七竈

菱沼あゆ

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神隠し

誰かって、誰だっ

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 ひいっ、と蛭子隆彦ひるこ たかひこはハンドルを握り、身をすくめた。

 仕事帰り。

 何処からともなく、学校のものらしき、チャイムが鳴り響いたからだ。

 今、何時だ!?
と車の時計を見る。

 暗闇の中、デジタル時計は、2:15を示していた。

 なんでこんな深夜に学校のチャイムが……

 最初はぞくりとしたが、そのうち、怖くなくなった。

 静かに鳴っていれば恐ろしいが、そのチャイムは狂ったように何度も鳴り続けていたからだ。

 壊れたのかな。

 これって、たぶん、七月ちゃんの学校のだよね。

 方向からいっても、なんかやらかしそう、という意味からいっても、そこしかない気がして、車を向ける。

 ただの故障なら、怖くないぞ。

 そう自らに言い聞かせながら、角を曲がり、学園の前に出る。

 あれ?

 校門横のフェンスの脇。

 学校側は反対車線なので、少し距離があるが、白いコートを着た茶髪の女が立っているようだった。

 霊っ!?

 女が一人で出歩くような時間ではない。

 少し小柄なその女は校舎を見上げるようにして、立っている。

 近くを通りかかったとき、チャイムが鳴って、驚いて見ているのだろうかと思った。

 そのとき、目の端に何かをとらえた。

 校庭から門をよじ上って、誰かがこちらに向かい、飛び降りたのだ。

 不審人物!?

 深くキャップを被っているらしいその人影は、立ち尽くしている女に近づいて行く。

 思わず、車を降りようとした。

 男は女の側で立ち止まる。

 お互いに顔を見るでもない感じだった。

 しばらくして、男は歩き出し、女はその場に座り込んだ。

「えっ? ちょっとっ」
 隆彦は慌てて車を降りる。

 道路を横切り、校門の前に駆けつけた。

 チャイムはいつの間にか鳴り終わっていた。

「どうしましたっ?
 大丈夫ですかっ」

 男を追うか、女を助けるか、一瞬迷ったが、女の方に行く。

 そもそも座り込んだだけなので、何か起きたのかどうかさえわからないし。

 自分が駆け寄ったのを見て、男は一瞬、足を止め、振り返ったようだったが、

「……大丈夫」
と女が言うのを聞いて、立ち去ったようだった。

「ごめんなさい。
 いきなり暗がりで人に話しかけられたから、びっくりしただけ」

「そ、そうですか」
と言いながら、あれっ? と思う。

 女は俯きがちだったが、この声には覚えがあった。

「あ、沢木ひより!

 ……さん」

 芸能人やアナウンサーなど、テレビで見る人間は、つい、呼び捨てにしてしまう。

 ひよりは慣れているようで、ちょっと笑って、いいのよ、と言った。

 すぐに立ち上がる。

「ちょっと怖い話の特集しようかと思って、呑んだ帰りに学校見てたのよ。
 怪談って言ったら、学校でしょ」

「はあ……」
と言いながら、いや、会社にも家にも出ると思うけど、と思っていた。

 しかし、ひよりの歯切れのいい口調は反論を許さないだけのものがある。

「そしたら、いきなり、暗がりから人が現れてさ。
 あ、私が驚いて座り込んだなんて、人に言わないでね。

 イメージ狂うから」

 はあ、とまた同じ相槌を打ち、笑ったが、ちょっとおかしいな、と思っていた。

 アナウンサーだから、このようなしゃべり方をするのもかれしないが。

 ひよりの口調は妙に一方的だし、訊いてもいないことまで教えてくれて。

 親切を通り越して、ちょっと怪しいと思ってしまうのは職業病なのか。

 一方的にしゃべるなとか、上から物を言うなとか。

 そういえば、僕もたまに彼女から言われるな、と思った。

 職業病かな。

 視界に入っている学校に、先生もそういう人多いよな、と気づく。

 家でも、生徒に話すように上から物を言って、奥さんに怒られるって、昔、先生が笑ってたけど。

 槻田先生なんか。

 警官だわ、教師だわ、そういう意味では、七月ちゃん、大変だろうな。

 そういえば、彼の言葉によく腹を立ててるようだし。

 言い方が気に入らないのかもな、と膨れている七月の顔を思い浮かべ、笑ってしまった。

 そのすぐ後で、

「あ、えーと……」

 今の状況を思い出し、慌てて言葉を繋ごうとするが、ひよりはこちらが思い出し笑いするのを見て、少し笑ったようだった。

 表情が幾分か和らいでいる。
 
「話しかけられたって、なんてですか?」

 特に事件性がないのなら、突っ込んで訊くのもな、と思いながら、一応、訊いてみた。

「『夜道に気をつけろって』」

「は?」

「こんな時間に女が一人で歩くなと言って去っていったわ」

「……親切な人ですね」

 でも、あの男、明らかに学校の門を乗り越えてたけど。

 あそこ、センサーついてないのかな、と門を見上げる。

「もう行っていい? 刑事さん」

「ああ、はい、どうぞ。

 ……えっ?」

 警察だと名乗ったろうか、と瞬きしてひよりを見ると、

「口調でわかるわよ」
と嗤う。

 彼女が、ほら、ご覧なさい、という顔が頭に浮かんだ。

「……すみません」

「なんで謝るの?」
とひよりが不思議そうに訊く。

 ま、そりゃそうだ。

 一般の人に警官口調で話しかけたからといって、腹を立てられる理由はない。

 だが、なんとなく謝ってしまった。

「あの、送りましょうか」

「いや、大丈夫。
 タクシーでも止めるから」

「でも――
 危ないですよ」

「ほんとに大丈夫。
 家、すぐ近くだから」

 なんだか嘘っぽいと思ったが、これ以上言っても、うるさがられるかなと思い、引き下がる。

 彼女はもう一度、フェンス越しに学園を見、
「じゃあ」
とこちらに手を上げ、歩き出した。

 颯爽とした後ろ姿を見送り、やっぱり格好いいなと思っていた。

 そんなに美人ではないが、なんとも言えない人を惹き付けるアクのようなものがある。

 気が強そうだし。

 隆ちゃん、気の強い人、好きだもんねえ、と笑う七月の顔が浮かんだ。

 ふと、校舎を振り返る。

 闇夜に佇むそれを見ながら、おかしいな、と気づいた。
 沢木ひよりは、学校の怪談について考えていたと言っていたのに。

 何故今、狂ったように鳴っていたチャイムの話が話題にのぼらなかったのだろう。

『刑事さんも、今の聞いた?』

 ――くらい言いそうなものだが。

 沢木ひよりも、あのチャイムで足を止めたのかもしれないが。

 彼女の頭は、あのうるさい音さえ入らない何かで占められていたのではないだろうか。

 フェンスに手をかけてみる。

 あの男のことも気になる、と思った。

 宿題忘れて取りに来た学生には、とてもじゃないが見えなかったし。

「あれ?」

 深夜二時だというのに、突然、校舎の一部に灯りがついた。

 南側の校舎のようだ。

 宿直しゅくちょくの先生が、今のチャイムに驚いて起きてきたとか。

 いや、ないよな、今どき、宿直って。

 なんだか、とてつもなく厭な予感がする。

 スマホを取り出した。

 こんな時間に誰かのところに電話するなんて、危険なことこの上ない。

 百パーセント相手は寝ているからだ。

 ……が、何故だろう。

 予感があった。

 七月の携帯にかける。

 出ない。

 少し迷って、三村の携帯にかけた。

 三回鳴って、すぐに出てきた。

『あれ? 蛭子さんですよね?
 どうかされたんですか?』

 はっきりとした口調。

 完全に起きていた人間の声だ。

 そして、こんな時間に、という問いかけが出てこないことから、考えるに。

 彼は、今現在、複数の人間と活動していて、世の人々も起きていて当然のような感覚で居るのではなかろうか。

「……あの~、今、何処?」

 目の前の灯りのついた校舎を見ながら問う。

 スマホの向こうから、複数の人間の声が一斉にした。

『学校!』

「……やっぱりね」
と力なく返事をしたとき、電話の相手が変わった。

『隆ちゃん、今何処っ!?』
「学校の前だよ」

『だと思った!』

 三村からスマホを奪い取ったらしい七月は、深夜とは思えない張りのある声で指示する。

『ちょっと調べて欲しいものがあるの、来てっ』

『見つけてから言え、見つけてから』
という槻田の呆れた声が聞こえて来た。

 なんのかのとよく揉めてはいるが、仲良さそうで安心する。

「どうでもいいけど、入り口開けてよ」
と言ったあとで、気づく。

 待てよ。

 七月ちゃんたちが中に居たのなら、あの男、みんなとも接触していたのだろうか。

 或いは、知り合いかも。

 平和的な解決を求めて、七月に門を乗り越えていた男の話をしてみる。

 だが、七月はそれを聞いた途端、先程までとは違う硬い声で、

『その男、何処に行ったの?』
と訊いてきた。

「えっと……北に向かって歩いてったよ。
 追ってった方がよかった?」

『……いや、いい』
と答えはしたが、何事か考えているようだ。

 追っていった方がよかったようだ……。

「ごめんね」
と言うと、七月は笑って、

『なんで隆ちゃんが謝るの。
 それより、ひよりさんは無事、帰れたかしら』
と言って来る。

「いや――
 なんかそれもごめんね」

 何もかもが半端な状態だったと今更ながらに気づいた。

『だから、なんで謝ってるの?
 あのね。
 誰かが門開けに行くからちょっと待ってて』
と言う七月の後ろで、三橋が絶叫している。

『誰かって誰だーっ!?』

 そこはかとなく、自分が行かされそうな気がしているのだろう。

『だーいじょうぶだって。
 こっちの世界戻ったら、三橋くん、霊見えないじゃない』

『見えないだけで居るんだろーっ!?』

 七月の『大丈夫大丈夫』にまったく根拠がないことは、長年の付き合いでよくわかっているらしく、三橋はただひたすら抵抗していた。




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