232 / 258
ラジヲ
まるで暗号
しおりを挟む「いや。
だーかーらー、もう行って来たってー」
結局、槻田は英嗣とともに、七月の部屋まで来ていた。
早々と出ているコタツに座り、ノートをめくっている頭の上で、七月がわめいている。
部屋の中をぐるぐる歩き回りながら、スマホで話しているのだ。
「撒きやがってじゃないわよ。
先生は撒いたけど、あんたは撒くほどのこともなく出遅れてたじゃないのよ」
その口調に、相手は三橋だな、と察した。
「え? 来る?
今から?
じゃ、何か差し入れ持って来てよ。
……いや、甘いものじゃなくて、ご飯。
お金払うから」
それは最早、差し入れではない、と槻田は思った。
七月は、晩ご飯を作るのが面倒くさいようだった。
軽い口調で話してはいたが、やはり、英嗣の母と話して、消耗したのだろう。
自分など、ほとんど言葉を交わしていないが、それでも疲れたから。
親子とはいえ、あれとずっと向き合っていた英嗣や、牧田は凄いなと改めて感心してしまう。
七月はこちらを向き、
「私は黒酢あんかけ、先生は?」
と言う。
そのメニューからいって、三橋は角のチェーン店の弁当屋で買って来ることにしたらしいと思った。
「……唐揚げ」
「英嗣さんは?」
「僕はさっきのお菓子でいいよ」
「じゃ、以上で。
お茶?
お茶くらい沸かすわよ。
うちで食べるのなら、家にちゃんと連絡するのよ」
その口調が年下の子に言い聞かすようにでも聞こえたのだろう。
ひとしきり怒鳴る声がスマホの向こうから聞こえて切れた。
「ほんとに気が短いんだから」
と言いながら、七月はスマホを置いていたが、
いや、お前の言い方が悪いだろう、と思ってしまう。
三橋が七月に気がなければ、特に気にならないやりとりなのだろうが――。
案の定、お供のように三村を引き連れて、三橋はやってきた。
「もうコタツ出してんのか」
と言いながら、誰よりもコタツを満喫しながら、弁当を食べていた。
そんな三橋を見ている七月の視線は、先程、彼に忠告していたときと同じ、弟を微笑ましく見守るようなそれで。
三橋には悪いが、ちょっとホッとしていた。
……とりあえず、こいつに関しては心配しなくてもよさそうだ、と槻田は思う。
「でも、なんか納得いかないな」
弁当の蓋を閉め、お茶を啜ったあとで、三橋が言った。
見ると、煮豆が残っていた。
ちらと七月がそれを見ていたので、何か言うかと思ったが、言わなかった。
七月も煮豆が嫌いだからだ。
「納得いかないって何が?」
と三村が訊く。
「だって、そのおばさん、野放しな訳だろ?」
おばさん……。
恐らくは、英嗣の母のことだろうが。
あの人はおばさんなどという呼ばれ方をしたことないだろうから、聞いたら静かに怒りを溜めそうだな、と槻田は思った。
「そうね。
でも、あの人、白状して、警察に捕まったら、胸のつかえが取れるとか言う人じゃないし」
と七月が言う。
かなり英嗣の母寄りに立った発言だった。
「なにまた犯人に同情してんだよ。
死人を前にして、どうだ、そりゃ」
とあらぬ方を指差し、三橋は言い、三村に、
「……そっちじゃないよ」
と言われていた。
英嗣はちゃっかり七月の横に座っている。
随分懐いたようだ、と槻田は思う。
「いや、だからね」
と七月が付け足した。
「そういう人だから、捕まったからって、反省とかするような人じゃないんだってば。
事件の犯人に、悔いて欲しいから、捕まえて罰するのかもしれないけど。
確固たる信念を持ってやった人は、そういうことでは反省しないんだろうね」
七月は別のことを考えている気がした。
恐らく、あのスタンガンをくれた不審な男と、トイレの霊のことを――。
「ところで、英嗣さんのノートは?」
と三橋が訊いた。
「読めたんだろ? もう」
「いや、それが……」
「まるで、暗号だねえ、僕の字」
と英嗣が嗤い、七月がそれを伝えた。
「自分の字が読めないんですかっ!?」
つい責めるように言った三橋に、
「時間が経つと記憶が薄れるから読めなくなるわよ」
と七月がフォローする。
自分もそうだからだろう。
「お前の字はなっ」
と小学校から一緒の三橋もそれは認めた。
そして、力説し始める。
「文字が消えたり現れたりするわけじゃないんだ。
時間が経ったら、読めなくなるんじゃないだろ。
単に、そこに何を書いたか、お前の『記憶がなくなった』んだっ。
最初から読めねえんだよ、その字は。
暗号よりタチ悪いだろ。
暗号は解読したら読めるが、お前の字は、ただお前の記憶を思い出させる切っ掛けになるだけのものだ。
イントロ当てクイズみたいなもんだろっ」
言い得て妙だ……、と槻田は思う。
そのとき、七月のスマホが鳴った。
「はい」
と出た七月の様子は少し慌てていた。
「面倒なこと頼んでごめんなさい。
で、どうだった?」
その内容からいって、相手は蛭子かなと思う。
耳をすますと、微かに隆彦の声が聞こえてきた。
『……七月ちゃん、……凶器……』
それだけ言って、電話は切れた。
5
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる