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普通という言葉にさよならまた会う日まで
しおりを挟む「……ただいま」
「あら、入学式って思ったより早く終わるのね。おかえり」
あの後、もう自由に好きなときに帰ってもいいと東雲先生が言っていたので俺はすぐさま帰ることにした。
佐伯も一緒に帰らないかと誘ったが、まだ東雲先生を観察してたいとか何とか言ったので一人で帰ることになった。
家に帰って母さんの顔を見ると、やっと普通の場所に帰って来られた安心感からかその場に座り込んでしまう。
やっぱりあの空間は俺にとっては“普通じゃない”んだ。
「どうしたの伸也。そんな疲れることあった?」
何も知らない母さんはまだ若いのに入学式くらいでと言わんばかりに笑うが、疲れることで済む話じゃないんだこっちは……!
「あー疲れたよ! つか母さん! あの学園ヤバいって! まじで! 普通じゃないって! 俺あんなとこって知らなかったし今から入学取り消し申し込んだって誰も文句は……」
「何言ってんのよ。普通じゃないのなんてわかってたことじゃない」
――え。
「ハ、ハイ? 今何とおっしゃいました?」
「だから、村咲学園がちょっとおかしな校風の学園なんて入学前からわかってたでしょ」
「母さんわかってたの……?」
いやいやじゃあ何で止めなかった。全力で止めろよ。息子の人生には口出ししないスタイル貫いてる場合じゃないから。
「ちゃんと入学案内の説明書に簡単な説明は書いてあったし、もしかしたら伸也にもいろんな秘めた願望あるのかと思ってね……母さんも好きなようにさせようと思って」
「秘めた願望って何!? そりゃちょっと不良に憧れたりとかそういうのはあったけど母さんが想像してたような願望はこれっぽっちもなかったけど!?」
「そうなの? まぁいいじゃない楽しそうだし。大体アンタがちゃんと入学説明書とか読まないのが悪いんでしょ」
「うっ……そ、それはっ……」
全くもって、その通りだ。
「まだ初日なんだから、これから慣れて行けばいいじゃないの」
「……俺がグレても文句言うなよな」
そう言って俺はそのまま階段を上がり自分の部屋に閉じこもった。
ダメだ。母さんも学園側の人間と化している。母さんがそうなら尻に敷かれている父さんも役には立たないだろう。
「あ……そういやまだちゃんと見てなかったな……つーか見るのコエー……」
俺は校則一覧をまだ見ていないことを思い出して、ポケットから生徒手帳を取り出した。
学ランのままベッドに寝転んで、仰向けの状態でページをめくる。
【村咲学園 校則一覧】
1.制服は規定のもので(ただし、アレンジや着こなしは個人の自由とする)
2.廊下を走らない(ただし、どうしても走らなければならない場合は周りの迷惑にならなければ可)
3.授業中の携帯は先生が泣かない程度に(先生の精神状況も考えましょう)
「あれ? 案外、普通のことじゃないか?」
いや、普通のことがだいぶゆる~くはなってるけど、どちらかというと堅苦しくなくてラッキーなレベルの校則だよな。
そのまま目を通すが、一般の高校と同じような校則がゆるめに書かれているだけだった。
「は? じゃあ入学式の時の話って校長のドッキリ!?」
それならただ自由すぎる学園なだけだ! 何だよ結果オーライってやつ……
「なワケ、ないですよね……」
次のページをめくると“村咲学園 特殊校則一覧”という文字が見えた。
「校則に特殊も何もねーだろってんだ! クソッ!」
一瞬でもドッキリと思った単純な俺を殴りたい。
【村咲学園 特殊校則一覧】
1.男も女も関係なく自分のありたい姿のまま学園生活を楽しむことを推奨する(どちらの性別を名乗っても構わない、途中変更も可)
2.他人の性別を無理やり暴く行為は厳禁(生徒手帳を盗み見る、奪う、服を脱がしたり過去の詮索等の本人の嫌がる行為。場合によっては退学とする)
3.体育等着替えが必要な授業は全て用意された鍵付きのフィッティングームにて行う。
4.本物の性別が記載された学生証は絶対に紛失したり落としたりせず常に持ち歩くようにする(失くしてしまった際、再発行は出来るがそれによる性別バレは事故として扱われる)
5.本当に好きな相手に愛を伝えたい場合、校長室へ行き校長の許可が出た場合のみ相手の本当の性別をその時知ることが出来る(その際知った性別は他言無用である。何度も訪れていいが許可が下りなければ告白自体が不可能)
6.何にせよ誰にも負けない素晴らしい刺激的な三年間を送ること(これは学園側の願望である)
「誰にも負けない……素晴らしい……刺激的な……三年間、か」
最後まで読んで、俺は目を閉じて大きく深呼吸をした。
今読んだことを踏まえて、これからの学園生活を想像してみる。
そうだな、飽きたらセーラー服着て楽しむのもアリか……逆に佐伯が学ラン着たり……好きな奴が出来て、明らかに女の子に見えても実は男だったっていうオチがあったりして、しかも着替えは個室? 貴族かよ~! あはははは。
「刺激が過ぎるわ!」
クワッと目を見開いて、ゼェハァしながら起き上る。
心臓がドキドキしている。これからの学園生活への期待からと思ったか? 不安からだよ。不安しかねーよ。
「この徹底ぶり! 教室内で女子同士が『わぁ~○○ちゃんってば胸おっきくなってる~』みたいな会話してんのをドキドキしながら廊下で聞く思春期男子の夢が!」
しかも場合によっては退学なんていう不吉な文章もあるし、とにかく他人のことに首を突っ込まず逆に突っ込ませずな感じってことか。
なのに何で告白っていう一番人に突っ込まれたくないイベントに校長が首突っ込んでくんだよ! 許可制っていうのも謎すぎる!
「ああ、神様……本当にいらっしゃるならば、起きたら全て夢であって下さい……」
俺はそのまま、叫び過ぎたのと心労からか、倒れるように眠りについた。
そして次の目覚めは母さんからの「ご飯できてるわよ」の声。その日の晩メシはカレーうどんだった。
****
「は~い、ここがお待ちかねのフィッティングルームです~。後は体育館横にも外用のフィッティングルームがあるから、便利な方を使ってねぇ」
次の日。
神様なんていないと十五歳にして気付いた俺はもう何もかもを諦めてこのおかしな学園に登校した。
唯一の救いはおはようと可愛い挨拶をしてくれる隣の席の佐伯だ。他のクラスメイトにも声をかけられたりしたがロボットみたいな返事しか出来なかった。
今日は最初に学校内の施設を見て回ることになっている。今がその真っ最中だ。
東雲先生は相変わらずサイズの合ってないスーツを着てダラダラと説明している。
「すごい! こんな数のフィッティングルーム初めて見たよ!」
佐伯は昨日と変わらず楽しそうにしている。
「そうだな……天井に空間もないし他人に見られる心配無用と……」
目の前には広い一室丸々使ったフィッティングルーム。一クラス全員が一気に着替えられるくらいの数はある。
「もし鍵が開かなくなったり、中で具合が悪くなって動けなくなった場合は各ルーム内にある非常ボタンを押せば、職員室と校長室に通知が来るようになってるからねぇ。くれぐれもイタズラで押さないように~」
めんどくさいことが増えちゃうから、と東雲先生は言った。この数全部に非常ボタン……無駄に金かけてんなこの学園……新しいだけあってどこもかしこも当たり前に綺麗だし。
「じゃあ次は~どこだっけ……あ、音楽室」
「しのの~ん、そこさっき行ったばっか!」
「あれ、そうだっけ」
東雲先生の天然ボケ(ていうかやる気ないだけ)にクラスメイトがツッコみ笑い声が起きる。和むクラスメイト。
佐伯の方をチラッと見るが佐伯も笑っている。
「つーかしののんて何? 東雲先生のあだ名?」
「そうみたい! もうあだ名が馴染んでるし、親しみやすいクラスでよかったね」
東雲先生もそれでいいのか。まぁあの人はいいだろうな。何とも思ってなさそうだし。
でももうこのクラスの仲良し感……既に置いてけぼりな孤独感を感じる。逆に昨日だけでどうやったらこんな柔らかい空気感になるんだ? もっとさぐりさぐりな感じだろ普通はさぁ――って。
「そっか。忘れてた。村咲学園は普通じゃないんだよな……」
「麻丘くん?」
「いや、こっちの話。よーし! 次どこだっけ? 音楽室?」
「……もう! そこはさっき行ったばっかりだってば! ふふ」
とりあえず一日一回俺の発言や行動で佐伯という天使の微笑みを拝めることが出来ればよしとしよう。モチベーションがないと本当にグレそうだし俺。
そのまましののん(もう俺もこう呼んでいいよな)の後ろをついて行くと、別のクラスの集団が目の前からぞろぞろと歩いて来る。
きっと同じように学園内を見て回っている最中なんだろう。うちの担任とは真逆のやる気に満ちた男の先生だ。逆にやる気ありすぎてうざそうだけど。しののんと足して二で割ればちょうどいいんじゃ――
ボーッとその名前も知らない他クラスの先生を眺めていると、ドンッと誰かぶつかる。
「わっ! ごめん!!」
慌てて謝るとやはりぶつかってしまったのは向こうから歩いてきたやる気ありまくりな先生のクラスのじょ……うん、多分女子。見た目は完全に女子。
ブレザーが似合うちょっと気の強そうなお嬢様みたいな雰囲気の――
「気を付けさいよ! このマヌケ野郎!!」
「マ、マヌ?」
雰囲気じゃなかった。完全に気が強い。
ぶつかったところをパンパンと強めにはたきながらこっちを睨み付けてくる。自分が汚物にでもなった気分だ。
そのままフンッ! と去って行くその子。あまりの剣幕に立ち尽くす俺、と佐伯。
「……麻丘くん、大丈夫?」
「あ、うん……全然大丈夫だけど……あんなキレられるのは予想してなかったっていうか……」
「気にしないでいいよ! マヌケって褒め言葉みたいなものだし!」
「そうなの!? まぁ佐伯が言うならそうなんだろうけどさ。はは」
でも俺を睨むあの目、尋常じゃない感じがした。
憎しみがこもっているかのような、あの目――
ただ、去って行く瞬間にあの子からフワッと感じたいいにおいに“女子”を感じて、別の意味でも少しドキッとしていたことは内緒だ。
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