パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ

文字の大きさ
30 / 101
丸ごと捨ててください

……あけましておめでとう

しおりを挟む
 
 うん。
 点検しろとは言ったんだがな。

 ホールの中央に居る芽以は、襲いかかる敵に備えているのかと問いたくなるような前傾姿勢で、周囲を見回していた。

 おそらく、ミスのないように、と思う緊張感が芽以にそうさせているのだろうが。

 忍者か、と逸人は思う。

 一ヶ所ずつテーブルを見て歩き始めた芽以を眺めがら、自分も厨房の点検をする。

 今のところ、店は順調に回っている。

 ――早く店を開きたかった。

 すべてにケリをつけるために。

 会社に未練がないわけでもなかったから、余計に、と思いながら、芽以を見た。

「……芽以。
 テーブルの下は確認しなくていいぞ」

 爆弾がないかと探ってでもいるかのように、芽以はテーブルの下に潜っていた。

 まあ、おそらく、物が落ちてないか、何処かにシミがついてないかを見ているだけなのだろうが。

 何故か、失敗できないっ、という緊迫感が漂っているので、そう見えた。

 そんなところまで客は確認しないと思うが。

 誰がすると思ってるんだ?

 ああ、俺か、と思ったとき、先程の呼びかけに、芽以が、

「はいっ」

 はい、教官っ、という言葉が後ろにつきそうな勢いで返事をし、立ち上がってきた。

 ……俺たちの間に、新婚夫婦らしい艶っぽさなど、何処にもないな、と思いながら、昼間の圭太からの電話を思い出していた。

 今、あいつがやって来ても、胸を張れる自信はないな、と思う。

 俺と芽以はもう夫婦なんだから、と圭太の存在にビビらず、胸を張れる自信。

 さっき、
『電池は切らすな。
 なにかあったとき、連絡つかなかったらどうする』
と言ったのは、

 いきなり、圭太に遭遇して、襲われたらどうする、と思っていたからだ。

 森でクマに出くわすように、角を曲がったら、圭太に出くわすかもしれん。

 此処は芽以の実家の近くだ。

 ということは、自分の実家の近くでもあるということだ。

 なんせ、公立の小中学校で同じ校区だったのだから。

 まあいい。
 いずれ、店舗は山奥に構えるつもりだし、と思って、気を落ち着ける。

 圭太のデカい外車が入って来られないような、細い道の山奥になっ、と思う。

 本来、秘境に店を構えようと思っていたのは、別の理由からだったのだが。

 今では圭太除けに、店舗を山奥に持っていきたい、と真剣に思っている。

「芽以、此処はもう上がって、風呂に入れ。
 冷めるから」

「はいっ、お先に失礼しますっ、教官っ」

 ……お前、ついに口に出して言ったな、と思いながら、そのことにも気づかぬように、緊張したまま、店から立ち去る芽以の後ろ姿を見送った。



 あ~っ。
 手足に血が流れる~。

 お風呂でのびのび手足を伸ばし、カピバラのように口許まで湯に浸かった芽以は、まったりしていた。

 なんだかんだで、いつも先にお風呂いただいて悪いなー。

 でも、それって、逸人さんが、より遅くまで働いてるってことだよね。

 私も頑張らねばっ、と思いながら、もこもこのパジャマを着て、外に出ると、逸人が居た。

 まだコックコート姿のまま、腕組みをして、立っている。

 その難しい顔に、どうしましたっ? と身を乗り出して訊きそうになる。

「芽以……」

「は、はいっ?」

 逸人はその美しい顔を上げ、こちらを見た。

 だが、沈黙している。

 なにか、わたくし、ご無礼を? 王子様。

 さっき、アラブの、と逸人が言いかけてやめたので、芽以の頭の中では、逸人はアラブの王子様になっていた。

 頭にターバンを巻き、宝石をつけている。

 いや、それだと、怪しいインド人か? と思っている間も、逸人は沈黙していた。

 芽以は、道路工事のおっさんのように首にかけていたタオルを握り締め、逸人を見つめていたが、逸人は、

「いや、やっぱりいい。

 おやすみ。
 あけましておめでとう」
と言って、去っていってしまった。

 芽以は、
「……あ、あけましておめでとうございます?」

 何故、今、おめでとう? と思いながらも、挨拶を返し、逸人の後ろ姿を見送った。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

後宮の寵愛ランキング最下位ですが、何か問題でも?

希羽
キャラ文芸
数合わせで皇帝の後宮に送り込まれた田舎貴族の娘である主人公。そこでは妃たちが皇帝の「寵愛ランク」で格付けされ、生活の全てが決められる超格差社会だった。しかし、皇帝に全く興味がない主人公の目的は、後宮の隅にある大図書館で知識を得ることだけ。当然、彼女のランクは常に最下位。 ​他の妃たちが寵愛を競い合う中、主人公は実家で培った農業や醸造、経理の知識を活かし、同じく不遇な下級妃や女官たちと協力して、後宮内で「家庭菜園」「石鹸工房」「簿記教室」などを次々と立ち上げる。それはやがて後宮内の経済を潤し、女官たちの労働環境まで改善する一大ビジネスに発展。 ​ある日、皇帝は自分の知らないうちに後宮内に巨大な経済圏と女性コミュニティを作り上げ、誰よりも生き生きと暮らす「ランク最下位」の妃の存在に気づく。「一体何者なんだ、君は…?」と皇帝が興味本位で近づいてきても、主人公にとっては「仕事の邪魔」でしかなく…。 ※本作は小説投稿サイト「小説家になろう」でも投稿しています。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...