The Tale Of The End

碓氷雅

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約束された再会

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ようやっと、錆れたレンガ造りの大きな門が見えてきた。アーチ状のそれには鍵などなく、外に開け放たれている。こんな山奥に来る人なんていないし、と言った大雑把だった彼が思い出されてクスッと笑った。
そのまま車で乗り込み、玄関の横につけて停める。
エンジンを切って、車からおりれば、辺りは枯葉の絨毯のようにコンクリートの地面を彩っていた。これは一回も来てないな、と半ば呆れつつも、彼と鉢合わせになってはいけないと思って私もこの十年、一度も訪れなかったのだから、文句は言えない。
鍵は彼からスペアをもらっていた。どちらが先に着くか分からないからと。
「それ、先に着いて掃除しとけってことでしょ。あざといよね、そういうとこ」と笑ってうけ取れば、「だったらスペアなんて作らないよ」ともっともらしいこと言う。そうかと納得しかけたが、ギリギリでいや、と思う。「もしかして、これ、私が失くすこと見越してる……?」
言えばうっと息を詰めて彼は苦笑した。どうやら図星だったらしい。かりにも彼からもらったものを私が失くすわけがないのに。ちょっとだけムッとした。
鍵を回しながら、若かった頃のことを思い出して、忍び笑う。惚気けてるなとは分かるけれど、今は一人だからいいかと、誰にも見られていなかったことにそっと息をつく。
「何かいいことでもあったか?」
「ぅわっ」
心臓がバクっと大きく拍を打つ。木々を渡る風の音だけの森の中で人の声。驚いて思わず変な声をあげてしまった。振り返り、キャリーバッグを引く彼を見る。
ジーンズに長袖の白シャツにカーディガンとラフな格好で、細身長身の彼によく似合っている。白い肌に、整えられた黒髪。記憶の中の彼と今の彼が目の前で繋がった。
十年ぶりの再会に感極まり、言葉がでない——なんてことはなかった。
「びっくりするじゃんよ。もう少し別の声のかけ方しない?」
「ほう? 他にどうやって声をかけるんだ? 俺を思い出してニヤけてたくせに」
「別に? 昔のこと思い返して懐かしいなって思ってただけですけど?」
ふはっ、と彼が吹き出す。「変わってねぇな、俺の恋人は」
「なっ」勢いよく下を向く。真っ赤になった顔なんて、見せたくなかったから。
もう中に入ろう。ひときわ優しい笑顔で、しょうがないなとでも言うように彼は、私の顔を意地悪にも覗き込みながら背中を押す。
———変わってない。ちっとも。
人にもまれて、社会に染められて思い出の中の彼と変わっていたら、そもそも約束さえ忘れていたらと、不安になったことは一度や二度でなくあった。そもそも全く変わらないことはありえないのに。彼の中の私が変わってないとも限らないのに。
そんな我儘にも似た不安は、歳を重ねてより格好良くなった彼に、きれいさっぱり拭われた。今はひたすら、安堵のため息が漏れる。
「聞いたか? 早くて今日の夕方らしい」荷物を広いリビングに置いて、ワインセラーまでの階段の途中、前を歩く彼が唐突に言った。
「ん? 何が?」
「……シュウマツ」
彼の言う、“シュウマツ”が頭の中で“週末”、“終末”と変換される。「え……。まじ?」
彼の低いトーンにつられ静かに聞き返せば、彼は一度だけコクと頷いた。
  今日の夕方。何と短い時間だろう。もう昼の二時をまわっている。彼と共に過ごせる時間はそう長くない。
「ならさ、早く飲も? もう私、喉カラカラ」わざと明るく言って、「あぶなっ」と喚く彼の背中をグイグイ押す。
 ようやく地下室に着いて、鍵を開けようという時、彼の動きが止まった。「なに? 鍵違った?」
 それは、突然だった。
 気づけば彼の整った顔が目の前にあって、唇に柔らかいものが当たっていた。突然過ぎて目を閉じるのも忘れるほどだった。
 優しく触れただけで、彼のそれはすぐに離れていく。
「ずっと、後悔してた。あの時、こうやって一緒になっていればよかったって」
「……」
 細く長い彼の腕が私の身体を抱きしめる。彼は私より少し背が高くて、体を寄せれば私はその胸元に顔を埋めなければならなかった。久しぶり……いや、初めてじゃないだろうか。恥ずかしいからと当時はあまりしてくれなかったから。それはあまりに新鮮で、底なしに嬉しくて。涙が溢れそうだったけれど、そこはぐっと堪える。
「後悔なんて、してもしょうがないよ。もうすぐ全部終わるんだから」
「みゆ……?」
「それよりも今、こうしてられるんだから、それでいいじゃん」
抱きしめる力がぎゅっと強まる。はぁぁ、という長い溜め息と一緒に。「変わってねぇな。安心するよ、こうしてるだけで」
「そう?」ふふ、と笑ってワイン取りいこうよと刺さったままの鍵を回すように促す。その後でも、キスなりハグなり出来るだろうから。
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