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呪いの家
そこに霊がっ!
しおりを挟むチャイムが鳴ったあと、三橋は大きく伸びをした。
ああ、しょうもない授業だった、
と今の教師に聞かれたら、軽くクビを絞められそうなことを思う。
まあ、仲が悪くないからこそだが。
優等生の扱いが得意な教師と、変わり者の生徒が得意な教師が居るが、今の教師は後者だ。
だから、割合、うまくやれている。
ん?
見ると、三村がロッカーに立ち寄り、何かを手にして、すっと外に出て行くところだった。
振り返ると、今度は、後ろの出入り口から、七月がそっと出て行く。
……気になるな。
腕を組み、椅子を揺らしていたが、結局、立ち上がり、自らもまた、廊下に出ていった。
七月と三村は、階段と渡り廊下の側の、小暗い人気のない場所に立っていた。
なんなんだ?
と思いながら、三橋はそっと窺い見る。
三村が七月に白いメモ用紙のようなものを見せ、笑いながら何か言うと、七月は可愛らしく拗ねたような顔をした。
三村は小脇に抱えていた本のようなものを広げ、七月に指で指し示す。
二人は顔を寄せ合い、それを見て、笑い合っていた。
なんだろうな、この微笑ましさ。
決してカップルには見えないが。
いや、そこのところは、己れの願望か。
「なにしてんの? 三橋くん」
白い壁に貼り付くようにして見ていたその背後から、いきなり声をかけられ、心臓が止まりそうになる。
時子が立っていた。
「い、いや。
そこに霊がっ!」
思わず、七月たちの方を指差し、そう叫ぶと、
「三橋くん、霊見えたっけ?」
と言われる。
「ちょ、ちょっとな!」
と言うと、時子は、ふうん、と不思議そうな顔をした。
七月たちに気づき、彼女が笑いかけたとき、三村はもうあの本を閉じていた。
七月は時子とこっちを見て、笑顔を見せかけたが、何処かを見て、ん? という顔をする。
七月について学校に来た英嗣は、なんとなく懐かしくなり、体育館に来ていた。
もう朝練は終わったあとらしいそこは、ガランとしていて、ドラマみたいに都合よくバスケットボールが落ちていたりはしない。
なんで此処に来てみたくなったんだろうと思う。
今、おぞましいあの家に戻ろうとしているからか。
なんにも知らなかった頃に戻りたいとか。
今更思わないけど。
そこにはない幻のボールを投げてみる。
ゴールを見ながら、……入ったつもり、と思ったあとで、自分で小学生か、と突っ込みたくなった。
こんなとこで一人で妄想に耽っているくらいなら、七月に憑いてた方がいいか、と思う。
見てて面白いし、カヅキさんそっくりで可愛いし。
しかし――
考えてみれば、兄弟で好みは同じってことか、と思いながら、校舎に戻る。
三橋が慌てふためいているところに出くわした。
「い、いや。
そこに霊がっ!」
あらぬ方向を指差し、叫ぶ三橋に、
後ろだよ、と思ったとき、七月が気づいたようにこちらを見た。
軽く睨むようにし、
何処行ってたんですか?
と目で訊いてくる。
ちょっとぞくぞくする、と思った。
あの可愛い顔で叱られると、なんだか嬉しい。
「体育館だよ」
と声に出して言った。
どうせ聞こえているのは、七月と、せいぜい調子のいいときの三村くらいのものだ。
そのとき、七月に気づかれた三橋が、隠れて覗いていた疾《やま》しさからか、慌てて叫んだ。
「おいっ、ナナツキッ!
お前、俺になんか霊を憑けなかったか!?」
「いや、憑けたけど……。
居ないじゃないの。
あんたのもてなしが悪かったんじゃない?」
「もてなすも何も見えてねえっつーの!」
「見えてないのに、よく居るのわかったわね」
「あれだけ家鳴りがしたり、電気が点滅したりすりゃわかるだろ!?」
「結構静かな霊なんだけどね。
まだ動揺してるのかしらね」
「ところで、お前ら、なにしてたんだ」
ああ、と七月は軽く言いかけ、いや~、とこちらを見て、頭を掻く。
その視線を三橋が厭そうに、時子が興味津々に追った。
「英嗣さんよ」
と七月が教える。
「なに見てたの?
七月ちゃん」
側まで行き、訊くと、わっ、と七月は身を引き、三村が困った顔をした。
三村の手にあるものに気づく。
「なんだ。
僕の卒業アルバムじゃん」
「いや――
ちょっと行く前に、顔とか学生時代のこととか、確認しとこうかと」
「ほんとにうち、付いて来てくれるわけ?」
ま、どっちかと言うと、七月に自分が憑いていくと言った方が正しいが。
「そう。
お線香あげさせてくださいって行くわ」
「今、命日でもなんでもないんだけどね」
と言うと、
「兄弟で同じこと言うんですね」
と七月に言われる。
ピンポイントで、やなとこ突いてくるなあ、と思った。
「七月、どっか行くの?」
と時子が訊いた。
「そう。
ちょっとね」
大勢で行った方がいろいろと誤摩化せていい気もしたのだが、七月はそんなつもりはないようだった。
母が自分を殺したことを七月が知っていると気づかれたなら、危険目に遭うかもしれないと思っているのだろう。
「それより、三橋くん。
トイレの人、何処に落としてきたのよ」
と七月は三橋に向き直って言う。
「別に落としてはない。
朝には家鳴りは消えてたが、朝だからかと思ってたし」
「朝でも昼でも夜でも、霊は居るわよ」
まあ、確かに、此処に。
「ところで、三村くん、そのぐしゃぐしゃの紙、なに?」
と時子が三村の手にあるものに目を留め、訊いてきた。
「ああ、これ?
矢部さんからの手紙」
「なに、ゴミみたいな掴み方してんのよ」
と七月は不満げだが、時子は苦笑いし、
「いや、どう見てもゴミでしょ」
と言う。
「女の子から手紙回って来るのって、ちょっと憧れてたんだけど……」
と三村は言葉を濁す。
「憧れてたんだけど、なに!?」
「いえ――
嬉しいです」
七月の脅しに三村は屈した。
「でも、そもそもなんで、わざわざ授業中に投げてきたの?」
「いや、単に暇だったから。
三村くん、まだこれ、持ってるって言ってたなーと思って」
「先生、泣くよ?」
と三村は言うが、まあ、自分も授業なんて、半分くらいしか聞いてなかったなあと英嗣は思う。
教員志望だった人間がこれだからな……。
あのクソ真面目な兄貴はクソ真面目に聞いてそうだな。
などと、しょうもないことを考えながら気づいていた。
自分の気持ちが随分と軽いことに。
あの呪われた家に帰ろうとしているのにな。
七月のせいだろうか。
あの重苦しい家の中に七月という要素が入るだけで、何か雰囲気が変わる気がするからか。
こういう嫁が居たら、あの家でもやっていけたのかもな、とふと思う。
あの母親の冷たい目線にも、心をえぐるような言葉にも、七月はめげそうにない。
――というか、まったく聞いていそうにない。
恐らく、根負けして、あの母親の方が七月に引きずられていたことだろう。
「なに笑ってんですか、英嗣さん」
腰に手をやり、睨むようにして、七月がこちらを見上げてくる。
「いやいや――」
七月とカヅキはよく似ている。
だが、カヅキにある悲壮感が七月にはない。
物悲しそうな霊だったからこそ、カヅキに自分に似たものを感じて惹かれたのだが。
カヅキは追いつめられ、殺人に関与し、自らもまた殺されたようだ。
だが、同じ状況になっても、七月だと違う結果に終わりそうな気がする。
七月が思っているように、彼女はカヅキの子どもなのだろうか。
人は命を繋ぎつつ、進化していっているのか退化していっているのか。
子どもは親の悪いところばかりを受け継ぐと言う人も居るが。
親は子どもに自分以上の人間になって欲しいと望みを託す。
カヅキの求めた進化が、七月なら、それは確かに正しい気がした。
カヅキにはない発想と、すべての物事を陽気に変換し解釈する力が七月にはある。
「だから、なに、ニヤニヤしてるんですか」
膨れたように七月は自分を見ている。
なんとなく頭を撫でてみた。
「いいなあ」
そのとき、時子がぼそりと言った。
「英嗣さん、見えないよ~。
あの光源氏も見えないし」
「パンダなら、私も見えないわよ。
っていうか、気が抜けるようなこと言い出さないでよ」
と七月は笑う。
平和だな、ほんとに此処は。
学校が、というより、七月の側が。
どんな状況でも、七月が居るだけで、なんだか平和になる。
「そういえば、矢部さん、あのスタンガンどうしたの?」
物騒な会話がいつも飛び交っていたとしても……。
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