七竈

菱沼あゆ

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始まりの人

どちらも死人であることには変わりない

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 七月は、東と林葉のしょうもない遣り取りに目を奪われていた。

 なにやってんだろうなあ~。
 林葉先生の形相がゾンビみたいじゃなきゃ、ただのいつもの口喧嘩だな~。

 まあ、どのみち、どちらも死人であることには変わりないのだが。

 外見がまともなだけ、東の方が生者と生者の感覚に近く見える。

 そして、ふと気づいた。

 二人の後ろ、机の上にあった三村のスマホを佐竹が見つめていることに。

 暗がりの中で、その画面はほんのり光を発している。

 目を細め見ると、通話時間のカウントが増えていっているようだった。

 一体、何処に繋がってるの?
と思ったとき、誰かが自分の視界の前に手を出した。

 大きな手。
 その手を掴み、少し下ろす。

 振り返ると、槻田は言った。

「目を細めると不細工になるって、養護教諭の先生に怒られてなかったか?」

「……不細工とは言われてないわよ。
 可愛く見えないわよ、とさり気なく注意されたのよ」

 眼鏡をかけるか、コンタクトにしろと言われたが。

 この現実とあの世の狭間のようなふわふわした視界に慣れているので、なんだかこの方が落ち着くのだ。

「現実の世界が見えすぎても、そういいことはないわよ。
 シビアすぎるもの」

「……こっちも結構シビアだけどな」

 まだ手を掴まれたまま、ちらと英嗣の方を見て、槻田は言う。

 まあ、こちらの世界で起こることも、こちらの世界の住人が考えていることも、すべて現実の世界に付随し、端を発してるものに過ぎないのだが。

『……かづき』

 微かなその言葉が、耳に届き、顔を上げる。

 槻田の手の向こうに、スマホに向かって語りかけている佐竹の姿があった。

 闇の中、画面の明かりに、その顔が白く浮かんで見える――。

 
 
 七月と同じく、東たちに目を奪われていた三村だが。

 ふと気づくと、七月が何故か槻田の手を掴み、その上から佐竹の方を窺っていた。

 机の上のスマホが明るくなっている。

 その後ろに立つ佐竹が、それに向かい、小さく囁きかけているようだった。

 なんだかわからないが、事態が動いているのはいいことだ。

 停滞したままでは、このまま、此処で、一生霊たちの愚痴を聞いて終わることになりかねない。

 まあ、それにしても――

 槻田の手の上から窺うように佐竹を見ている七月を見、ふっと笑う。

「ああいう顔つきを見ると、やっぱりなんか得体が知れないなって思っちゃうんだよね」

「ナナツキか?」
と背後の三橋が囁いた。

 今の言葉だけで、そう思うということは、彼もまた、そう思っているということなのだろう。

「なんていうか。
 普段は、ぼうっとしてるのにさ。

 瞬時に鋭く切り替わる。

 あの油断のなさは、何か大きな秘密を持って過ごしてきた人間特有のもののような気がするんだよね」

「俺にも大きな秘密があるぞ」

「小学校の宿題の作文、近所のおにいちゃんに書いてもらってたこと?
 あれ、賞もらったよね?」

 あの学期は国語の成績も上がったろ?
と振り向くと、赤くなり、それじゃない、と言う。

 そのとき、少し離れた横に居る弥生たちの会話が聞こえてきた。

「『なつき』はないわよね~」
「え?」

「さっき、七月って言った槻田先生」

「あ~、聞いた聞いた」

 普段から、かしましいこの三人の声は、誰が誰だかわかりづらい。

 会話の主導権を握っているのは、大抵、弥生だが。

「名前で呼ぶ先生も居るけど。
 槻田先生は、男子生徒でさえ、呼ばないのにね~」

 女って、ほんとにどうでもいいとこをよく見ているなと思った。
 全員が探偵並みの観察眼を持っている。

 三橋が横で、
「……此処での記憶、元に戻ったら、消えるってことはないか?」
 弥生たちに知られたことを心配しているのか、そんなことを言い出す。

「彼女たちの記憶が消えるんなら、僕らのも消えちゃうよねえ。
 犯人わかっても意味ないっていうか。

 ああ――
 七竈の謎もね」

 さっき、佐竹がスマホに向かい、何か話していた。

 こちらには聞き取れなかったが、誰に何を言っていたのだろう。

 もともとは自分のスマホなのに。

 なんだかもう、異世界の異物のように感じるそれを見ていると、突然、スマホが鳴り出した。

 びくりと佐竹が身を引く。

 七月が振り返り、
「三村くん、電話」
と言う。

 早く取れ、と言いたげな口調だった。

「ええっ!? 僕っ?」

 どんな魑魅魍魎からかかってきたかわからないのに。

「だって、三村くんのスマホじゃない。
 お母さんからかもよ。

 早く帰って来なさいって」

 今、この状況でそんな呑気な電話が繋がるだろうかと思ったのだが。

 そういえば、姉、百花からの電話は繋がっている。

 まあ、あれは霊に関する話題だからかもしれないが。

 それとも、最初にこちらからかけたからだろうか。

 ゾンビみたいな林葉の横を通り、

 今にも喰らいついてきそうな顔をしているが、まあ、喰らいつくとしたら、とりあえず、自分ではなく、東にだろうが――。

 七月と佐竹に間近に見られながら、スマホに手を伸ばす。

 霊体は佐竹の方のはずだが、何故だか、七月に見つめられる方が緊張する。

 携帯はまた雑音を発していた。

『もしもし……もしもし……』

 そう聞こえてきた声にぎくりとする。

 聞き覚えのある声だったからだ。

 今、此処から聞こえるはずのない。

 顔を上げ、七月を見る。

 自分が助けを求めていると感じたのか、七月は一歩近づいた。

『もしもし!
 ちょっと、聞いてんのっ?』

 だが、いつの間にか、スマホからもれ聞こえる声は、勢いあるものにすり替わっていた。

「も、百ちゃん?」

 これは百花だ。

 しかし、最初に聞こえていた声は違っていた。

 そういえば、佐竹が覗いていたスマホは灯りがついていた。

 あの繋がった状態のまま、百花からまた、かかってきたのではないか。

 では、一瞬、聞こえたあの声が、佐竹が話していた相手なのか?

「聞いてるよ」

 なんとか声を押し出すと、百花は言った。

『あんた、知ってた?
 七竈の下には、猫が埋まってるって』

「は? 猫?」
と訊き返したが、百花は違うことを叫び始める。

『ちょっと食べすぎっ!
 あと一口って言ったじゃない!』

 何が起こってるんだろな……。
 違う意味で興味があるようなないような、
と思いながら、もう一度、七月を窺った。

 つい、指示を待つかのような顔をしてしまう。



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