七竈

菱沼あゆ

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ラジヲ

都市伝説

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 七月が洗面所のドアを開けると、猛烈な勢いで手を振っている三橋と三村が見えた。

 ラジオの音声を妨げないよう声を出さずに、早くこっちへ来いと指示しているようだ。

 いつの間にか、あの奇妙な声は消えていた。

 槻田と二人、コタツに座ると、三村が小声で早口に言う。

「都市伝説、都市伝説、都市伝説っ」

 いつも冷静な三村が少し興奮しているように見えて、場違いにも、面白い、と思ってしまった。

 なるほど、話題は都市伝説になっている。

 此処に至るまで、どういう経緯をたどったのか、聞いておけばよかったかな、と今になって思ったが。

 まあ、あのときは気持ち悪くてそれどころではなかったから。

 とりあえず、この辺りで何かありそうだと、息を詰めて聞いてみる。

 だが、リスナーから届いた都市伝説は、結構しょうもないものが多く、ひよりもそれに合わせてコメントを入れながら笑っていた。

「小学校の天井を走る女ってなんだよ……」
と三橋が呟いた。

 都市伝説が出来るのには、それなりの原因がある、という話をしていたようだが。

 何をどう見たら、小学校の天井を白い着物を着た女が駆け抜ける話になるのだろう。

『まあ~、実際の事件も起こってるんで、話題に出しにくいですけど。

 やっぱり、此処らで一番有名なのは、七竃のあれですかね』
と男の声が言った。

『七竃の噂ですか。
 実はあれ、私が作ったんですよね~』

 突然、ひよりはそんな告白を始めた。

 しかし、あくまでも軽い調子でだ。

 高校時代、自分が友達に悪戯心で話した七竃の噂が、一気に広まった過程を面白可笑しく語ってみせる。

『でも、この間、一人目に話したはずの友達に、いやいや、あんたのその話、誰にもしてないよ~って言われちゃって』

 はははは、と男の声が笑う。

『まあ、元からありましたからねえ。
 七竃に近づくと祟られるって話。

 でも、あそこまで話作り込んで広めたの、自分だとずっと思ってたんで、私、悔しくて』
と言いながら、ひよりも笑った。

『ほら、よく大学教授なんかがやるじゃないですか。
 口裂け女とか、最初に誰が流した噂なのか、たどってって調べるの

 あれ、この番組でやってくれませんかね~?』

 スタッフに話は通してあったのか、メインパーソナリティの男も、
『いいですねえ』
とすぐに乗ってくる。

『ちょっと検証してみましょうか。
 噂を流した最初の一人とか出て来たら面白いですよね』

『広まったの、私が高校生の頃だから、もうずいぶんと昔なんですけどね。
 今の七竃の噂、もう結構変わってっちゃってますけど。

 その元の元の話とか知りたいですよね~』

 知りたいですよね~、とひよりは言った。

 自分が知りたいのではない。
 みんな、知りたがっているだろうと。

 誰もが共感し、思わず、投稿したくなるような雰囲気を作り出す。

『じゃあ、自分は誰に聞いたとかって、書いて送ってもらいましょうか。
 何年くらいに、何処何処高校の誰々ちゃんに聞いたとか。

 あだ名とかのままでもいいですよ。
 個人情報保護法にのっとり、悪用はしませんけど』

『悪用しようがないじゃないですか』
とひよりは笑う。

『ひよりさん、やりっ放しはいけませんよ。
 結果発表しに、もう一度、出演してくださいね』

 一瞬、間があった。

『当たり前じゃないですか~』

 その後、ひより自ら、他の都市伝説の話題に切り替えた。

 あくまでも、軽いノリで参加できるよう、重く引っ張らないつもりらしかった。

「……七竃の噂を流した最初の一人を炙《あぶ》り出そうってのか?」
と三橋が呟く。

「僕も調べたけど。
 個人の力では限界があったからね。

 こうして大規模にやってみたら、また結果も違うかもしれないね」
と英嗣が言う。

 そういえば、英嗣のあの読めないノートに、矢印がある箇所が幾つかあった。

 噂がどう伝わっていったのか調べた痕跡だったのかもしれない。

 これで、ひよりの聞いて欲しかった話は終わりか、と思ったとき、ふいにラジオから声が漏れた。


『……ひとごろし』


 太い声だが、女の声のような気もした。

 ひよりの意図がわかり、くつろぎかけていた全員が固まり、ラジオを見つめた。

 だが、ラジオの中では、出演者たちは笑っており、何事もなく、番組は進行している。

「俺たちだけに聞こえてる?」
と三橋が言った。

「最悪、僕らとリスナー全員に。
 沢木さんたちには聞こえてないみたいだね」

 三村の言葉は正しかった。

 自分たち以外にも、混線する声が聞こえたものはいたようで。

 中には、録音に成功したものもいたようだった。

 しばらく、このときの放送は語り草になり、録音したデータが出回った。

 お陰で、七竃の噂の出所に関する投稿も多かったようだが。

 のちのち語り草になった理由はそれだけではない――。



 ピンポーン……

 誰も居なくなった夜中。

 突然鳴ったチャイムに、寝ていた七月は、幻聴かなと思った。

 だが、もう一度鳴る。

 起き上がり、ドアの手前、床の上を見た。

 張って来る自分の霊とやらは居ないようだな、と思いながら、ベッドから下り、玄関に向かう。

 ドアスコープから廊下を見た。

 誰も居ない。

 開けるのは危険だと思ったが、どうしても気になり、ノブに手をかける。

「待って。
 僕が先に見てくるよ」
といつの間にか背後に居た英嗣が言い、ドアをすり抜けていく。

 すぐに彼は戻って来た。

「誰も居ないよ」

 そう、と言いながらノブを回すと、英嗣は、ええっ!? という顔をする。

 いや、誰も居ないのなら、開けても大丈夫だろうと思ったのだ。

 しんとした廊下を見、
「……居ない」
と呟くと、

「だから、居ないって言ったじゃん~」
と英嗣が言う。

 なんとなく気になり、振り返りながら、部屋へと戻ったが。

 頭の中に、誰も居ない明るい廊下がいつまでも残っていた。



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