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神隠し
なにかから逃げていた
しおりを挟む安西先生と別れて、しばらく行ったところで、三村が見計らったように口を開く。
「矢部さんが訊いちゃ駄目じゃない」
「え。なんで?」
と七月は横に居る彼を振り返った。
「そもそも、なんで安西先生に訊いてみようと思ったの?
遅い時間だから、怒られるかもしれないし、先生たちには見つからないようにしようって言ってたのに」
「あの先生なら知ってるかもと思ったからよ。
いつも槻田先生を見てるから」
七月は、しれっとそう答える。
三橋がぼそりと言った。
「わかってるなら、お前が話しかけるなよ」
「なんでよ」
「いつも槻田のこと見てるなら、たぶん、お前と槻田のこともわかってるぞ。
子供じゃないんだから」
「そうねえ。
でも、私、あの先生、なんだか嫌いじゃないし」
と言うと、三村が口許に手を当て、少し笑う。
「そうだね。
僕も嫌いじゃないよ。
――いたっ!
えっ、なにっ?
なんか今、首の後ろがチリチリしたんだけどっ」
とうなじに手をやり、振り返っていた。
「そうか。
うん……痛いかもね」
としか、七月には言えなかった。
首の後ろに手をやった三村は、腕を組み、うーんと唸りながら視線を逸らす七月を見た。
「……矢部さん」
「はい」
「僕、今、攻撃受けてる?」
「そんな感じですね」
何故、敬語?
深く突っ込まれたくないから、自分と距離を置こうとしているのか。
それとも――
この、後ろに居るものに遠慮しているのか。
「トイレの人」
三橋と七月の間で、ぼあっと立っている霊に呼びかける。
だから、その呼び方よせよ、という顔で霊は見た。
「僕と矢部さんには憑けないって言いましたよね?」
ああ、訊きたくない。
でも、訊くしかないか。
予想だけして、ハラハラしているのには、もう疲れた。
ひとつ、唾を呑み込み、男に訊いた。
「僕と矢部さんに憑けない理由は一緒ですか?」
男が答えるのに被せるように七月も言った。
ずっと黙っていた事を後ろめたく思っていたのかもしれない。
「定員オーバーだから」
揃った二人の声に、
やっぱりね……、と思う。
男はご丁寧に肩の後ろを指差し、言ってくれる。
「あんたの後ろ、なんか憑いてる。
この子の後ろも。
なんだかわからないけど、近寄れないものがあるんだよ。
だから、なんか居るのかな、と霊初心者の俺でも思った。
見えないけどな。
うーん。
そんで、それらは、あんたらを守ってる、守護霊? みたいな、神々しいあれじゃなくて、ほれ」
と男は指していた指先を振る。
「――怨霊」
今度は七月ではなく、自分が男と声を揃えていた。
「そう、それ、みたいな」
と彼は笑う。
彼が朗らかに笑ったので、最初のときの態度を思い、ちょっと嬉しくなったが。
いやいや、自分の置かれている状況は問題だ、と気持ちを引き締め直す。
「……怨霊」
自分で言っておいてなんだが、あまり認めたくなく。
確認するように、もう一度、その言葉を口にする。
七月がそこで反論していた。
「英嗣さんは、怨霊じゃないですよ。
ちょっと鬱陶しいけど、ぼちぼち役に立つときもありますし」
三橋が、
「役に立つか、立たないかで怨霊かどうか決まるのか?」
と呟いていたが。
「いや、なんつーか。
ああ、英嗣ってのか。
あんたの後ろに居るの。
こう、何か執念というか、妄執というか。
そういうのがある霊は、どす黒く感じるというかね。
まあ、俺もうまくは言えないけどな」
と男はもう髭も伸びないだろう顎をしごいている。
「ま、それだけで、怨霊かどうかって判断するなら、俺は怨霊じゃなくなるけどな」
男は、ぼそりとそんなことを言い出した。
「俺はただ――
逃げ出したかっただけのような気がするから」
逃げたい。
その一番強い想いが何処から来ているものなのか。
彼にもよくわからないようだった。
誰かに追われて逃げていたと彼は言う。
一体、誰に。
何が原因で?
でも、もしかしたら、それは――
相変わらず、腕を組んで聞いている七月が唸った。
「逃げたい、ですか。
誰かに追われていたと貴方は言われましたが。
それって、4:44の向こうの世界の話みたいで。
ってことは、もしかしたら――」
三橋が口を開く。
「その、あんたが逃げてた記憶のときには、あんたはもう死んでたってことだよな」
男は、なんで? というように三橋を見る。
七月が答えた。
「貴方が逃げ回っていた世界は死者の世界です。
そこに貴方が居たということは、既に死んでいたということで。
それを追っていた者も――」
急に言葉を止めた七月に、三橋が、どうした? と訊く。
「んー、いや。
でも、ほら。
私たちみたいにそこに紛れ込む生者も居るわけじゃない。
っていうか、そもそも、4:44の都市伝説が伝わってたってことは、他にも入り込んで出て来た人が居たわけで」
「何が言いたい?」
「誰かと誰かがあの世界に入り込んだとするじゃない。
そこへ入るまでに、既に、追ったり追われたりの関係だったのか。
入ってからそうなったのかはわからないけど。
そこで殺人事件が起こったとする……」
うん? とまだ背後を気にしていた三村がこちらを見た。
「また、しちめんどくせえこと思いつくなよ」
と三橋が細い眉根を寄せる。
「いや――」
と三村が考えながら、小さく手を上げた。
「そうだね。
僕も気になるよ。
向こうの世界で、殺人事件が起こったとする。
そしたら、その殺された死体はどうなるんだろう?」
「あのさあ」
と霊が言う。
「その仮定の中の殺された死体って――
もしかして、俺か?」
「あっ。
そうか。
ごめんなさい」
と七月は謝った。
推理に夢中になって、ちょっと配慮に欠けていたようだ。
自分が殺された話や死体になって転がされている話を聞かされて嬉しい人間は居ない。
だが、男は、
「いや、……いい」
と言いながら、記憶を辿るような顔をしていた。
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