七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ

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ぬらりひょんの宝

不吉なものが廊下を通っている……

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「疲れた……」

 学校が一番安らげる、と七月は自分の机に倒れこむ。

 この頰に当たる、ひんやりした感じがたまらない、と思っていると、
「何処に行く気だ、ボストンバッグなんて持って」
という三橋の声が聞こえた。

「行くんじゃなくて、帰ってきたのよ。
 市長公舎から」

 市長公舎? と三橋は眉をひそめる。

「あのあと、大惨事があったのよ」

 まあ、おかげで槻田先生には会えたけどさ、と思う。

 朝は怒涛の騒ぎたったが、あとはもう授業を受けるだけだ。

 もうぼんやりしてるだけでいいから、いいや、と教師に殴られそうなことを思ったとき、廊下を不吉なものが通るのが見えた。

 そちらに気づいた幾人かの女生徒たちが、小さく声を上げる。

 窓越しにこちらに気づいた高岡がにやりと笑う。

 なにしに来た、高岡ーっ。

「市長が視察に来られたんですってー」

「格好いいよねー、高岡市長」

「まだ独身なんだってー」
という、まさしくどうでもいい情報が教室内を飛び交っていた。




 校長室の前でひっそり立っている女を一瞬、霊かと思ってしまった。

 あまりにも動かなかったからだ。

 だが、どうやら、聞き耳を立てているだけらしいと気づく。

「先生」
と七月が呼びかけると、安西久美はびくりとした。

「なにしてるんですか?」

 しーっと言い、久美は、七月の口をふんわりとした手で塞ぐ。

「高岡市長が来てるのよ」
 そう声を落として言ってきた。

「それでなんで、市長を見張ってるんですか?
 親の仇とか?」

「……なんでよ」

「槻田先生が居なくなって、学校来るのにテンション下がってたんだけどー」

 いやあの、先生。
 後ろに校長がいらっしゃるみたいなんですが。

 だが、気づいていない久美は、そのまま、うっとり話し続ける。

「高岡市長、かっこいいわよねー。
 ね、七月ちゃん」

 いや、私に同意を求めないでください……。

「市長、七竃を切りたいんですって。
 じゃあ、何度も来てくれるかしら」

 あの、市長が木を切りに来るわけではないと思うんですが。

「安西先生」

 いきなり、校長に呼びかけられ、ひっ、と久美は振り返る。

「ちょっと通ってもよろしいですかな」

 笑顔で言われ、はいっ、と久美は道を開けた。

 校長は頷きながら、校長室に入っていく。

「あー、びっくりした……」
と胸を撫で下ろす久美を見て、相変わらず憎めない人だな、と思って笑った。

 隙ありありで。

 あの高岡市長と愉快な仲間たちを見たあとだけに、余計に和んだ。



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