七竈

菱沼あゆ

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トイレの霊

二つの噂

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 いろいろ考えなきゃいけないことはたくさんあるけど。

 とりあえず、学校は平和だなあ。

 授業中、七月は、ぼんやりと窓の外を見る。

 グラウンドをマラソン大会に向けて、体育の授業の生徒たちが走らされていた。

 そういや。

 あの辺に、田の字書いてる子どもが居たが、あれから誰かに遊んでもらったろうか、と思ったとき、チャイムが鳴り、授業が終わった。

 大きく伸びをしていると、三橋が現れる。

 人の机を勝手に、コンコン、と拳骨で叩きながら、

「お前、知ってるか」
と訊いてくる。

 間髪入れずに、
「知ってる」
と答えると、三橋は、

「何がって言ってねえだろ!」
と案の定キレた。

 いや、だからさ。

 あんたの話の振り方が悪いんじゃないの、と思いながら、七月は椅子を揺らした。

 っていうか、みんな、振り返ってるし。

 最近――

 非常に不愉快なことに、私と三橋が付き合っているという噂が流れていることを知っている。

 こいつのこのキレ方を見て、ただ一緒に居るというだけで、よくそういう噂を立てられるものだなと思う。

 そういう発想をする人間の顔を見てみたい、と思ったとき、それらしき人物を教室の戸口に見た。

 隣のクラスの牧田陽菜まきた ひなと、その友人たちだ。

 友人の方が、ね? とかこちらを見ながら、彼女に囁いているようだ。

 何が、ね、だ、と七月は思う。

 自分が見ているのに気づき、陽菜はこちらを睨んでいるようだったが。

 いやいや、貴女の真の敵はエセ情報と、面白がって貴女の心をかき乱している貴女のお友だちですよ……と七月は思っていた。

「聞いてんのか?」

 三橋の声に、陽菜たちを見たまま、
「聞きたくはないけど、耳に入ってる」
と答える。

 三橋よ。
 私があっちを見てるのに気づいて、視線を追ってみたりはしないのか。

 男ってのは、結構、周りが見えてないというか。

 いや、こいつがか? と思う。

 自分が話したいことがあるときには、周りにまで注意を払わないのだろうかな。

 まあ、いい、と七月は思った。

 陽菜の今の醜悪な顔を三橋に見せたくはなかったからだ。

 自分だったら、嫌だな、と思うから。

 だから、おとなしく三橋の話に乗ってやる。

「一階のトイレに花子さんが出るって?」

「聞いてねえじゃねえか。
 三階のトイレに、男の霊が出るんだよ」

「それは変質者じゃないの?」

「どうして、そう、クソ面白くもない結論に辿り着くんだよ」
という三橋に呆れる。

「あんた、この間、たっぷり霊を見たじゃない。
 まだ見たいの?」

「ねえ、それってさ」
といつの間にか背後から忍び寄っていた弥生が話に割り込んで来た。

「もしかして、あの人じゃないの?
 あの光源氏」

 ……誰が光源氏だよ。

「佐藤さん?」

「佐藤さんって言うんだっけ? あの人。
 最近、お見かけしないけど」

 なんだかその言い方、気になるぞ、と思いながら、友人を窺う。

「私も見かけないわ。
 成仏したんじゃないの?」

「成仏って!?
 えっ、ちょっと待ってよーっ」
と弥生はわめく。

「いや、あの人、後からよく考えたら、かなりの男前だったなと思ってさ!」

「死んでるけどね、たぶん……。
 千二百年くらい前に」
という呟きをかき消す勢いで、

「誰が男前なの?」
と、すぐそういう話に入ってくる沙智さち時子ときこが湧いてきた。

 盛り上がる三人に水をさすように七月は言う。

「いや~、あんたたちの好みがわかんないわ~。
 いつも騒いでる人たちと全然タイプ違わない?」

 弥生が、はあ!? という顔で振り向く。

「いいじゃないのよ。
 飢えてんのよっ、目の保養になるいい男にっ。

 なによ、あんた、自分は学園一の男前を持ってっといてっ!」

 声がでかいわ、この莫迦たれがっ。
と弥生の口を塞ごうとしたが、遅かった。

 陽菜たちがこちらを見ていた。
 そのまま行ってしまう。

「今、大層な誤解を受けた気がするわ。
 ってか、第一持ってってないし、誰も」

 彼女たちの居なくなった戸口を見ながら呟いていると、

「なんなのよ?」
と後ろから弥生が言ってくる。

「知らないの?」
と時子が弥生に言った。

「七月、最近、三橋と噂になってんのよ」

「ええーっ?

 ああ~、ごめん。
 もしかして、今の話、牧田たちが聞いてた?」

 察しのいい弥生が戸口を振り返りながら言ってくる。

 だが、すぐにこちらに向き直ると、
「でもさ、これは学園一じゃないでしょう~」
と三橋を指差して、高笑いしはじめた。

 ……殴られるぞ、弥生。

「もうひとつ疑問なのはさ、その噂」

 うわっ、びっくりしたっ。

 いきなり側でした声に見ると、三村が立っていた。

「三橋が矢部さんが居るとき、僕も大抵、一緒に居るんだけど。
 なんで、噂になるのは、三橋だけなんだろうね?」

「存在感が薄いからじゃない?」

 相変わらず、弥生は容赦ない。

 悪気もないのだが。

 それなりに、三村のことは認めているようだし。

 特に、この間、一緒に学園の裏の世界を彷徨ってからは――。

「そうね。
 私、無人島に三橋と三村くんと三人で漂着して、どっちかと結婚しろと言われたら、三村くんだわ。

 まあ、三村くんが嫌かもしれないけどね」

 腕を組み、唸りながら言うと、三村は、

「僕、別に嫌じゃないんだけどさ。
 矢部さん、なんか僕に恨みでもあるの?」
と自分こそが恨みがましげに、こちらを見ていた。

「なんで?」

 なんでもなにも、と三村は、何故か側から威嚇している三橋を横目に見ていた。

「どうでもいいだろ、そんな話っ。
 お前が誰と結婚しようが、ほんとどうでもいいよっ」

 何故、二回繰り返す。

「そもそも脱線してんだろうが。
 トイレの霊の話だよっ」
と三橋はイラついたように叫び出した。

「ああ、そうね。
 まあ、その霊が佐藤さんの可能性はないわね。

 だって、それ。
 男の霊が出るってだけの噂なんでしょ? 三橋。

 佐藤さんだったら、まず、その風体が話題に上らないなんてことはないもんね」

 あんな平安絵巻みたいな男が学校のトイレに立っていたら、その特徴を抜いて、男の霊が出たという噂になるはずはない。

 誰だって、弥生たちのように、光源氏が出たと言うところだろう。

 パンダの姿であったとしても、同じことだ。

 ま、光源氏よりは、安倍晴明の方が近いかな。

 晴明があんなゾッとするような酷薄な顔で笑ってたかどうかはともかく、職業的に。

 しかし、本人、あれで、愛想良くしてるつもりなんだから、タチが悪いよな、と思っていると、

「見に行きましょうよ、その男の霊とやら」
と弥生が言い出した。

「言うと思った。
 りてないわね、弥生……」

「懲りてなくはないわ。
 あんたに聞いてから、ちゃんと、購買部の前を通るときは、男の子に手を合わせてるしね」

 そうか。

 それは感心なことだが、

「引っ張られないようにね」
とだけは付け加えておく。

 あっちの霊は大丈夫だと思うが、田の字の霊はちょいと怪しい。

 生きた人間ではないものが遊んでやったりしてくれるといいのだが。

 例えば、英嗣とか、と思いながら、辺りを見回す。

 何処かに居るはずなのだが、今は見えない。

「なにやってんの? 七月」

「いや、ちょっと――」
と言うこちらを三橋たちが見ている。

 三村の方には見えているのだろうかな。

 あれぎり、彼の口から霊の話は聞かないが、と思ったとき、弥生が決めた。

「じゃ、今日の放課後ね」

「は?」

「昼休みでもいいわよ」

 いや、どっちも遠慮したい……と思ったが、こちらの願いなど、誰も聞き入れてくれそうにはなかった。
 


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