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冬 プロローグ ~待つ人~
いつか見た――
しおりを挟むカーテン越しに月明かりが射し込む部屋の中。
七月は気持ち良さそうに寝息を立てている。
窓枠に背で寄りかかり、英嗣はその姿を見下ろしていた。
なんだかいつもより幸せそうだと思う。
きっと、槻田が来たからだろう。
「でも、二人ともあんなに意固地だったら、何も進まないと思うんだけどねえ」
結局、槻田は、ピザを食べ、自分を引き取る話をしただけで、本当に帰ってしまった。
なんなんだろうな、この二人。
自分もあまり恋愛には積極的ではない方だが、遥かにそれ以上だ。
お互いの抱える秘密のせいもあるかもしれないが。
いや、それより性格だな、と思いながら、床の上に落ちる自分の影を見ていたとき、寝室のドアが軋みながら、ゆっくりと開いた。
目を上げ、そちらを見て嗤う。
「……やあ、待ってたんだよ」
開いたドアの下の辺り。
白い手が覗き、ぺたり、と床の上に貼り付いた。
なんだかよく寝た。
懐かしい夢を見ていた気がする――。
眩しい光を浴び、目を覚ました七月は、自分の横、布団の中ではなく上に、誰かが横たわっているのに気がついた。
目を見開いたまま、天井を見つめているその人物は動かない。
死体っ?
死んでるっ!?
「英嗣さんっ」
と霊なのに、揺すろうとしてみた。
そして、気づく。
いや、そう。
霊だ。
英嗣は霊だ。
今更、死ぬはずがないではないか。
そう思いながらも、死んだ直後のような顔で天井を見つめている英嗣を見つめ、唾を呑み込む。
瞳孔が開いた、ぽかりとした瞳。
見ていると、なんだか恐ろしくなってくる。
英嗣がではない。
知っている人間のそういう顔がだ。
英嗣は槻田よりも表情が豊かだ。
それがこんな空虚な顔をしていると、例えようもなく恐ろしく、淋しい。
暖かい冬の日差しの射し込む中、しばらく見ていると、やがて、その眼に力が戻って来た。
ほっとしたそのとき、英嗣は顔を傾け、こちらを見て笑う。
「七月ちゃん、おはよう。
どうしたの?」
「どうしたのは、こちらの台詞ですよ……」
あまりにもいつも通りの口調に、力が抜けながら、七月はそう言った。
「今、なんだか死んでたみたいになってましたよ」
と言うと、案の定、
「いや、まあ、死んでるからね」
と返される。
いや、それはそうなのだが――。
英嗣はこちらを見上げていたが、そっと頬に触れるようにして、手を伸ばす。
ちょっと笑っているようだった。
「早くしないと、遅れるよ」
「あっ、そうだ」
と七月は慌てて、ベッドから飛び降りる。
背後から英嗣の声が追いかけて来た。
「ま、遅れてったりして、問題児になった方が、夜、また先生が指導に来てくれたりしていいかもね」
「朝から減らず口やめてください」
振り返らずにぴしゃりと言いながらも、英嗣とこうして口がきけたことに安堵していた。
なんだろうな、さっきの感じ。
英嗣さんが死んでるみたいだったってことだけじゃなく、恐怖を感じた。
あの、死んだ直後みたいな人間の顔。
いつか見たことがある気がして――。
そんなことを思いながら、英嗣がまだベッドの部屋の方に居るのを確かめる。
慌ててクローゼットを開けて着替えた。
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