七竈 ~ふたたび、春~

菱沼あゆ

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ぬらりひょんの宝

佐竹の過去

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 ありもしない書類作りに熱中してしまった。

 佐竹はパソコンから顔を上げる。

 こうして、此処に居ると、どんどん生前の記憶が遠くなってしまうのだが。

 死んでからの記憶の方はやけに鮮やかだ。

 まるで、此処で、第二の人生を生きているようだな、と思う。

 生前の癖で、伸びをしたとき、廊下を歩いている男が見えた。

 それは遠ざかる記憶の中に住む男だった。

 そっと立ち上がり、なんとなく後をつけていく。

 その男は、此処に居る人間にしては、死者のような感じがしなかった。

 誰だったかな、こいつ……。

 すごく、よく知っているような。

 自分の人生にとって、大事なことを握っているような。

 そんなことを考えながら、男の後をつけていたが、いきなり、ガラッと教室の戸が開き、違う男が顔を出した。

「佐竹先生」

 うわっ、今、話しかけてくるなっ。

 霊ならもっとひっそり現れろーっ。

 その辺のぼうっとしている奴みたいにっ、と教室の端にずっと立っている男子生徒を見ながら思う。

「なにしに出てきた?」

 七月はどうした? とひょっこり顔を出した英嗣に問う。

「いや、すみません。
 なにかこう。

 気になることがあって、飛んだみたいで」
と英嗣は言った。

 七竃が切り倒されることを考えてたからかなあ、と言う。

「七竃を?」

 新しく市長になった男が七竃を切れば、呪いも消えると言っていると教えられた。

「市長は巳波弥太郎みなみ やたろうじゃないのか?」

「高岡真澄っていう、お兄ちゃんのお友達ですよ」

「……高岡。
 あー、知ってる気がする。

 昔、沢木ひよりと居なかったか?」

「義姉弟だそうですよ」
と言われ、

「……そうか」
と言ったあとで、七竃の方角を見、

「それはともかく、七竃を切ろうというのは、解せんな」

 そいつは何処だ。
 とりあえず、呪おうと言うと、英嗣が笑う。

「ひよりさんが七竃のせいで消えたからと思ってたみたいですけど。
 さっき、僕と七月ちゃん、ひよりさんに会ったんで。

 もう切らないかも」

 そう言われ、
「そうか。
 沢木は元気なのか」
と渋い顔をしてしまう。

「佐竹先生は、沢木ひよりの家庭教師をしてたんでしたよね、内緒で」

「ああ、そうだったな、確か」

 その辺の記憶が何故本当に遠い。

「……沢木ひよりは、焼け落ちた貴方のアパートを見て、報道の世界に入ることを決めたらしいですよ」

「そうか。
 まあ、俺がなにかのいしずえになったのならいいことだ」

 そう言いながら、いいことだろうか?

 ふとそう思う。

 俺はなにかを忘れてはいないか?

 ……俺は何故、死んだんだ?

 何故、俺のアパートは焼け落ちた?

 焼いて

  焼いて

 焼いて 焼いて

 すべてを焼き尽くして

 そのとき、誰かが自分を抱き締めた気がした。

 後ろを振り返る。

 ぼんやりと華月の姿が見えた。

「華月……?」
と呼びかける。

 英嗣は黙って見ていたが、やがて、自分を見つめたあとで華月が消えると訊いてきた。

「ねえ、先生」

「ん?」

 まだ華月の消えた場所を見ながら、自分は言う。

「……七月ちゃんは、先生と華月さんの子どもじゃないんですか?」

「いいや。
 それはない」

 何故だろう。
 記憶もないのに、今はきっぱり言い切れた。

 矢部七月が俺の子なら、華月はきっと死んでない。

 英嗣はそれ以上、その話は追求せずに言う。

「高岡市長は、前市長、巳波弥太郎が残したぬらりひょんの宝を探してるらしいんですが」

「ぬらりひょんの宝?」

 弥太郎が市長校舎の秘密を黙っているらしい、という話をされ、なるほど、と佐竹は頷く。

「そういえば、あそこには、海軍が隠した財宝があるという話が昔からあったからな」

「でも、たぶん。
 ぬらりひょんとか宝とかって、そんなものじゃないんですよ」

「それがなんなのか知ってるのか?」
と英嗣に問うと、

「だって、見えましたから」
と彼は言った。



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