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丸ごと捨ててください
……あけましておめでとう
しおりを挟むうん。
点検しろとは言ったんだがな。
ホールの中央に居る芽以は、襲いかかる敵に備えているのかと問いたくなるような前傾姿勢で、周囲を見回していた。
おそらく、ミスのないように、と思う緊張感が芽以にそうさせているのだろうが。
忍者か、と逸人は思う。
一ヶ所ずつテーブルを見て歩き始めた芽以を眺めがら、自分も厨房の点検をする。
今のところ、店は順調に回っている。
――早く店を開きたかった。
すべてにケリをつけるために。
会社に未練がないわけでもなかったから、余計に、と思いながら、芽以を見た。
「……芽以。
テーブルの下は確認しなくていいぞ」
爆弾がないかと探ってでもいるかのように、芽以はテーブルの下に潜っていた。
まあ、おそらく、物が落ちてないか、何処かにシミがついてないかを見ているだけなのだろうが。
何故か、失敗できないっ、という緊迫感が漂っているので、そう見えた。
そんなところまで客は確認しないと思うが。
誰がすると思ってるんだ?
ああ、俺か、と思ったとき、先程の呼びかけに、芽以が、
「はいっ」
はい、教官っ、という言葉が後ろにつきそうな勢いで返事をし、立ち上がってきた。
……俺たちの間に、新婚夫婦らしい艶っぽさなど、何処にもないな、と思いながら、昼間の圭太からの電話を思い出していた。
今、あいつがやって来ても、胸を張れる自信はないな、と思う。
俺と芽以はもう夫婦なんだから、と圭太の存在にビビらず、胸を張れる自信。
さっき、
『電池は切らすな。
なにかあったとき、連絡つかなかったらどうする』
と言ったのは、
いきなり、圭太に遭遇して、襲われたらどうする、と思っていたからだ。
森でクマに出くわすように、角を曲がったら、圭太に出くわすかもしれん。
此処は芽以の実家の近くだ。
ということは、自分の実家の近くでもあるということだ。
なんせ、公立の小中学校で同じ校区だったのだから。
まあいい。
いずれ、店舗は山奥に構えるつもりだし、と思って、気を落ち着ける。
圭太のデカい外車が入って来られないような、細い道の山奥になっ、と思う。
本来、秘境に店を構えようと思っていたのは、別の理由からだったのだが。
今では圭太除けに、店舗を山奥に持っていきたい、と真剣に思っている。
「芽以、此処はもう上がって、風呂に入れ。
冷めるから」
「はいっ、お先に失礼しますっ、教官っ」
……お前、ついに口に出して言ったな、と思いながら、そのことにも気づかぬように、緊張したまま、店から立ち去る芽以の後ろ姿を見送った。
あ~っ。
手足に血が流れる~。
お風呂でのびのび手足を伸ばし、カピバラのように口許まで湯に浸かった芽以は、まったりしていた。
なんだかんだで、いつも先にお風呂いただいて悪いなー。
でも、それって、逸人さんが、より遅くまで働いてるってことだよね。
私も頑張らねばっ、と思いながら、もこもこのパジャマを着て、外に出ると、逸人が居た。
まだコックコート姿のまま、腕組みをして、立っている。
その難しい顔に、どうしましたっ? と身を乗り出して訊きそうになる。
「芽以……」
「は、はいっ?」
逸人はその美しい顔を上げ、こちらを見た。
だが、沈黙している。
なにか、わたくし、ご無礼を? 王子様。
さっき、アラブの、と逸人が言いかけてやめたので、芽以の頭の中では、逸人はアラブの王子様になっていた。
頭にターバンを巻き、宝石をつけている。
いや、それだと、怪しいインド人か? と思っている間も、逸人は沈黙していた。
芽以は、道路工事のおっさんのように首にかけていたタオルを握り締め、逸人を見つめていたが、逸人は、
「いや、やっぱりいい。
おやすみ。
あけましておめでとう」
と言って、去っていってしまった。
芽以は、
「……あ、あけましておめでとうございます?」
何故、今、おめでとう? と思いながらも、挨拶を返し、逸人の後ろ姿を見送った。
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