そこらで勘弁してくださいっ ~お片づけと観葉植物で運気を上げたい、葉名と准の婚約生活~

菱沼あゆ

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今のところ、お前が一番気に入っている

ガジュマルには幸せを呼ぶ精霊が住んでいる

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 玄関から白いビニール袋を持ってきた葉名は、小ぶりなガジュマルをガサゴソと出すと、片付いたガラスのローテーブルの上に置いた。

「なにか木のおうちっぽいですよね~」
とニンジンのような太い根が絡み合ったガジュマルを見つめる。

 ガジュマルには幸せを呼ぶ精霊が住んでいると誠二せいじが言っていた。

 木のおうちのような、ころんとした形のガジュマルの陰から、ひょっこり顔をだす精霊を想像してみたが、その姿は何故か幼い頃の准になっていた。

 あの頃は外見だけは清らかな王子様みたいだったのに、今では、すっかり悪王子に……。

 一体、なにがあって、こうなったのか。

 いや、単に歳とともに、もともとの性根が顔に出てきただけなのか? と思いながら、葉名が、

「ガジュマルは、とても生命力の強い木で、健康運や金運が上がるそうですよ」
と言うと、腕組みして、ガジュマルを見ていた准が、

「勝利のエネルギーをくれる木とも言われているな」
と言ってくる。

「社長、お詳しいんですね」

「ばあさんが趣味で植物園っぽいものを作ってるからな」
と言ったあとで、

「ああ、庭にだぞ」
と付け足し言ってきたが。

 葉名の頭の中ではもう、小規模な植物園くらいのサイズになっていたし。

 たぶん、それで間違いないだろうと思われた。

「葉名、片付けといてよかったろ」

 え? と見ると、准は、
「いや、綺麗な場所に置いてやらないと植物が可哀想だろうが」
と言ってくる。

 そうだな。

 あの片付けた窓辺のでっぱりなんかに置いたら良さそうだな、とぼんやりそちらを眺めながら、この人、実は私より、真っ当な人かもな、とちょっと思っていた。

 すると、准が、
「じゃあ、片付けたご褒美に飯でもおごってやろう」
と言って立ち上がる。

「えっ?
 でも、私、自分の家を片付けただけなんで、ご褒美なんて。

 むしろ、私が社長におごらないと」

 社長におごるとか、かえって偉そうな感じだな、と思いながらも、そう言ったが、准はこちらを見下ろし、

「いや、俺も今日は珍しく仕事が早く終わって嬉しいんだ。

 そんな日に、今のところ一番気に入ってるお前と食事に行くのは俺へのご褒美でもあるからな」
と言ってきた。

「あのー、『今のところ』がすごく気になるんですが……」
と訴えてみたが、准は、

「いや、そこは、ちょっとした恥じらいだ」
と何処も恥じらってはなさそうな顔で見下ろし、言ってくる。

「まあ、お前も疲れてるだろうから、この近くの――」

 そう准は言いかけたが、突然、彼のスマホが鳴った。

 取り出したその画面を見た准は眉をひそめる。

「もしもし」
と低い声で出たあとで、

「……わかった」
と言って電話を切った。

「すまない、葉名。
 ちょっと会社に戻らないといけなくなった。

 また早く終わった日に、おごってやるから」

 早く終わる日なんて、滅多になさそうだけどな、と思いながらも、わかりました、と葉名は頷く。

 ちょっと残念に思っているのは、きっと、子どもの頃の話とか、ゆっくりしてみたいなと思っていたからだろう。

 玄関まで見送ると、准は靴を履きながら、

「またチェックに来てやるからな。
 それまで、部屋、散らかすなよ。

 片付いてない部屋は運気が下がると言うからな」
と言ってくる。

「あのー、社長はなんで、そんなに運気を上げたいんですか?」

 そう訊いたあとで、ああ、グループの後継者になりたいんだったっけ?
と思ったが、准は、葉名の後ろ、開いたままのリビングの扉から、ガジュマルを見ながら言ってきた。

「……欲しいものがあるんだよ」
と。

 准の視線を追っていた葉名が彼の方に向き直ったとき、玄関の白い壁に手をついた准が軽く口づけてきた。

「じゃあな、ちゃんと鍵かけて寝ろよ」
と言って、准はさっさと出て行く。

 バタン、と扉は閉まり、かけて寝ろよもなにも、オートロックなので、勝手に鍵はかかった。

 ……今、なにが?
と閉まった扉を見ながら葉名は思う。

 ……今、なにが?

 え?

 今、話のついでのように持っていかれたものは、もしや、私のファーストキスですか?

 今、海外での挨拶みたいに、ものすごーく軽い感じでされたのは、もしや、私のファーストキスですか?

 私をモンキーとか言う奴に、今されたのは、私の――。

 だだだっ、と葉名は部屋に戻り、
「ガジュマルーッ」
とガジュマルに向かい、叫ぶ。

「運気、上がってないじゃんっ。
 願い、叶ってないしっ。

 なにも勝利してないしっ」

 むしろ、運気、下がってるっ! と葉名は叫んだ。

 八つ当たりだな、と自分でも思いながら。

 頭の中では、ガジュマルの可愛らしい木の陰に栗色の髪の精霊、『社長』さんが住んでいた。

「運気下がってるっ!」
と叫ばれた精霊、社長さんは、ええっ? という顔でビクついていた――。




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