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トイレの霊
幽霊が出る三階のトイレ
しおりを挟む放課後、七月は夕暮れの階段を上りながら、ふと振り返ってみた。
下の階の窓の向こうに、グラウンドが見える。
今は見えない七竃に想いを馳せていると、
「ちょっと」
という声がした。
上の踊り場に牧田陽菜が立っていた。
どうした。
こんなところで、と思っていると、窓からの光を背に受けた彼女は、一段だけ下りて来た。
「何処へ行くの?」
「……トイレだけど」
「わざわざ、上の階に?
そういえば、さっき、三橋くんも上がってったわね」
陽菜は腕を組み、こちらを見下ろしていた。
最初から、それを言いたかったのだろう。
三橋が、と彼女は言うが、恐らく、その三橋には、三村も引っ付いていたに違いない。
彼女の目には入っていないのだろう。
三村くんて、見てるだけで和むんだけどなあ、と思いながら、手すりに手をかけ、彼女を見上げる。
余計なお世話だが、彼女には、本当は三村みたいなタイプがあっていると思うのだが。
三村は冷静で、頭がよく、温厚だ。
こうして考えてみると、申し分のない男だな、と思う。
男女間で、その感性の違いから話が通じない、と思う事はたびたびあるが、三村とはそういうことも少ない。
百花のせいかもしれない、と思っていた。
あのしっかりした姉が、子どもの頃から、女性的な考え方を三村に植え付けていそうだ。
でも、こうして、いいところしか思い浮かばないのに、確かに、自分にとっても、三村は恋愛対象にはならない。
好みの問題なのかな、と思った。
蓼喰ふ虫も好き好き。
自分は、たぶん、あの厄介な槻田が好きだし、牧田陽菜は、いろいろと残念な三橋が好きらしい。
お互い、人のことは言えない。
しかし、そんな話を、今此処でしてもしょうがないし、通じるとも思えない。
黙って階段を上がって行こうとしたが、彼女は、すれ違いざま言ってきた。
「あんた、槻田とも付き合ってたでしょ」
思わず、足を止めてしまう。
「私、見たの」
こちらを見ずに、前を見たまま陽菜は言う。
黙って夕陽を受けたその横顔を見つめていると、彼女は振り向いて嗤《わら》う。
「まずい奴に知られたって顔ね。
心配ないわ。
今までだって、黙ってたんだから。
これからもつまんない噂流したりはしないわよ。
でも、三橋くんは、そのこと知ってるの?」
「……知ってるわよ」
何が言いたい、と思っていたが、特に先を続ける様子はなかった。
そのまま、彼女の方が黙り込んでしまう。
自分でも、何をどうしたいのかわからないのだろう。
私は溜息をついて、陽菜の肩を軽くつついた。
凄い形相で陽菜が振り返る。
思わず身を引きながらも、七月は言った。
「あのさー、来る?」
は? という顔を陽菜はする。
七月は親指で上の階をクイと指差しながら言った。
「これから、三橋たちとトイレの霊を見に行くの。
来る?」
「なんで私が――」
「いや、私、こういうの苦手でさ。
あ、霊じゃなくて、牧田さんの話ね」
と言うと、陽菜は眉根を寄せた。
「これからも、私が三橋と居るたび、こうして因縁ふっかけてくる気でしょ?」
彼女が口を開く前に、バン、とその両肩に手を置き、言った。
「じゃあ、牧田さんが三橋と付き合ってよ」
はあ!? と陽菜が声を上げる。
「そしたら、揉めなくていいじゃない。
牧田さん、何も三橋に伝わってないよ。
大抵、遠くから眺めてるってか、私たちを睨んでるだけじゃない。
一階の霊より、不気味だよ。
三橋だって、きっとそう思ってるよ」
「はっきり言うわね~」
「あのさ。
私、誰と居ろとか居るなとか言われるの、大嫌いなの。
人にそんなこと指図されるなんて、勘弁だわ。
私、これからも三橋と居るわよ」
言い切ると、陽菜は、むっとした顔をした。
だが、めげずに言い切る。
「三橋、ロクな奴じゃないけど、いい友達なの。
離れるつもりはないわ。
だけど、いちいち文句つけられるのも嫌。
だから、牧田さんが三橋と付き合えばいいのよ。
でも、私たちと居ることにはケチつけないでよね」
「つけるわよ。
だって、一緒に居たら、あんたきっと三橋くんを好きになるもの」
「ならないわよ」
「なんで言い切れるのよ」
そう言われ、七月は考え込む。
「……まだ、槻田先生が好きだから、
かなあ?
いや――
好き、なのかなあ?」
「自分ではっきりしてから、しゃべってよ。
あと、なに爆弾発言してんのよ。
私、何も見てないわよ。
あんたたち見てて、妙だなと思ったから、カマかけただけよ」
えええーっ? と今度は七月が声を上げる番だった。
「行くのなら早くしなさいよ、何処のトイレよ」
陽菜はもうさっさと行こうとして、踊り場を曲がったところから手すり越しに見下ろし、訊いてくる。
「ゆ、幽霊が出る三階のトイレ……」
やっぱり、誘うんじゃなかったかな~と思いながらも、そう教え、後をついて上がっていった。
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