

 店の人としては、うちのメニューはどれもハズレないですよ、と言いたいとこだろうが。

 しかし、遅い時間なので空いている店内で、ちらちらとこちらに視線が向けられているのは、声がデカイからだけではないと気づいた。

 ひよりの立場を考え、軽く咳払いして折れることにする。

「わかっ――」

「わかったわ。
 あんた、好きなの頼みなさいよ。

 私、フォンダンショコラとダージリン」
と言いながら、店員さんにメニューをひとつひよりが返した。

「なに急に!?」

 ひよりはいつものように腕を組み、座席に背を預けると、ふふん、と笑う。

「大人だから、私の方が」

「あんた今やっと、周りの視線に気づいたわね?」

 ようやく、アナウンサー沢木ひよりの立場を思い出したのだろう。

 急に物分りのいい、切れ者キャリアウーマンのような態度をとり始める友人に向かい、文句を言ったが、既に聞いていない。

「ほら、とっとと選びなさいよ、好きなの」

 あのな~、と思いながら、メニューに目を落とす。

 一気に三つも新作のケーキが出ていた。

「じゃあ、このメロンのやつ、私はアールグレイで」
と先程、ひよりが食べたいと言っていたのを指差す。

「それが食べたかったの?」

 だったら揉めることないじゃないと言いたげなひよりに、にやりと笑い、

「いやいやいや。
 食べたかったんでしょう?

 おねえさんだから、私。
 譲ってあげる」
と言った。

「あんたも負けん気強いわね~っ」

 古い知り合いのいいところは、どれだけブランクがあっても、すぐに好き勝手に口が聞けるようになるところだ。

 だからこそ、訊きにくいこともあるのは確かだが、今日は訊かねばならない。

「……話、脱線してるわよ。

 聞かせてよ。
 さっきの、なんだったのか」

 ひよりはグラスを口許にやり、窓の外を見ると、別に飲みたくもなさそうに水を飲んでいた。

 急かしても悪いかと思い、待つ。

 しばらくすると、外を見たまま、ひよりは笑った。

 思い出し笑いのようだった。

「なによ」
と言うと、

「いやあ、あんた知ってる?」
と妙な溜めを持たせて言った。

「七竈の下には、猫が埋まってるって」

「……は?」

「今でも埋まってるのかしらね」
と言い、ちょっと嗤う。

「なにそれ。
 誰か飼い猫が死んだのを埋めたの?」

「まあ、そうかもしれないわね。
 校庭に埋めるの、どうかと思うけど」

「それがさっきの話となんか関係あるわけ?」

 だからどうした、と思っている自分の前で、ひよりは言ってやった、という少し勝ち誇った顔で座っている。

 だから……、なんなわけ?

 だが、黙っていても、次の言葉は出てきそうにない。

「なんかその……えーと」

 推理するのは苦手だ。
 槻田くんなんかは好きだったようだが。

「……猫を巡る殺人事件?」

「なにそれ?」
と冷めた声で応対される。

 他に何が!?

 案の定、次の言葉はなく、ひよりはまた口に水を含みながら、窓の外を見ていた。

 わかってないわね、という顔をしている。

 わかるか……。

 わかるか~っ!

 あんたの旦那が最後に言ったという、

『君がわからない』
という台詞をそのまま、私も今、あんたに返したいわ~っ!

 夫婦でも繋がりきらない以心伝心が、此処で使えるかっ!

 と思ったのだが、いや、そうでもないかも、とすぐに思い直す。

 男女の脳の構造の違いのせいか。

 意外に恋人同士より、古い同性の友人同士の方が阿吽の呼吸があるのを何度か見ている。

 あんた、私を試してんのか、と頬杖ついた手を額にやったとき、店員さんがケーキを運んできた。

「ん」
と相手に向かい、自分のケーキ皿を突くと、向こうも、

「ん」
と言い、突いて来る。

 一口ずつ味見し、二人で頷きあった。

 そのまま、しばし、無言で食べる。

 クイズをやらされている気分のまま、食べていると、ぼそりと、ひよりが言った。

「前の会社さー」

「んー?」

「もう戻ってくることもないと思ってさ。
 最後に上司に今まで不満に思ってたこと全部ぶちまけてやめちゃってさ」

「……それで戻らなかったの?」

 結婚退職しても、またフリーや違う雇用形態で戻ってくるアナウンサーも結構居るのに、とは思っていたのだ。

「だってさ~、もうこの業界から足洗おうと思ってたんだよね」

 そこだけ聞いたら、なんの仕事だ、という感じだ。

「あのまま居たら、魂も美貌も削られると思って」

 美貌は余計だろ……。

 っていうか――

「なんの仕事でもそれは一緒よ」

「まあ、そうなんだなあって気づいたのよ。

 学生時代から、バイトも全部マスコミ関係で、他の世界、あんまり知らなかったからさ。

 まあ―― 箱入り娘って感じ?」

 違うだろ。

「主婦も結構疲れるし」
「当たり前でしょ」

 ひよりは窓ガラスに映る自分を見る。

 顔や肌のウィークポイントをチェックするように。

 しかし、実際のところ、そんなもの本人が気にしているだけで、たいして他人の目には入っていないものなのだが。

「その上司さ~。
 結婚式にも腹立てて来ないかと思ってたのに、ちゃんと来てくれたし。

 この間、たまたま出くわしたら、
『帰ってくるか』
とか言われちゃったし」

「ははあ。
 向こうを狭量な奴だと思っていたら、実は自分の方がそうだったと気づいたわけね」

「そうよ!」
とひよりは睨むようにこちらを振り返って言う。

 いや、私に八つ当たりされても。

 ひよりは溜息をつき、背もたれに背を預ける。

「まあ、そんな感じに私は心が狭いのよ」

「知ってるわよ。
 それと、心のままに、いろいろ言っちゃって、すぐに引っ込みがつかなくなることもね」

「いやいや、待ちなさいよ。
 口に出すまではいろいろ考えてんのよ」

 考えているのかもしれないが、その時間が案外短い上に、内容は大抵、容赦なく辛辣《しんらつ》だ。

 友人として、ハラハラすることもしばしばだ。

「七竈の下で死んでるのは猫よ」

 また前置きもなく、ひよりは言った。

「猫が化けて出てきてたのよ」

 何故か頭の中では、三味線にされた三毛猫が、木の下からは這い出してきていた。

 眼つきは三白眼で鋭いが、にゃーという可愛らしい声を上げている。

 怖いような、可愛いような……。

「迫力はいまいちよね。
 だから、人が死んで呪われて、人が殺されることにしたんじゃない」

 ん?

 ――したんじゃない。

 ――したんじゃない?

 今、どっちだっだ?

 疑問系のはずだ。

 いや、断定?

「今でも変わってってるみたいだから、私のせいとも言い難いかもしれないけど」

 ちょっと待て。
 とてつもなく、厭な予感がする。

「待っ――」

「私が作ったの。
 あの七竈の呪いの話」

 ひよりは一口紅茶を飲み、カップを置いた。

 テーブルに肘をつき、こちらに向かい身を乗り出す。

「よく出来てた?」

 しばらく言葉が出なかった。




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