七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ

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ぬらりひょんの宝

なにも思い出させないで――

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「普通の夜の校舎だな」

 建物の中に入った高岡は周囲を見回しながら言ってくる。

「そう見えてるのは貴方だけですよ」
と七月は言った。

 そこ此処に霊が歩いているし。

 ああ、今、生物準備室には確実に新入りが居るから行きたくないな、と思う。

 あの妙な質感を持った骸骨が。

 絶対動いてるしなー。

「っていうか、なんで、鍵開いてんだ、こんな夜中に」
と今入った昇降口を振り返りながら、高岡が言ってくる。

「そこがもうおかしいんですよ。
 あの校長が鍵をかけないはずないんですけどね」

 まあ、あの人自身がこの学園に囚われている人だからな、と思う。

 今もこの校舎の何処かを徘徊しているのかもしれない。

 あの人体模型とお話していたりとか、と思ったとき、高岡が言ってきた。

「此処は普通の夜の校舎か?
 それとも」

 4:44の世界なのかと言いたいのだろう。

 階段を上がっている途中だった七月は手すりに手をかけ、下を見る。

 さっきまでなかった気配が下にある。

 夜の職員室が動き出したのかもしれないと思った。

「今、つながったと思いますよ」
と言って、

「どういう法則で繋がってるんだ」
と問われる。

「わからないですけど。
 でも、今は、貴方でつながっているのかも」

 貴方のひよりさんを想う気持ちで、と思っていた。

 上の廊下のところに上がったとき、なにかの影が走った。

「今、誰かが、高岡さん」
と振り向いたとき、手は繋いでいるのに、その先に居るはずの高岡が見えなくなっていた。

 えっ、と思ったとき、耳許で声がした。

 なつきちゃ~ん……

   なつきちゃ~ん……

 すぐそこで、息づかいまで感じるほどハッキリ声が聞こえてくるのに、その姿はない。

 ひよりだ、と思った。

 ひよりが自分を呼ぼうとしている。

 どうも高岡が邪魔なようだ。

 彼に聞かれたくないことでもあるのかもしれないと思い、その手をふりほどこうとするが、高岡は逃げようとする七月の手に指を絡め直し、離すまいとする。

 すると、耳許でまた声がした。

「ねえ、なにも思い出させないで。
 掘り返さないで」

「ひよりさん?」
と言うと、自分の声は聞こえているのか、高岡の手がぴくりと震えた。

 だが、彼はそのまま手を放さなかった。

「私、佐竹先生が焼け死んだとき、……本当は心の何処かでホッとしていたかも」

 えっ?

「そんな自分が恐ろしかった。
 真実は違う場所にあるのかもしれない。

 私のせいじゃないのかもしれない。

 私はすべてを知りたくなくて、知りたかった。

 誰よりも先に知って、すべてを隠蔽してしまいたかった。

 誰よりも早く現場に行ける人間になりたかった。

 でも、警察は遠慮したかったわ。

 どうも私とは相性の悪いところみたいだから」

 そうひよりは言う。

 ふと元警官だった雷太の姿が頭を過ぎった。

「……恐ろしいわね、人間って。
 そんな過去のすべてを、今も残る苦しさを、日常のせわしなさに紛れて普段の私は忘れてる」

 そんな自分がなにより怖かった……

 そうひよりは言った。

「私が……

 教え……」

「ひよりさんっ」
と振り向く。

 ひよりの意識が遠ざかったのを感じたからだ。

 

 焼いて

  焼いて

 焼いて

   なにもかも焼き尽して――っ。




  私の罪までも――。





 いつの間にか階段には、七月ひとりが立っていて、高岡の手も消えていた。

 その代わり、横に誰か居る。

「……パンダ」

 横に立つ男は、光源氏のような格好をして青褪めた顔色をしていた。

 弥生たちがのぼせ上がるほどの綺麗な顔をしていたが、今の彼が放つ気配は、極悪な人相をしていたときのパンダよりも凶悪で物悲しげだった。

「何処行ってたの?」
と問う。

「何処も……」

 ずっと此処に居た、と言う。

「帰ってこないの?」
と訊いても黙っている。

「高岡さん、何処行ったのかしら」
と辺りを見回すと、

「面倒だから閉じ込めておけ。
 私の替わりに」
と言うパンダに、

「閉じ込められてるの?」
と訊くと、

「自分の想いにな」
と言う。

 よそを向いている。

「あの女も私と同じだ」

 ひよりのことを言っているのだろうか。

「すべてを思い出し、解放されることがいいことだとは限らない。
 それをあの男は、ちゃんとわかっているのだろうかな」
と下を見ていた。

 階段の手すりの隙間に、下の階に居る高岡の姿が見えた。




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